プロフィール

profile
profilephoto
栄村ネットワーク
長野県栄村で活動するNPO法人です。被害や復興の状況を、理事である松尾真のレポートを元に更新していきます。

カテゴリー

categories

サイト内検索

Search

カレンダー

calender
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< August 2016 >>

最近の記事

selected entries

最近のトラックバック

recent trackback

月別アーカイブ

archives

栄村関連リンク

links

携帯用QRコード

mobile
qrcode

ブックマーク & RSS

Bookmark&RSS

暑い!! でも、気持ちのいい一日でした

 

 25日にまたもやギックリ腰を発症し、ここ数日おとなしくしているが、今日は最小限の用件を済ますために少し外出。
午後2時頃には役場付近の気温表示で35℃。昨日との気温差はなんと16℃! 暑い!! しかし、べとつき感はない。非常に爽やかな大気。
 1枚目の写真は12時40分頃、野口から天地にむかう道から。最近、天気のいい日にここを通るたびに、「なんと贅沢な景色なんだろう」と思う。3mの積雪がある時でも、晴れた日は素晴らしいところ。
 天気のいい日の夕刻に、いちど、運転を誰かに代わってもらって、ビデオを撮ってみたいな、と思っている。

 


 時刻を遡り、時間順に今日、目にした風景、光景を紹介したい。

 

 隣りの家のおとうさん。11:49。
 森集落は昨日、今日が健森田神社の祭礼。お孫さんがやって来て、お散歩。
 「もう2回目だぜ。暑い!」と。でも、おとうさんの顔がいつもよりも若々しい。

 


 11:50。里の田んぼにも赤トンボが群れるようになった。

 

 12:28、極野集落。この季節、私が最も好きな光景の1つ。小豆や雪割豆を乾す。作業しているのは藤木みちさん。

 

 敷かれている莚(むしろ)も素敵だ。

 

 


 13:47。ジュース用トマトの収穫作業、菅沢農場にて。
 真っ赤になった完熟したものだけが選ばれる。


貝廻坂での小さな水害について

 8月22日に関東に上陸した台風9号(その後、北海道に再上陸)、栄村では強雨というほどの雨は降りませんでした。
 しかし、翌23日午前10時40分頃、貝廻坂を上がっていくと、県の道路パトロールカーが停まっていて、2名の職員が道路脇法面の水路沿いを上っていこうとしているところに遭遇しました(下写真)。住民から、「水路が傷み、水が溢れている」という趣旨の通報があったそうです。

 


 1時間くらい後に再び現場を通ると、県北信建設事務所飯山事務所の人も来ていて、「水路が少しずれたようです。地面に雨水が入らないよう、ブルーシートを張る予定です」という話でした。翌24日昼、現場を通ると下写真のとおり、水路右岸周辺の草が刈りはらわれ、ブルーシートが張られていました。道路パトロールカー、建設事務所の迅速な対応に感謝したいと思います。

 

 

現場は2013年夏の水害箇所
 この場所は2013年夏、水路が未整備で沢の状態だったのですが、その沢が大水で抜け、土砂が道路に流れ出て通行止めになったところです。
 震災復興事業の貝廻坂改良工事の中で、昨2015年、コルゲートフリュームを入れた水路設置工事が行われました。かなりしっかりした工事が行われたものとして、私はほっとしていましたが、地形的に完璧な対策は難しいことを今回突きつけられたという感を深くしています。
 現場を子細に見ると、コルゲートフリュームの横手の斜面がえぐられている他、水路から数メートル離れたところで地面から水がしみ出ているという状況もあります。不断の点検が必要です。建設事務所に通報された住民の対応はじつに適切だったと思います。おそらく、この箇所が県管理であることを熟知されているのでしょう。
 他方、23、24日の段階では県建設事務所から村役場への連絡は入らなかったようです。
 災害は、当該箇所が県所管か村所管なのかということとは関係なく発生します。災害の把握・対応・対策について県と村の連携をめぐっては双方に改善すべき点が多々あるように思います。

 参考までに、2013年大水・土砂流出災害時の写真を紹介しておきます。

 

2013年11月撮影。
大水が出て、土砂が流出した箇所。ここに改良工事でコルゲートフリュームが設置された。

 

流れ出た土砂が貝廻坂道路を越え、さらに道路下の崖の土砂崩れを引き起こした跡。2013年11月撮影。大型土嚢で応急復旧が行われ、2015年の改良工事で本格復旧工事が行われた。

 

大雨警報――頻繁な発令と実際の現実
 栄村では8月26日夜も長野地方気象台から大雨警報が発令されました。
 7月末から8月上旬はほぼ連日のように大雨警報が発令されることもありました。8月下旬も警報発令が増えています。
 大雨警報の発令が村内のCATV放送網を流される際には、「土砂災害などに注意。避難情報に注意」等の言葉も続きます。土石流被害の経験(3年前)があり、その後も避難を繰り返してきた中条川流域に住む私は、この放送が流れると、「ギクッ」とします。しかし、空を見上げると、青空が見えることも少なくありません。たしかに南の方向の空を見ると、空が真っ暗になっていることがしばしばです。
 私は最近、警報が出ると同時に、気象庁の高解像度降雨ナウキャストというものをネットで見ることを覚えました。1時間前の降雨状況から1時間後の予想まで動画で見ることができます。今夏の警報発令の多くは、栄村の南部の奥、切明温泉から魚野川上流(群馬県野反湖)あたりに強雨が予想される場合です。村の北部、千曲川左岸あるいは流域で強雨という事例は8月9日朝と27日未明の2回くらいでした。
 7月28日には奥志賀公園栄線で、車が巻き込まれていたら人的被害も出たであろう大規模な土砂災害が起きていますから、大雨警報等を軽視することはできません。
 しかし、警報は行政区単位で発令されます。栄村の南の標高の高い山のあたりのみで強雨が降るような場合、里で暮らす村民の多くは「警報が出ても、実際は大したことはない」という「学習」を重ね、警報が出ても反応しなくなる、いわゆる「狼少年」の状態になる危険性が大となります。
 なんらかの対策が求められます。

 

村役場の対応の改善が急務
 1つのヒントがあります。
 昨年のことでしたが、やはり大雨警報が発令され、さらに土砂災害警戒情報も出された時のことでした。
 警報発令のアラート放送が流れて間もなく、役場から生の音声で、「現在、群馬県との県境付近で強い雨が降っています。この後、中津川の水位が上昇する危険がありますので、中津川流域では警戒をしてください」という趣旨のお知らせが流されました。
当時の総務課情報防災係の機転で、ネットで見られる降雨状況のメッシュ情報を活用して、情報発信したものでした。
 しかし、残念ながら、このような対応がそれ以降、継承されていません。
 情報防災係は震災後に新設された係ですが(初代の係長は就任前、県に出向し、研修を受けてきた人だったと思います)、今年2015年4月の人事異動で係長が他の部署に転出した後、行政係長との兼任となり(7月1日付け異動でも同じ)、専任の係長が不在になっています。最近では、役場の防災部門の強化が全国どこの自治体でも当然のこととなっていますが、栄村役場の今春以降の措置はそうした動きに逆行するものと言わざるをえません。防災情報係長の専任化、防災担当責任者としての知見と経験の蓄積が求められます。

 また、先般の台風9号をめぐる村役場の対応にも疑問があります。
 8月22日、役場では午前と午後の2回、村長を本部長とする対策会議が開催されたそうです。私がこの事実を知ったのは、午後2時から開催された農産物販売所出荷運営組合定期総会に来賓として出席した森川村長が、挨拶の後、「台風9号の対策会議がある」とのことで退席した経緯があったからです。
 しかし、役場がこのような対策会議を開催していたことは村民には告知されていません。私は少なくとも、「台風9号の接近に伴い、役場は対策会議を開催しました。検討の結果、現在のところ、栄村では格段の危険性はありません」というようなお知らせをすべきだと思います。そうすれば、「狼少年」となる心配も生じませんし、役場の防災態勢への信頼度も高まると思われます。
 「大きな震災を経験した栄村で、じつは防災態勢が充分ではない」というようなことにならないよう、村(村長)はしっかりと防災態勢の強化に取り組んでもらいたいと思います。


写真アルバム:退董と入寺

山門の外側から本堂を望む

 

 

 「栄村復興への歩み」No.292で林秀庵の「退董」の儀式をご紹介しましたが、多くの方々から大きな関心を寄せられました。
 そこで、林秀庵にて撮らせていただいた写真で儀式の流れを示す主要なものを選び出し、みなさまにご覧いただくのが望ましいと考え、アルバムを編みました。
 ご覧ください。
 なお、当日、本堂に掲示されていました式の次第と「林秀庵古代史」を撮影したものをアルバムの最後に提示しました。

 

本堂

 

 

退董する方丈さまが旅姿で本堂へ

 

本堂にて三拝

 

三拝を終えられ、草鞋をお履きになって、山門から退出されるまでの過程を9枚の写真で示します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つづいて、新たに方丈さまに就任される石塚彰雄師の入門の式の様子です。

 

山門のところで、「山門法語」というものを読まれました。

 

 

 

 

 


辞令を手渡されるのは常慶院斉藤一教方丈

 

 

 

檀家のみなさんの姿が見えます。「新命和尚挨拶」の場面です。

 

 

 


朝の景色が変わる様子

  • -
  • 2016.08.24 Wednesday

 まず、写真を4枚、ご覧ください。

 

6:51

 

7:12

 


7:26

 


8:36


 お示ししたい写真は以上の4枚です。
 すでにお分かりの方も多いかと思いますが、私の居室の窓から撮影したもの。時々、このアングルで朝の景色を撮影してご紹介することがありますが、今日のように時間を追っての景色が変わる様子をご紹介するのは初めてではないかと思います。
 1枚目の6時51分、私が住んでいる建物のすぐ裏の2軒の家から先は何も見えません。ここまで霧で真っ白の世界になるのは、年間を通じて、そんなに多くあることではありません。
 2枚目、7時12分では、上空は晴れであることがはっきりわかります。
 その14分後の7時26分(3枚目の写真)にはスキー場の全体がはっきり見え、朝霧はスキー場頂上付近と、中条川上流の西入沢川の沢から霧が立ち昇り、消えていこうとしているのが確認できます。
 そして、8時36分の4枚目では朝霧などなかったかのような快晴の天気です。
 7時12分と26分の間をもっと小まめに撮影できていたら、もっと面白かったかもしれません。また、7時26分と8時36分の間は、パソコン作業をしていて、カメラ撮影を失念していました。おそらく7時30分頃には8時36分とほぼ同じような風景になっていたのではないかと思われます。

 

 なお、午後4時すぎに村内告知放送で長野地方気象台から大雨警報が栄村に出されたと流れました。コンピューター音声による告知です。気象庁の高解像度降雨ナウキャストによると、午後4時台にかなりの降雨が見られるのは、奥志賀公園栄線を進んだ時に野沢温泉村を過ぎて「栄村」という看板が出てくるあたりです。午後5時過ぎには、この雨は新潟県に抜けています。ただし、この後、午後5時半頃に中野市あたりで降っている強雨が7時台に栄村秋山・切明温泉付近ないし、それよりも群馬県野反湖よりの奥地に移動してくる可能性は残っているようです。したがって、午後8時頃までは栄村の大雨警報は解除されないのかもしれません。

 

 ちなみに、今日の私の手帳(「復興への歩み」配達時の手元記録帳)には、中野集落から極野集落にかけて配達していた時間帯なのですが、「10:14、南方向に『黒い』雲」とメモされています。その時点で写真撮影していませんが、北方向は秋の雲が少し浮かぶ青空、南方向は雨雲という状況でした。

 

 私が「栄村復興への歩み」の配達を自身で行うようになった2013年12月〜14年の冬、雪が降っている時に、「この空の色だと大した降りにはならないよ」と複数の人から話されたことを思い出します。現在70歳以上の人たちは、だいたい、空の様子や風の吹き具合などから天気の以後の変化を予測する知恵をお持ちです。
 今日の4枚の写真、いささか趣味的だと思われるかもしれませんが、こういうことを繰り返すなかで次第にこの地の天気というものが少しは読めるようになるかなあ、などと考えています。

 


栄村復興への歩みNo.292

こういうトピックスをどう扱っていくか
  ――村の将来はそこにかかっている

 

水番小屋の横手から余水吐に下って行く

 

斜樋の水栓での水量調整作業の様子を見学

 

水番小屋での英男さんへのインタビューの様子

 

 欲張って3枚もの写真を1頁に入れてみました。
 8月17日午前9時すぎから11時頃にかけての野々海池での撮影です。
 写真に見える4名のお嬢さんは武蔵野大学の学生さんです。森区長を務められる月岡英男さんが、「区長の仕事などについてお話を聞きたい」と依頼され、水番に行く野々海池に案内しながら、水番小屋で学生さんたちの質問に答えられました。
 「明日は若い女の子を野々海に案内することになっている。若い娘(こ)が野々海を歩く姿の写真があれば、野々海の観光人気も上がるぞ」。英男さんのそんな一言で、私が同行し、写真撮影をしました。

 

いろんなグループが訪れた夏の栄村
 武蔵野大学の学生グループは全部で20数名。やはり大学生のグループとしては、8月3〜5日に日本大学生物資源科学部がゼミ単位で栄村を訪れています。6月には駒澤大学文学部地理学科の学生さんたちが来ています。いずれも今年が初めてではなく、少なくとも数年から6〜7年、先輩から後輩へと引き継がれて、毎年来てくれています。
 子どもたちのキャンプでは、7月に横浜市栄区の子ども会、福島県の子どもたち、さらに8月中旬にはスキー場中腹にキャンプを張って、野々海などに出かけるかなりチャレンジングな「やんどもキャンプ」というものが開催されました。
これらは、私がちょっとだけでも情報を知り得たものをピックアップしたにすぎず、この他にもいろんな人たち・グループが今夏の栄村を訪れています。

 

「村をよく知っている人に案内してほしい」
 8月9〜10日には、東京の男女6名のグループ(ほぼ全員が60歳代の方々)から、「いわゆる観光タクシーではなく、村をよく知っている人にお薦めポイントを案内してほしい」という依頼をうけ、9日は秋山郷と津南の河岸段丘、10日は野々海と斑尾高原を案内しました。
 9日は朝から大雨警報が出る生憎(あいにく)の天候でしたが、気象レーダー図で雨雲の動きを確認しながら、曇天ないし小雨でも楽しめるポイントを選定して、朝8時半から夕刻5時半頃までご案内し、(自画自賛的になって書きづらいのですが)たいへん大きな満足をいただいたようです。1つのポイントは、
 真っ先にむかう地点を五宝木高原(旧鳥甲牧場)とし、さらに山田政治さん・せきさんご夫妻のお宅に上げていただいて、キャラブキやマタタビの塩漬けなどをいただきながら、お茶のみを出来たことでした。畑に花豆がきれいな花を咲かせるとともに、すでに大きな実が成っている様子を見られたことにも感動されていました。

 

山田政治・せきさん宅前。犂儻名所”ではないが、花豆が美しく、

ここで素敵な村人との出会いが生まれる

 

栄村への人の訪れを情報化し、その情報がさらに人を呼び込む好循環を生み出す
 観光にしろ、いわゆる「グルメ」にしろ、(さらには移住にしても)、ありきたりの観光パンフレットや「定型」的なHP情報などだけで人が関心を持つ時代はとっくに過ぎています。人が実際に訪れ、見聞したこと、体験したことを率直に語り、紹介してくれるのがベストです。
 しかし、栄村では、宿泊施設やお店の人は精一杯のサービスを心がけておられると思いますが、そのお客さまの体験を聞き出して、栄村のどんなところに魅力を感じられたのかを聞き出す努力はほとんどと言っていいほど、行われていません。したがって、栄村からの情報発信に、村を訪れたお客さまの感動を伝える内容は皆無に近い状態です。理想をいえば、村の情報発信サイトに栄村を訪れた人からどんどん投稿してもらうことができればよいと思います。そこにお客がお客を生み出す好循環が生まれてきます。
 これは狭い意味での「観光」に限られることではありません。栄村の農と食、伝統的な技などをめぐっても同様のことが言えます。

 

切明温泉の川原に湧く温泉のあたり。山奥での水遊びを楽しむ人びと。

切明のもう一つの顔が見えた!という感じです。


 私は鍵となるものは“文化”だと思います。美しい自然の風景ひとつをとってみても、それは村人の暮らしと密接に結びついていて、栄村の文化的財産としてあります。私たち栄村人がそれをどれだけ自覚し、言葉にして、外の世界にアピールしていけるか。ここに栄村の将来が大きくかかっていると思います。


しょうにいもを伝える

 

 

 じゃがいもの皮が皺皺になり、とても美味しそうでしょう。よくご覧いただくと分かりますが、このしょうにいも、じつは鶏肉が入っています。子どもたちも大好き。心結(みう)ちゃん(小3)がおいもを頬張る顔が素敵。隣に見える弟の獅悠(しゅう)君(小1)もこの後、頬張っていました。


 いずれも、8月8日のお昼時、南雲世美子さんのお宅で撮影させていただいたものです。
 きっかけは7月29日、妹木の畑でじゃがいもを掘る世美子さんと出会ったこと。そして、31日に直売所を訪ねると、世美子さんの「しょうにいも」が出荷されていました。
 そこで、世美子さん宅をお訪ねし、「お家でしょうにいもを作られた時に写真を撮らせていただけませんか」とお願いすると、快く承諾を下さり、8日午前、「今日、作りましたが、来られますか?」というお電話をいただきました。私は丸一日議会の日でしたが、昼休み時間に訪問させていただき、私自身もちゃっかりいただいてきました。
 南雲家ではしょうにいもを作られるのは世美子さんではなく、お嫁さんの吉講恵(きくえ)さんだそうです。鶏肉を入れるというのは抜群のアイディアですね。いも、いもの甘辛さとぴったり合います。先日、直売所かたくりでレジの女衆にお話したら、「うん、合うかもね。やってみよう!」となりました。
 ちょっと日付けを遡って、世美子さんの畑と直売所で販売されているしょうにいもをご覧ください。

 

 

 

 この記事のタイトルを「“しょうにいも”を伝える」としました。
 この「伝える」には二つの意味を込めています。
 1つは、直売所かたくりを訪れる人(+これから訪れる可能性のある人たち)に、「“しょうにいも”って、どんなもの?」ということをお伝えすることです。ここではレシピまでは記しませんが、「美味しそう!」と思っていただければ、直売所のレジで女衆にレシピをお尋ねください。
 もう1つは、「ばあちゃんから嫁へ、嫁から子どもたちへ」、村の暮らしの中で郷土料理の「しょうにいも」が伝えられ、引き継がれていくという意味です。吉講恵さんは村のお生まれですから、この調理法は吉講恵さんのお母さんからの伝授(+吉講恵さんの創意工夫)かもしれません。
 直売所かたくりは、1年目の売上目標を超過達成し、4年目では6千万円の売上をめざしていますが、その実現にはモノを売るだけでなく、こういう情報=物語をfacebook(フェイスブック)やブログを使って広く発信していくことが大事ではないかと考え、この記事を書きました。


退董とは


 草鞋を履く旅姿の老僧がお寺の山門から旅立たれていきます。
 8月11日午前11時すぎ、志久見の林秀庵の山門での撮影です。この直前、そのお顔をクローズアップで撮らせていただきました。

 


 林秀庵の方丈さま、石塚光雄老師です。

 この日、林秀庵ではお盆恒例の「施食会」に引き続き、住職の交替式が行われました。これまでの住職(方丈さま)がいわば「生前退位」されることを「退董(たいとう)」と言うそうです。
 引き続き、新しい住職、石塚彰雄さんの就任の式が執り行われました。
 山門からお入りになり、本堂に上がられた後、曹洞宗の総本山・永平寺からの辞令を受け取られ、林秀庵の住職に着任されました。

 

 

 滅多に拝見することができない儀式です。撮影を許された林秀庵様に感謝申し上げます。


奥志賀公園栄線の災害復旧の完了と今後の課題

  本紙前号でお伝えした奥志賀公園栄線の落石・土砂崩落による全面通行止めは、応急復旧工事の完了により、8月10日午後4時をもって解除されました。村民の方は村内告知放送ですでにご存じのことだと思いますが、11日に現場の様子を撮影してきましたので、お伝えします。

 


 落下する危険がある石(岩)が撤去され、斜面には2ヶ所、落石防止ネットが張られ(上の方のネットは写真では見えづらいかと思います)、道路脇には大型土嚢が積まれています。
 災害直後の建設事務所の対応から考えると、結果は予想外に早いスピードでの応急復旧の完了でした。お盆の観光通行にも間に合い、ほっと一安心です。
 しかし、同時に、恒久対策工事の早期実現のために県(建設事務所)への強力な働きかけが必要です。
 今回設置された落石防止ネットは今夏・秋シーズンへの対応としては充分でしょうが、しかし、本当に応急的なもので、冬の雪の圧力に耐えられるとは思えません。
 奥志賀公園栄線の春の早期開通は栄村・秋山郷観光にとって悲願です。例年、早くても5月下旬の開通で、同じ北信建設事務所が管理する渋峠の道割り・春の開通よりも1ヶ月ほど遅くなっています。しかし、奥志賀〜切明間は5月のGWなど、残雪と芽吹きのコントラストが素晴らしく、信州山岳高原観光の絶好のスポットです。
 来春の早期開通を実現する鍵は、この、災害箇所の恒久対策工事を一刻も早く進めてもらい、来春、除雪と同時に通行可能になるようにすることです。工事が来春待ちになると、また5月下旬以降の開通になってしまいます。
 


栄村歴史文化館「こらっせ」の開館

 8月6日午前、志久見の栄村歴史文化館「こらっせ」の開館セレモニーが行われました。私は村議として公務で式典に出席したため、式典の模様は撮影していません。
 震災から救出された歴史文書、民具など多数が展示されています。是非、一度、足をお運びください。今後の号で、展示内容を順次、紹介したいと考えています。
 


菅沢まつり


畑での収穫体験を終え、アストマハウスへ向かう参加者

 

収穫物を手に、まつり会場に到着

 

 8月11〜12日、菅沢農場で「第1回菅沢まつり」が開かれました。
11日は祝日で約80名の来場者があったそうです(翌日は平日のため半分ほど)。「日頃、畑で野菜の収穫をする機会がない人に体験してもらいたい」というのが企画意図だそうです。いろんな人が来場され、企画は成功したようです。
農作業の繁忙な時期で、農家の人は、「『できるかな?』と思ったが、「役場産業建設課の職員の人たちが一生懸命応援してくれたので出来たよ」と言っておられました。是非、来年も実現したいですね。(下写真はとうもろこしを焼く役場職員の久保田成哉さん)