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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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2月19日の配達路を辿る:その2〜志久見から極野まで〜

 

 2月19日の配達路を当日のブログでは雪坪(ゆきつぼ)集落と極野(にての)集落についてのみ紹介しましたが、今回はその続きで、まず志久見(しくみ)集落からです。
 まず、上の写真は、雪坪→志久見→柳在家(やなぎざいけ)→切欠(きりかけ)と順に進み、長瀬集落に向かう途中の県道沿いでのもの。「カタクリ街道」の別名があります。下の写真は昨年4月12日撮影。今年は昨年よりも雪が多いので、カタクリの開花はもう少し後の時期になるでしょう。

 

 

 

 

 

 志久見集落の県道沿いゾーン。中央奥に火の見櫓が見えます。
 このあたりは消雪パイプが設置されていますが、大雪の時は消雪パイプの雪処理能力が追いつかず、道路両側に雪が積もって道幅が半分くらいになってしまいます。この日は朝方、積雪がありましたが、少量だったので、道路は対向ができる幅が確保されています。

 

 県道沿いの集落の真ん中あたりで右に入る車1台がやっとの道があります。下写真がそれ。

 


 写真右手奥に見える大きな屋根は林秀庵(りんしゅうあん)。

 上の写真の道を進み、左に曲がると坂道。上写真の左手に見える家はその坂道の脇にあります。その坂道の写真を2枚。

 

 


 坂を上りきり、少し進んで右へ曲がったところが次の写真。

 

 

 見える建物は志久見住宅。元々は教員住宅として建てられたものですが、現在は村営住宅(アパート)になっています。

 志久見住宅の方へ曲がらず、逆に左折すると県道に戻ります。県道に戻ってすぐに大きなカーブで、その先に歴史文化館「こらっせ」(旧志久見分校)が見えます。

 

 

 「こらっせ」の先に見える道路両側の家はまだ志久見集落。

 

 

 「柳在家」の看板が見えます。
 ただし、写真左手にごく一部が写っているお家は震災で壊れた柳在家の家の替わりに新築されたものなので、柳在家集落の一員として暮らしておられます。
 道路右側にほんの少し雪の壁がきれているところがあります。そこから4軒の家に通じる集落内道路があります。次の写真がその道。

 


 写真右手に見えるのは観音堂。ただし、もう10年ほど前のことでしょうか、土砂崩れの危険があって、観音堂の本体は写真左手に見えるドーム型車庫上の建物に移転したそうです。
 このカーブを曲がった先の写真もご覧ください。

 


 走った感じとしては、この道路、19日朝は除雪が入らなかったのかなと思われます。
 大雪で一日に2回除雪が入るような日、この道路に2回目の除雪が入るのは遅くて、積雪が15cmを超えているように思え、スタックを恐れて、今冬、走行を回避したこともありました。でも、この先から振り返った時の景色は私のお気に入りです。

 

 

 

 集落内道路沿いの1軒のお家の横で撮ったもの。
 電信柱(電話回線用ですね)がかなりのところまで雪に埋まっています。
 奥に見える山は志久見街道(江戸期からある旧道)の大峠(おおとうげ)のあたりになるかと思います。

 

 

 先ほどの集落内道路を引き返し、県道に戻って少し進んだ地点。写真左手、手前から2つ目の建物は柳在家公民館。

 

 

 県道をさらに進んで、柳在家の南の端へ。

 

 

 柳在家集落の南端のお家の玄関前からの眺め。
 “たね”(消雪用の池)が雪消しに役立っています。

 

 

 この写真を見て、何処の橋かを答えられる人は栄村の村民でも稀なのではないでしょうか。県道の橋ですが、県道を走っているかぎりでは赤色の橋とは思いません。下が県道走行中に目にする橋の姿。切欠橋です。

 

 

 

 今回の冒頭に長瀬の手前の“カタクリ街道”を紹介しましたが、柳在家の写真点数が多く、今日の編集作業はここまで。切欠から先はまた次回。


2月19日の配達路を辿る

 

 

 今日19日は、地元の中条での配達の後、東部地区へ。
 写真を一度撮ってみたかった東部地区への進入路のスノーシェッド通過時を車内から撮影。上の2枚は、カーブを曲がってスノーシェッドに入る瞬間(9時46分)。
 この後の4枚は次に。

 

 

 

 

 

 スノーシェッドを抜けて、雪坪集落へ。

 

 

 

 

 

 雪坪集落が視界に入りました(9:48)。

 集落に入ってすぐに道路脇に2軒ありますが、その先で右折して集落の真ん中へ。

 

 

 写真右手の雪の壁の切れ目が集落に入るところ。前方に見える家は志久見集落。

 

 

 

 

 

 

 いちばん奥の家に到着。9:50。ただし、車で横付けとはいかない。この雪の階段を歩いて行く。

 

 今日の午前中は東部地区のいちばん奥の極野集落まで進んだ。その間、ここまでと同じように配達路を撮り続けた。それをすべて紹介するとたいへんな枚数になるので、いっきに極野集落に飛びます。ここで素敵な出会いが…。

 

 

 極野集落の手前、中野集落を通過するところ。11:15。

 

 

 極野集落に入って間もなく。

 

 

 極野集落内のいちばん高い所へ。

 

 

 いちばん高い所から下る時、前方に何人もの人の姿が目に入りました。
 その中のお一人に窓越しに声をかけました。

 

   「写真を撮らせてもらいに来ました。以前、祭りの写真を撮ら

   せていただいたことがありまして。と言っても、お祭りの当日

   ではなくて、当時の区長さんのお世話でお祭りの様子を再現し

   ていただいたのですが。」
   「あっ、そんなお話、聞いたことがあります。震災の後でした

   か?」
   「いえ、前ですね。もう7、8年前になります。」
   「どちらからお越しですか?」
   「私たちは長野市です。」

 

 そんな会話をしながら、撮った写真をカメラの液晶画面で見せて下さった。
 前頁中段の写真の地点をお宮の向かう道の方から撮影されたものだった。
 私は常々、極野集落はとてもいい景色が多い集落だと思い、風景写真を数多く紹介してきたが、その極野の景色を撮影に訪れて下さる写真愛好家のグループに出会えて、とても嬉しかった。
 この時、11時半頃で、天代集落に立ち寄った後、給油の必要もあって、国道117沿いへ下りました。
 午後は泉平、箕作集落へ。今日一日の配達は87軒。

 

 いつも「配達日誌」などに「今日は〇〇集落などを廻った」と書き、出先で撮った風景写真なども紹介しますが、配達路そのものを紹介するのは初めて。村外の方々には、私の配達路がどういうところなのか、少し具体的なイメージを持てていただけたかなと思います。

 


“かんじき”を履いて・・・

 

 上の写真は秋山郷・上の原集落のいわゆる「天池」付近での撮影ですが、写真右側下から直線状に、雪の色がより白く輝く感じで見える足跡状のものがあること、ご確認いただけるでしょうか。
 これは16日昼、私が“かんじき”を履いて歩いた跡です。
 写真に見える白樺などの樹々の向こう側が、「天池」として紹介されるところです。

 

 この足跡のあるところ、昨冬は雪が少なかったので長靴で歩きましたが、今冬はかなりの積雪になっているため、“かんじき”を用意して行きました。
 16日は朝から気温が上がり、昼頃には雪がかなり柔らかくなっていて、“かんじき”を履いていても、足が雪の中にかなり沈み、歩きづらかったのですが、苦労して歩いた甲斐があって、いい景色を見ることができました。

 

 撮影時間順に写真を紹介します。

 

 

 上の原集落のいちばん奥の家を過ぎて、道路除雪の最終地点から集落側を撮影。12:09。

 

 

 “かんじき”を履いて歩き始めた地点で進む方向を撮影したもの。12:11。

 

 

 「天池」として定番的に紹介されるスポットでの撮影(12:15)。
 手前真ん中、雪の中にちょこっと頭を出しているものが見えますが、「天池」の一つの“名物”、枯木の根に近い部分だけが残ったものの先端部。一昨年10月18日撮影の紅葉期の写真と対照してください。

 

 

 

 撮影した場所は同じですが、少しアングルを変えました。こちらの方が素敵かもしれないですね。

 

 

 いわゆる「天池」を通り過ぎた地点で、来たりし道を振り返って撮った1枚。12時18分。「来たりし道」の足跡よりも、雪を抱く木の姿が気に入っています。

 

 

 これから進む先を撮影。
 「天池」の撮影地点までは人の足跡がありましたが、その先には無し。杉の木から落ちた雪がつくった模様のみ。
 でも、この先は山の動物たちの天下。間もなく、いろんな足跡が見えるようになります。
 こんな感じです。

 

12:20撮影。

 


 本来の天池の近くまで下りて、鳥甲山連峰のほぼ全景を一枚に撮る。
 12時23分の撮影。雪がない時期であれば、道路から草の生えた法面を下らなければならないのですが、今日は深い雪の上をかんじき履いてスイスイと下りました。
 この時、鳥甲山のすぐ上に飛行機が!

 

 

 “法面”を下ってきた跡を振り返って撮影。

 

 

 白樺林の先に見えているのは苗場山ですね。
 空に見える飛行機は、鳥甲山に上に見えてものとは別物です。このあたりの上空は北海道行きの航路。

 


 天池から赤(あかくら)の頭(かしら)をズームアップしました。
 左上に見える頂が「赤瑤瞭」。
 この写真を撮ったのは、雪が落ちた幾筋もの跡が目に入ったからです。「雪の皺(しわ)」と呼ぶのがいいかなと思うのですが。
地元の人に聞くと、「今年はまだ聞こえない」とのことですが、間もなく、山全体、集落中に響き渡る「ドーン」という音をたてて、雪崩がくりかえし起こります。私などは、「えっ? 何処?」とキョロキョロ山を見渡しながらも、雪崩がどこで起こったのか、見えないのですが、地元の人は「あっ、あそこだよ」と指さします。
3月上旬になれば鳴り響くでしょう。今年は何処で雪崩れているか、わかるようになりたいと思っています。


 出発地点まで戻ったのは12時35分。
 わずか26分間の「旅」ということになりますが、戻ったときは汗びしょり。「のよさの里」にお邪魔し、昼食を兼ねて一休みしました。

 

 (了)

 


中津川下流の2つの景色

 

 冬期間、秋山郷へは津南町経由で国道405号線を進む。
 津南町の大割野(おおわりの)〜反里口(そりくち)間を進むとき、「きれいだなあ」と思う景色がある。右手に河岸段丘があり、奥の方に雪化粧した山が見えるものだ。2月16日は、その山々が真っ白になっていて、とりわけきれいだった。上の写真がそれである。
 私は、いま、「きれいだなあ」と言えるのみで、それぞれの山の名前を言うことはできない。苗場山ではなく、それよりも東側に位置するものである。山の名前がわかる方がおられれば、是非、ご教示をお願いしたい。
 405号線から見える景色の全体像は次に示す。

 

 

 手前に見える照明設備は津南町の中津川河川敷の運動公園。16日午前10時22分撮影。

 

 

 

 「中津川下流の2つの景色」のもう一つ。反里口の集落に入る手前、405号線が少しカーブするところで、道路除雪で押し出された雪の山の先端から撮影したもの。いわゆる「石落とし」の断崖が見える。

 


 「石落とし」のズームアップ。16日午前10時31分撮影。

 

 同じ地点から津南町中心部方向を眺めた景色も素敵だ。

 


雪庇落とし

 

 今日16日は午前10時17分に国道405に入り、秋山郷へ。
 気温が上がっていて、国道405は随所で法面から雪が落ちていた。「どこかで雪庇落としに出会うだろう」と思いながら進むと、結東集落も過ぎ、「もうすぐ前倉橋」というところで交通誘導員が赤旗を振り、ストップ。11時5分過ぎのこと。雪庇落としでストップをかけられた時は結構の時間がかかる。「写真を撮らせてください」と頼み、了解を得て降車。
 1枚目の写真に見られるように、国道405脇の法面(と言うよりも「山」と言う方が適切か)に3人の作業員が上り、スコップで雪庇を落としていた。

 

 

 この人がいちばん上に上っている人。目視では命綱に気づかなかったが、写真を見ると、がっちり命綱。
 青地の作業服とのコントラストで、スコップで落とされる雪が見える。

 

 

 雪庇落としの全体像。人の手にくわえ、薄緑色のバックホーが法面の雪を落とす。路上に落とされた雪を、手前に見えるタイヤドーザーが写真左手の中津川の谷に押し出す。

 

 

 写真中央奥に道路があるように見えるが、冬期閉鎖中の東秋山林道。写真に見えているあたりが前倉橋を東秋山林道から撮るポイントの近く。

 


 雪庇落としがすでに終えられた箇所。

 

 道路脇での雪庇落としは、国道117では稀に見られることもあるが、そんなに多くない。しかし、国道405は頻繁な雪庇落としなしには通行の安全は確保できない。
 大変な作業である。感謝!

 


栄村復興への歩みNo.302

SL定期運行要望の署名へのご協力をお願いします

 

 

 みなさん、昨秋11月19、20日、飯山線に44年ぶりでSL(蒸気機関車)が走った時の感動はまだ記憶に新しいですね。あの感動を再び実現したいものです。
 十日町市と飯山市の人たちが中心となって結成された「飯山線SL運行を応援する市民の会」が、「飯山線でのSL定期運行を要望します」という署名を集めておられます。要望先はJRと飯山線沿線地域活性化協議会です。
 栄村でも、この署名の輪を広げていきたいと思います。
 森宮野原駅の地元・森集落では商工振興会の斎藤龍男さん、区長の月岡英男さん、三輪会の広瀬卓哉さんが署名の呼びかけをして下さっています。
 全村的には私が署名用紙を持って、みなさんのお宅をお訪ねさせていただきたいと考えています。是非、署名にご協力ください。
 


温泉共通入浴券の存続を――値上げの必要性はみなさん、理解されています

 いま、村民の間で大きな関心事になっているのが、トマトの国や北野天満などの温泉で村民が利用している「共通入浴券」の問題。
 昨年3月末、トマトの国などの施設に下写真の掲示が貼り出されました。村長名のものです。
 私自身も利用者の一人ですが、みなさん、この掲示に従って、「平成28年3月31日までの入浴券」を購入してこられました。

 

 

「トマトの国」の営業時間短縮で一気に不安が高まった
 昨年暮れの12月1日から、「トマトの国」の温泉入浴可能時間が「午前11時〜午後7時」から「午後2時〜午後7時」に短縮されました。「営業時間変更のお知らせ」が貼り出されただけで、理由説明などは何もありませんでした。
 同時に、振興公社の経営危機も明るみに出てきました。
 そのため、村民の間で、「もう温泉に入れなくなるんじゃないか」という不安感がいっきに高まったのです。私は入浴時や配達時に多くの人から「どうなっているの? 大丈夫なの?」と尋ねられるようになりました。

 

期限まで1ヶ月が近づいても、何の説明も出ていない
 最近、みなさんから出る言葉は、「もう1ヶ月ちょっとで券が切れるよ。このままでは4月1日から入れなくなるじゃないか」というものです。
 じつは、1月24日の臨時議会の後、議員だけの全員協議会の最後に、「2月9日の臨時議会の後に村長提出の全員協議会がある」、そして、その協議テーマの1つが「共通入浴券について」だという話がありました。
 ところが、2月6日に開催された議会運営委員会では、「共通入浴券の問題は2月9日に間に合わない」と話されました(私は議運メンバーではないので、議運メンバーの議員からの聞き取り)。実際、2月9日の全員協議会では共通入浴券の問題はいっさい出ませんでした。
 本当にもうすぐ全員の共通入浴券の期限が切れます。事態は切迫しているのです。

 

共通入浴券の仕組み
 いまさらという面もありますが、共通入浴券の仕組みを確認しておきます。
 これは、年間1万2千円(70歳以上は7,500円)を支払えば、村が保有する温泉に何回でも自由に入れるという一種の定期券です。役場が発行しています。
 利用できる温泉のうち、トマトの国、北野天満、のよさの里、雄川閣は振興公社が村に代わって管理運営していますので、これらの温泉に入る人は公社管理施設を利用する形になり、共通入浴券の申込・料金支払いも基本的に公社施設フロントで行います。そのため、振興公社にお金を支払っているかのように思われがちですが、違います。私たちは村役場にお金を支払っているのです。
 温泉を管理運営している振興公社には村役場から費用が支払われます。
 ただし、つい近年まで、村役場から振興公社に支払われる金額が少なく、そのことが公社の経営圧迫要因に一つになっているという問題がありました。しかし、この点については、平成27年度から「共通入浴券での温泉入浴の経費に関する公社の負担をなくすために指定管理委託料の名目で年間1,060万円が支払われるようになった」(昨年9月の決算議会での福原洋一商工観光課長の説明に基づきます)ので、共通入浴券が安価であることが現在の振興公社経営危機の原因だと考えるのは間違いです。

 

「値上げはやむをえない」が利用者の共通認識
 入浴中の会話、配達時のみなさんとの会話では、「まあ、安いから値上げはしかたないと思う」というのが大多数の人の意見です。女性風呂でもそういう会話が交わされているそうです。
 現在の1万2千円を3万円まで値上げするのはみなさんの許容範囲内のように思われます。ただし、いくつかの条件・要望があります。
 第1は、3万円の場合、一度に支払うのはきついという人もおられて、「2回の分納」や「半年券」という新しい制度を導入してほしいということです。「半年券」は、金額の問題だけでなく、たとえば「冬の期間だけ利用したい」といった要望とも関係しています。
 第2は、高齢者に対する割引です。現在は70歳以上の場合、年間7,500円ですが、年齢区分をもう1つ増やし、「70歳以上75歳未満は2万円」、「75歳以上は1万円または据え置き」というような考え方です。
 第3は、多人数家族のケースへの配慮です。70歳未満で3〜4人家族の場合、「3万円」ですと、9〜12万円の支払いになり、相当厳しいことになります。人口減少の中、多人数家族は大事な存在であり、なんらかの配慮が必要ではないかと思います。
 第4に、トマトや北野の温泉をご利用の津南町の人たちへの配慮も欲しいです。津南町の一定のゾーンの人たちとは県境を超えて、“同じ地域の住民”としての付き合いがあります。そういう人たちのご利用はじつは栄村の施設の賑わいを支えている大事な要素です。

 

村の住民福祉政策としての明確化を
 温泉の入浴料は、普通は1回500円ですから、共通入浴券は3万円に値上げになったとしても、相当にお得な価格であることは間違いありません。
 共通入浴券制度はこれまで明示されてきたわけではありませんが、「村民が村の資源である温泉を安く利用でき、とくに高齢者が温泉利用で楽しく長生きできるように」という住民福祉政策の観点で運用されてきたと思います。
 また、「少子化・人口減少」が大きな問題になっている中で、「子育てしやすい栄村」ということにとっても、温泉は重要な役割を果たしています。まだ一人ではお風呂に入れない幼児をお連れのお母さんの場合、一緒に温泉に入る村のかあちゃんたちが代わる代わる幼児を世話して、お母さんが温泉にゆっくりと浸かったり、体を洗ったりできるようにしています。村の若いお母さんだけでなく、観光で栄村を訪れ、温泉に子連れで入浴された都市部の若いお母さんも、村のかあちゃんたちに援けてもらい、とても喜んでおられます。

これは栄村の誇るべきことであり、今後は、住民福祉政策として明確に打ち出していくことが求められます。
「村民の声をしっかり聞く」と公約している森川村長が一日も早く、こういう政策判断をされるよう求めたいと思います。

 

 

温泉入浴を終え、家路につく森集落の夏乃(かの)ちゃん

夏乃ちゃんの手を握るのはお母さんとご近所のかあちゃん

 

 


村の風景を楽しむ

 新年を迎えた際の第300号で「栄村の四季を楽しむ」という写真アルバムをお配りしました。たいへん好評をいただき、部屋の壁に貼って下さっている方も多いようです。「私は“何気(なにげ)ない風景”の写真が好きなんですよ」と声をかけて下さった方もおられます。長い文章が続きましたので、ここらでいっぷく!“何気ない風景”をどうぞ。

 

 

 県道北野森宮野原線を走り、切欠集落を過ぎて直線コースに入ったところで、道路左手を撮影したもの。見えている集落は津南町の加用(かよう)・百(もも)の木(き)集落、中央の山は高倉山です。一昨年の暮れに1枚の写真を撮ってから、気に入っているポイントです。

 


 北野橋上から北野川沿いの絶壁を撮ったもの。岩にぶら下がるツララがとても綺麗です。橋の上から見る全体像は下のとおりです。(撮影はいずれも2月11日夕)

 


 “意外なところ”に、とてもきれいな風景があること、お伝えできたでしょうか。

 

 

 小赤沢の北信生コン敷地内から鳥甲山を望む。この日の白(しろくら)の白さと迫力はとても強烈でした(2月4日撮影)。

 

 

 津南町穴藤(けっとう)の吊り橋(4日撮影)。

 


 飯山線の除雪車。横倉駅での1枚です(1月5日撮影)。

 

 5頁下段からは写真アルバムになりましたが、いかがだったでしょうか。
 文章でお伝えしたいことも沢山ありますが、“栄村のいいところ”を写真でご紹介することも「栄村復興への歩み」の重要なテーマだと思っています。毎号というわけにはいきませんが、時々、こういうことを試みたいと思います。
 感想など、お聞かせいただけると有り難いです。


配達日誌2月1日〜10日

1日(水) 今日の午前中は快晴。
 朝方は頼まれた仕事を2時間弱。その後、寺石踏切死亡事故の慰霊祭現場へ。
 快晴の中、寺石から見える景色の素晴らしさに感服した。写真を撮ったが、データをPCで見ると、撮り慣れていない場所なので、思ったようなものは撮れていない。が、1枚紹介しておく。

 

寺石からの雪景色

 今日は「排雪デー」とでも言うべき日だった。各所で道路除雪で積みあがった雪の山を崩し、ダンプで千曲川等へ。12月に積雪が多かった2015〜16年冬は早くも12月末に排雪作業が行われたが。
 今日は配達はあまりできず。夜、ブログ「2月は快晴で幕を開けたが、この後は節分嵐か」をアップ。

 

2日(木) とにかく風が強かった。午前と昼すぎは森集落を廻り、その後、野田沢、程久保へ。時折、強い風で真正面から雪が顔に吹きつけてくる。その吹雪の様子をカメラに収めたかったが、その瞬間は写真を撮るどころではない。風の凄まじさを物語る写真を1枚。

 


 上写真は私の軽トラの荷台のシート。朝からの配達で数センチの雪が積もっていたが、一瞬の強風で、その大半が吹き飛ばされた。かなり重い雪だったのだが。午後2時半すぎ、野田沢でのこと。
 配達の後、午後4時すぎに、国道117を津南町今井まで行き、送電塔復旧工事が完了していることを視認してきた。

 

3日(金) 昨夜から今朝にかけてもう1回、かなり降ると言われていたが、朝の様子を見ると、あまり大した降りではなかったようだ。ただし、昨夜11時頃、凄い強風が吹き、ものすごい音とともに窓ガラスに雪が吹きつけられてきた。今日の日中も雪が舞い続けたが、積もるような雪ではなかった。ただ、切欠集落では坂を上り切れなかった。配達のために急坂の途中で停めると、発進の時、スリップしてしまう。
 配達中、除雪作業の手をとめて、話しかけて下さった方があった。24日の臨時議会を傍聴された人で、「最後の質問、いや意見で言われたとおり、公社の再建には営業が大事ですよ」と。発言をしっかり聴き取って下さっている。それだけに責任は重大。狭い意味での公社再建案というだけでなく、栄村の観光の商品プラン(企画と営業方法)を具体的に提案していかなければと思う。
 直売所で、「耳団子が出ましたよ」と紹介され、写真撮影。早速、ブログにアップした。
 また、21日夜の停電に関連する送電塔損傷復旧工事と移動発電機車による送電作業が終了した。これもブログにアップ。

 

4日(土) 朝方、青倉と森で10数軒に連絡用のチラシを入れた後、秋山へ。
秋山の全戸への配達をめざしたが、途中で相当に長い立ち話をしたことから、上の原と屋敷の一部は配達を断念せざるをえなかった。配達できたのは60軒。
 たしかに雪は多いが、除雪や排雪が進んでいて、1月18日の時のような「雪に埋もれて大変」という感はなかった。知人から、数日前に屋根の雪下ろし中に落下事故があり、雪害救助員が重傷をおわれたという知らせを聞いていた。しかし、秋山で雪害救助員を待つ高齢の人とお話した時、事故のことはご存知なかった。残念な事故だが、役場がきちんと公表していないことには疑問を感じる。
 今日は切明まで行こうと決めていた。今冬期は休業となった雄川閣の様子も知りたかった。

 

切明の「川原の温泉」

 

 自らのタイヤドーザーを持ち込み、除雪作業をやって下さった人から話を聞いたが、つい1〜2日前まで3m近い雪に埋もれていたそうだ。その一方、切明に向かう途中、何台かの乗用車とすれ違った。除雪をやって下さった人の話では、「つい1時間ほど前、川原の温泉に入っている人がいましたよ」とのこと。吊り橋を渡っていくと、吊り橋の上、吊り橋から川原の温泉にかけて、「かんじき」の足跡がくっきりと残っていた。

 

吊り橋から川原の温泉へ続く「かんじき」の足跡

 

 夕刻4時半頃、「下」に戻り、奥さまが急逝された知人宅へお悔やみに出向いた。
 夜、「秋山を巡った一日」をブログにアップ。

 

5日(日) 午前中は米の発送と会合資料作り。昼すぎ、ご出棺のお見送り。ご主人の挨拶に心打たれた。突然の逝去に深い悲しみの中からふり絞るように発せられた言葉は、奥さまへの深い愛情に満ちたものだった。
 2時半から「振興公社と温泉入浴を考える会」。15名ほどの方々にお集まりいただき、「共通入浴券」問題についてのみなさんの思い、料金案等を聞かせていただき、今後の議会審議等に臨むうえでたいへん役立つ内容となった。

 

6日(月) 疲れが少々溜まり、今日は配達に出なかった。
 ただし、午前10時すぎから午後3時頃にかけて、6件の用談をこなした。用談の主たる内容は、SLの定期運行実現のための署名運動の進め方、有害鳥獣対策。
 午後から徐々に頭痛がし、夜には喉も痛み出した。完全に風邪の症状で、薬を飲んで就寝。

 

7日(火) 起床時、体はだるく、すっきりしなかった。診療所に行こうかとも思ったが、10時半近くに配達に出かけた。
 今日は吹雪。その中、軒数は少ないが、冬期の配達がいちばん大変な当部、原向、坪野などを廻った。そんな行動をしているうちに体にキレが戻って来た。
 冬の配達がいちばん大変なのは秋山と思われるかもしれない。たしかに、何度となく記しているように、中津川渓谷沿いの国道405の狭い道を進むのは“おっかない”。しかし、冬の秋山行きは天候を選んでいて、慎重に運転することが第一。その点さえクリアすれば、「大変」というのではない。
 それに対して、原向などは積雪期間、配達先のお宅に車で行けないところが多い。いちばん遠いケースの場合、雪道を片道100m以上歩く。きちんと道つけがされているとはいえ、長靴がまるまるずぼっと嵌ってしまうこともしばしばである。普通の道を歩くようなわけにはいかない。さらに、今日の場合など、その雪道を歩いている間に真正面から吹雪が吹きつけてくる。猛烈な風で顔面に雪が吹きつけられ、それから逃れようもない。しかし、変な言い方かもしれないが、そういうところにこそ、栄村で「復興への歩み」の配達といった活動を行うことの醍醐味があるとも言える。
 夜は、ブログ記事「今日は吹雪の一日」を編集し、アップした。
 下写真は正午すぎに原向集落を廻っている最中の1枚。写真右手の雪の山から強風によって雪が吹き出してくる。

 

 

8日(水) 午前中は降雪だったが、昨日のような吹雪ではなく、長瀬、北野、中野、極野で69軒を廻れた。
 午後、家に戻ると、大家さんが屋根から落とした(落ちた)雪の片づけをして下さっているところだった。ただ、明日の議会にむけての資料調べがあったので、感謝とお断りの挨拶をして、部屋に入り、しばし勉強。
 夕刻、横倉16:46発の下り列車を撮影に、歩いて国道117栄大橋上に。
 極野で撮った写真などをブログにアップしたいとも思ったが、明日の議会にむけて体調を整えておくために、無理をせず、夜は体を休めた。

 

9日(木) 今日は丸一日、議会。
 10時開会で、午前11時半頃までが本会議。本会議は今日も傍聴者がかなり多かった。10分の休憩をはさんで、「全員協議会(村長提出)」。正午で昼休み休憩になったが、午後1時半再開で、午後4時近くまで。最後の10分ほどは「議員だけ残ってください」ということで、14日の振興公社理事会との懇談に関すること。本会議及び全協のことは「議員活動報告」に書くことにして、ここでは触れない。
 夜は明日の配達の準備(印刷、折り作業、配達状況のチェックと配達計画の作成など)。
 写真撮影はいっさい無し。

 

10日(金) 雪が降っていたが、8時頃の出動で配達。
 国道117の青倉や青倉トンネル〜横倉トンネル間ではかなりの降雪だったが、横倉トンネルを出ると、平滝では降っていなかった。同じ栄村内でも場所によって天候が異なることはよくあることだが、トンネルに入る前と出た後の状況があまりに異なるので、少し驚きだった。
 平滝、白鳥、箕作、泉平と廻ったが、手許のメモに泉平を廻っていた時に、「10:50太陽。すぐにまた吹雪」とある。
午前中で91軒に配達をして、今日の配達は終わり。最後に横倉で何軒かを廻った時、「(車の)ドアが開かないくらい風強し」というメモ。今冬は例年になく、風の強い日が多いように感じている。
 午後は考え事の整理など室内仕事。その一環として、ブログ記事「『強い寒波』と言われるが、春は確実に近づいている」を編集し、アップ。その記事に掲載した写真を1枚。

 


 この写真は今日ではなく、8日の夕刻に国道117の栄大橋上から鳥甲山方向を撮影したもの。この写真で示したかったのは、樹々の新芽の赤さが濃くなってきていること。冬のはじめから樹々の先端は新芽で赤っぽいのだが、最近になって、その赤さが濃く、鮮やかになってきているように感じるのだ。1月前半あたりの同じ場所の写真を比較対照として示したかったが、写真データを探し出すのが大変で、それはかなわなかった。
 しかし、新芽の赤さが濃く、鮮やかになってきているのは間違いないと思う。配達で村内を毎日巡り、その際に写真を撮るようになって4回目の冬(〜春の近づき)なのだが、今季、初めて気づいたことのように思う。「全然知らなかった」というわけではないが、ここまで鮮烈に意識したことはなかった。自然界の営みの凄さというものは、やはり相当に意識的に観察していないと認識できないもののように思う。


 写真をもう1枚。午後3時すぎに部屋の窓から撮影したもの。

 


 このアングルの写真は頻繁に撮っているものだが、午前中、吹雪くことが多かった今日、こんな景色が見えるとホッとするというか、気分が非常に爽やかになる。
 この写真を撮りながら感じたことがもう一つあった。
写真中央に見えるのは道路除雪で押し出された雪の山だが、朝、降雪時に見たものと比べると、かなり低くなっていると感じた。ブログ記事のタイトル「春は確実に近づいている」を導き出した理由の一つでもあるのだが、2月に入って以降だろうか、雪がいくら降り積もっても、晴れ間が出ると、雪が消えるスピードが速くなったように感じるのだ。みなさんは、そんなことを感じてはおられないだろうか。

 

 今日の午後を室内仕事にしたのは、考え事を整理する必要があったことが一因だが、もう一つ、別の理由がある。議会の翌日というのは疲れがものすごく溜まっているのだ。何とも表現しづらい疲れである。原因を考えてみると、“まったく気が抜けない、緊張の連続”ということが疲れをもたらしているようだ。議会・議員は、村長・行政側が提出してきた議案や協議事項に対して何も質問をせず、異論も唱えなければ、村長・行政の議案や提案に「OK」を出したことになる。それは議案や資料に書かれていることに対してだけではない。口頭での答弁や説明の内容についても同じ。だから、一言一句聞き逃さないように神経を集中し、即座に反応して質問などをしなければならない。そうしなければ、議事は先に進んでしまう。私がまだまだ新米議員で、修行が足らないのかもしれないが、これはかなりきつい仕事だと感じている。
 国会中継で居眠り議員の存在がカメラに捉えられ、ニュースになることが以前はよくあったが、あれは国会の議事が基本的にすべて予定通りに行われていることに一因があると思う。白熱した質疑が行われていても、発言できるのは予(あらかじ)め質問を許可された議員のみで、他の議員は発言を許されない。せいぜいできるのは野次(正式には「不規則発言」という)を飛ばすことだけ。
 しかし、小さな町村の議会の議案審議はその場での挙手による質問が主。ぼやっとしていたら、「質疑終了→採決」になってしまう。「議会は行政の追認機関」ということに甘んじるのであれば、緊張感をもって臨(のぞ)む必要もないのだろうが、私は行政をしっかりチェックできる議員でありたいと思っている。


今日は変な天気だったが、今夜〜明日は大雪か

 

写真は午後9時51分撮影。

 長電話をいている最中に、窓がに風が当たる音がするほどの強風が吹いた。午後9時前だったかと思う。電話を終えてしばらくしてから、様子を見に外に出て撮ったのがこの写真。
 風が強く、雪が渦をまくような感じ。
 天気予報で見た時間帯別の降雪予想からも、今夜〜明日はかなりの大雪になる可能性が高い。

 鳥取などの大雪のニュースが流れる中、今日11日の栄村は変な天気だった。吹雪いたかと思いきや、一転して青空が広がる。そんなことが何度も繰り返された。今日の写真を何枚か、紹介する。

 

午前7時19分。
家の窓からスキー場を見るも、降雪で見えない。

 

午前8時18分。雪は止み、スキー場が見える。

 

 この後、私は配達に出かけた。撮った写真を見ると、降雪はあったが、大した降りではなかった。ただし、手許メモ帳に「11時半すぎ、降りが激しくなってきた」、「11時55分、明るくなってきた」という記録を残している。

 森の「松海」で昼食のラーメンを食べて、外に出た時、あまりにきれいに青空が広がっていて、写真を1枚撮った。午後1時14分である。

 

 

 その後、室内作業をしていたが、風の音がするので、外を見て撮ったのが次のもの。午後2時17分。である。

 

 

 激しい降り方だが、この後、午後3時55分撮影の同じアングルの写真は抜けるような青空。

 

 

 ズームアップすると、スノボを楽しむ人たちの姿が見えた。

 

 

 夕刻5時頃、「トマトの国」に行くと、スキー客で一杯だった。そのお客さんに尋ねると、
    「吹雪には遭わず、新雪で最高の状況でした」
という答えが返ってきた。

 さて、明日のスキー場はどんな感じになるのだろうか。