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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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クマの目撃地点の相互関係について

 

 地図に4つの赤丸を書き込みました。
 A点は、4月27日夕刻に「トマトの国」対岸の崖面にクマが現れた場所です。
 C点は、5月3日と5日の夕にブナの木に登っているクマなどが目撃された地点です。
 D点は、5月16日夜10時頃、クマが出没した地点(横倉の教員住宅前)です。このクマは子クマと聞いています。
 B点は、青倉の島田助一(じょいち)さんの奥さん・みなみさんがゼンマイ採りに行って、ススキの枯れ枝の先に何かの穴を見た直後、クマのうなり声を耳にしという地点です。5月初めのことです。
 このB点、じつは、A点から崖を登りつめた地点に他ならないのです。
 あの日、クマはまさにこの崖を登って、猟友会の人の捕獲銃から逃げ切りました。
 みなみさんがスキー場のある地点でクマの巣に出くわしたという話は、4月27日のクマ騒ぎのしばらく後に複数の人から聞いていました。しかし、私は地図でB点として示した地点とは異なるところだと理解していました。
 ところが、今日20日午後、助一さんと出会い、詳しい話をお聞きして、B点だとわかったのです。
 B点は、スキー場内のブナ林を抜けて、大きなカーブ(写真イ)を曲がって30mほど進んだところ(写真ロ、ハ)から右斜め上に上がって行った先にあります。何枚かの写真を示します。

 


写真イ

 

写真ロ

 


写真ハ

 

写真ニ


 写真ハの右側に見える道はスキー場内の村道、左側に見えるのは今は使われていない軽トラが通れる程度の作業道。この作業道を上がると、写真ニの地点。これはスキー場のゲレンデです。
 そして、ゲレンデを横切った先に写真ホで示す場所があります。これは問題のB地点があるゾーンです。

 

写真ホ

 

●島田助一さんの話をお聞きして
 今日、助一さんからお聞きしたところでは、みなみさんがB点でクマの巣に出くわした直後に、助一さんは猟友会の人に連絡をされたそうですが、すでに有害捕獲の期間(4月30日まで)を過ぎていたため、出動してもらうことはできませんでした。そこで、つぎに、役場に行き、話をされたそうです。その結果、役場は青倉に「注意 クマ出没」という看板を設置しました。が、助一さん曰く、「あんな小さな看板だけだぜ」と。
 私もその看板を見ましたが、助一さんと同様に思います。
 私は、助一さんから「危ないから行かない方がいい」と言われながらも、写真イ〜ホを撮るところまでしました。大きな音を出しながら、遠くが見通せる範囲内での行動です。
 これは、抜本的な対策をとる必要があると判断して行った、ひとまずの最小限の行動です。

 

●5月16日夜の横倉でのクマ出没について
 ところで、5月16日夜の横倉でのクマの出没について私が知ったのは17日夜のことです。知人からのメールで知りました。
 クマが出た横倉教員住宅前というのは栄小学校のすぐ近くで、月岡の子どもたちの通学路と接するところです。ところが、小学校に連絡があったのは17日午後の下校の後で、父母に一斉連絡があったのも下校後であったことから、父母の間で「教育委員会の対応が遅すぎる」と問題視されている――これが私が知人からもらったメールに記されていたことでした。
 私は、「教育委員会の問題というよりも、役場の有害獣担当の問題なのではないか。役場の関係部署に尋ねてみる」と返事しました。
 18日、まず、教育委員会の学校教育係を訪れ、事の次第について尋ねました。学校教育係の回答は、「担当部署から連絡を受けて、小学校にすぐに連絡をした。ちょうど職員会議の最中で、学校はすぐに父母に一斉連絡した」というものでした。
 そこで、続いて、有害獣対策担当部署である産業建設課を訪ねました。そこで判明したことは次のとおりです。
   イ) 16日夜10時頃、役場に目撃通報があった。
   ロ) 当直は2名。仮にA職員とB職員とする。電話にはB職員が

    出た。時間が夜遅くだったので、告知放送はしないことにし

    た。当宿直簿に「横倉でクマ目撃」という記録をした。
   ハ) 役場の有害獣対策の直接の担当者であるC職員は、17日出

    勤後、この記録を確認した。ただし、「横倉で目撃」という

    だけの記録であったので、小学校との関係性には思いが及ば

    なかった。
   ニ) B職員は、18日、午後3時頃まで役場を離れる仕事をしてい

    た。C職員は、B職員が役場に戻ってから目撃場所が横倉教員

    住宅前であることがわかり、小学校の通学路と密接な関係が

    あるとして、教育委員会事務局に連絡した。

 

 私が、ここに経緯を詳しく書いたのは、関係職員の責任を追及しようという意図からではありません。
 いちばんの核心問題は、クマをはじめとする有害獣の問題が村役場にとって危機管理上、即座の最大級の対応をすべき問題となっていない、ということです。
 即座の最大級の対応をすべき問題として位置づけされているならば、当宿直簿に「横倉」としか書かれなかったということにはなっていないでしょう。
 あるいは、B職員が役場外での仕事だったから、C職員が17日午後3時すぎまで具体的な現場を知らなかったということも起こりえないでしょう。携帯電話がほとんどのところに通じる時代ですから、B職員に連絡はとれるはずです。しかし、そういう連絡はとられなかった。これはC職員個人の問題ということではないと、私は判断しています。
 この関係でさらに踏み込んでいえば、昨秋、泉平でのクマによる人への襲撃事故があった際、現場にいた役場の担当職員2名は、いずれも有害獣対策担当1年目だったと聞いています。
 そういう重大事故を経験して、有害獣対策の重大性を身に染みて感じとっているはずの職員2名は今春の人事異動でいずれも他部署に異動し、C職員1名が担当となったのですが、彼は有害獣対策はまったくの未経験の若い職員です。
 私はこの人事に強い違和感を覚えます。人事権者は有害獣対策の経験と知識・知恵の蓄積ということの重要性をまったく理解していないのではないかと思うのです。

 

●クマ目撃地点を地図上に落とし、分析・考察することが本格的抜本的対策の第一歩なのではないか
 このレポートの冒頭に私は地図を掲載し、4つのクマ目撃地点を地図上に落としました。
 これによって、何かが見えてきますね。
 A点とB点の関係性は助一さんのお話もあり、明白です。
 私はC点とD点の関係性にも注目しています。この2地点、地図を見れば明らかなように1つの山(尾根)とその麓という関係性です。直線距離では約2km足らずです。1頭のクマの行動範囲内です。しかも、C点とD点の間に、昨秋、クマが罠にかかった地点、毎年クリの木にクマが登る地点があります。
 C点で5月3日と5日に私を含む数名が目撃したクマと、D点で16日夜に目撃されたクマが共通する可能性は十分にありうるのです。

 こういう検討作業をしていくことによって、危険ゾーンや要対策地点があきらかになっていくはずです。

 

●「近所の人も知っているから役場に通報しない」というのは正しくない
 ところで、クマのことが話題になると、「おれの家の柿の木にクマが来るんだ」という類の話がよく出てきます。その場合、「毎年のことだし、近所の人も知っているから、いちいち役場には通報しない」という話もくっついてきます。
 こういう話に覚えがあるという人は多いのではないでしょうか。
 しかし、この対応は正しくないと思います。
 べつに、役場に通報し、告知放送をしてもらって騒ぎにしろ、と言いたいわけではありません。
 「おれの家の柿の木にクマが来るのは毎年のこと」と言って済ますのではなく、一度、みんながクマ情報を役場に集約し、村のクマ被害の全体像をあきらかにする必要があるということを言いたいのです。

 

●いまが対策の最後のチャンスかもしれない
 先日、「報道ステーション」でクマ問題のミニ特集が放映されましたが、その中でクマの生態の研究者が、「これまでクマの一定頭数の維持(=クマの保護)が課題とされてきたが、近年、クマの頭数が維持すべき頭数の9倍近くになっている。いま、対策をしなければ、イノシシやシカのように増殖を抑えられない状況になってしまう」という警告をしていました。
 栄村でも、かなりの人が危機感を抱いておられるように、クマの頭数が保護が必要な水準をはるかに超えて増大していると思われます。
 いま、対策をしなければ、もはや制御不能な状態となり、人間が安全に暮らせるゾーンがなくなるという危険が迫っているのではないかと、私は危機感を抱いています。

 みなさんがお持ちのクマの動態に関する情報をすべて出していただいて、情報を整理し、分析・考察しなければならないと思います。
 私は議員としての使命も自覚し、議会で議論するとともに、役場と頻繁に話し合っていきたいと思います。
 ひとまず、みなさんの知っておられることを私に教えてください。一人でできることには限りがありますが、最大限の努力をしたいと思っています。
 どうかよろしくお願いします。


飯山市照岡の山腹崩壊について

  • -
  • 2017.05.21 Sunday

 5月19日早朝に発生したとされる飯山市照岡の井出川上流での山腹崩壊について、私は20日夕、知人から聞いて知りました。
 19日は村外に出ていましたが、20日早朝、千曲川が茶色く濁っているのを目撃し、「何だろう?」と思っていたところでした。
 中条川の土石流災害の被災当事者として、他人事とは思えないので、21日朝、現地に出向きました。
 信濃毎日新聞5月21日付の記事、飯山市がHPで公表している「飯山市の大字照岡字大どう地籍の山腹崩落に対する対応について」を前提としたうえで、私が現地で撮影した写真等を紹介します。

 

 

出川橋(通称「だんご橋」)の橋上から上流方向を撮影。7:43。

 

 

みゆきのラインの羽広(はびろ)大橋上から上流方向を撮影。8:20。

 

 

羽広大橋を栄村方向に渡って山の上に進んだ地点から撮影した山腹崩壊の頂部。8:26。

 

 

 上の写真を撮影した地点からさらに上に上ったが(広い畑ゾーンの道を進む)、山腹崩壊地点は見えないことがわかり、羽広大橋に戻り、「羽広山」集落の中を通り抜けて上部へ進んだ。
 途中で地元の人に「見える地点はないですか?」と尋ねたところ、「私も見に行こうと思っていたところ」というご返事で、その人の先導で、山腹崩壊地が見える地点へ。そこで見えたのは、次の写真のとおり。9:12。

 

 

 「ここからは、これ以上は見えない」とのこと。この人からお聞きしたことと、少し離れたところで話を聞いた人の話を総合して、ある畑の先にある林の中に入って、対岸を見たところ、山腹崩壊点をより明確に見ることができた。

 

 

写真イ

 

写真ロ

 

写真ハ

 

 写真イとロがつながっていることはお分かりいただけると思います。
 そして、写真ロとハのつながりも明確だと思います。

 

写真ニ

 

 写真ニは、写真イ〜ハと同じ林の中で撮ったものですが、撮影ポイントは少し異なります。
 写真ニでは、写真上部に崩壊土砂が見えると同時に、写真中央に濁っていない真っ白な水が見えます。
 羽広山集落で出会って最初の撮影地点にご案内下さった人のお話では、ここには冷川(ひやかわ)と温川(ぬくかわ)という2つの川があるそうです。その2つが合流して、井出川(千曲川に流れ込む出川の上流)になるようですが、山腹崩壊は冷川の上流で発生したものと思われます。だから、温川の方は清流のままなのです。
 また、案内下さった方は、「ここらは山崩れのようなことが起こりやすいところだ」とも言っておられました。
 撮影地点は、まだ残雪があるようなところ。撮影ポイントは、温川にむかって崖になっている際(きわ)。イワウチワやイワカガミが咲いていました。栄村でもそうですが、綺麗な花が咲いていたり、美しい景色が見られるところの多くは危険な場所、災害が起こりやすい場所です。

 

 ここで、Webニュースや信毎記事で「飯山市提供」として公開されている写真を示します。

 

 

 山腹崩壊の全体像がわかる写真です。私が写真イ〜ニを撮影した地点は、写真に赤マークを入れたあたりだと思われます。

 

 下流の桑名川地区の住民8世帯14名が、市の避難勧告に従って岡山地区活性化センターに避難されています。
 避難者にとって最も辛いことは、「先が見通せない」ことです。中条川の土石流での避難でも、避難者と行政の間の感覚のズレがくりかえし問題となりました。飯山市において、そのようなことがないように願っています。
 なお、信毎記事でお名前が出ていた桑名川区長の鷲尾静雄さんは、栄村の地震直後から「栄村復興への歩み」をお読み下さり、栄村をご支援下さってきた方です。鷲尾さんが区長をされていること、ここまでの写真を撮影して帰宅した後に朝刊を見て初めて知りました。明日は私は議会ですが、できるだけ早くお訪ねしたいと思っています。

 


野々海でミズバショウが出た!

 

 

 

 “野々海で最もきれいなミズバショウ群生地”、道が開いているかと思って、今朝20日午前8時前に行ってみた。道は残念ながら開いていなくて、沢の中を歩いて行ってみたら、出ている!!

 

 上の2枚目の写真が群生地の様子が見えた瞬間の撮影。
 他に2枚、示す。

 

 

 

 

深坂峠から大厳寺高原へ下る道の方向。右手は天水山。

 

 

野々海池

 

 

 

 野々海への道の通行止め解除は6月5日の予定。
 しかし、たくさんの県外車に出会った。
 野々海のことをよく知っていると思われる人もいれば、雪遊びが目的で、野々海池が池だとは知らない人も。安全確保の案内、自然保護パトロール(員)の必要性を痛感した。

 ミズバショウは5月9日に行った当初の予測通りに姿を見せたことになる。ただし、見頃は6月10日過ぎという見方が正しいと思う。


野々海のミズバショウの開花予測

 

 上の写真は野々海キャンプ場横から深坂峠に向かう道の5月17日午後2時半頃の様子。
 撮影地点の手前に下写真のブルが停まっていました。この後、道割りの作業が再開されるようです。
 この道の先に、野々海の最もきれいなミズバショウ群生地がありますね。

 


 私は5月9日、雪上を歩いて野々海に行った結果をふまえて、「配達日誌」の5月9日の項に、
    「ミズバショウの開花予想は、ずばり、早い箇所で5月20日すぎから

    ではないか。いちばん綺麗な群生地は5月25日頃から6月上旬が見ごろ

    になるのではないか。水のあるところは雪融けも早いので。」
と書きましたが、この予想は外れたようです。
 融雪は思っていたよりもゆっくり。ミズバショウの見頃は6月中下旬になるのではないかと思われます。
 野々海への道は開けられたものの、あまりに残雪が多く、いわゆる野々海三叉路の湿地や、野々海池、さらにキャンプ場横の大きな湿地(=東窓)など、下に水がある箇所でもまだまだ残雪が多いのです。本日先に公開した「道は開けられた。が、残雪はまだまだ多い」を前提として、この記事では、ミズバショウと縁が深い地点などの写真を紹介します。

 


まず、野々海三叉路の湿地の様子です。

 

 

 これは、野々海三叉路でいわば正面方向を撮ったものではなく、南方向を撮ったものです。
 この湿地でミズバショウが咲くのはこの写真の右部分の奥の方です。まだまだ雪があって、ミズバショウが近々に姿を見せる状況ではないですね。

 

 つぎは、近年、ミズバショウがめっきり減った東窓(キャンプ場の横手の大きな湿地)の様子です。

 

 

 この付近の残雪がどの程度の深さなのか。参考に、写真の左手に位置する野々海峠に通じる林道の様子を示します。

 


 手前の路面が見える部分は除雪車が除雪したものです。
 湿地の部分では残雪がもう少し少ない(薄い)だろうと思いますが。

 


 ここで、野々海池そのものの様子を見てみます。

 

 

 上の写真は余水吐付近の様子を写したものですが、水部分と雪部分の境界部分をクローズアップすると、

 

 

 水中の雪もけっこう厚いようですね。

 

 つぎに、比較的早く雪が融け、消える東窓に近い部分(池の幅が狭くなっているところ)の様子です。

 

 

 真ん中あたりの雪が薄くなっていることがわかります。

 


 ここで、対照資料として、里の雪が今冬よりも多かった14−15年冬の後の2015年5月28日撮影の写真を示しておきます。

 

 

 

 日付は「28日」ですので、今日よりも11日遅い日ですが、今年も月末近くでこれと同じくらいになるのかなと思います。

 

 その年に、近年では野々海の最もきれいなミズバショウ群生地で下の写真を撮ったのは6月15日のことでした。

 


 このことからすると、今年の見頃は6月10日すぎから20日すぎにかけての時期と予測できるのではないかと思います。


道は開けられた。が、残雪はまだまだ多い

野々海池の水番小屋

 

野々海池堤の様子

 

 

 17日(水)午後、平滝に配達に行った折りに、少し様子を見ておこうと思い、野々海への道を上がったところ、道が開けられていました。
 野々海池の堤入口まで開けられており、また、キャンプ場のところまで開いています。
 私が行った際には除雪担当者の姿は見えませんでしたが、帰路、第2分水点の様子を見ている時に軽トラが1台上がり、その後、タンクローリーと出会いましたので、キャンプ場〜深坂峠の間の道割りが行われていると思います。
 道が開けられていたこと、野々海池周辺も一斉に芽吹いていることが9日との大きな違いですが、残雪はまだまだ多いです。普請まであと半月ありますので、普請までにはほとんど消えると思いますが。

 


 普請関係者が気になる地点の様子を紹介します。

 まず、森・青倉への水路と横倉・平滝への水路が分かれる第2分水点です。

 

道路脇の雪の壁の上から撮影。

 

雪の壁から斜面を下り、分水点付近を撮影したもの。

 

付近のブナの木の根元の様子

 

 

円筒分水器の上の道路の様子

 

円筒分水器付近の様子

 

写真中央やや下あたりが円筒分水器のあるところでしょう。

 

 

青倉からの道と交わる三叉路の様子。
青倉からの道はブルが入った形跡がありました。

 

堤入り口の様子

 

上の写真の地点から歩いて少し進んだところで視界に入った景色。

 

 

 ひとまず、以上です。

 

 

 

 


トマトの国愛湯会5月15日

 

 

 5月15日夕6時から、トマトの国愛湯会。
 今回は、トマトの国の新たな板前さんのお披露目が主目的。写真は5皿のうちの3つを撮影したもの。

 

 

 今回の参加者は総勢16名。
 参加者のみなさんが会場に入ってテーブルの上の料理を見た時の第一声は、「わあー、凄い!」、「こんなごっつお、見たことがない!」、「綺麗!」というもの。
 「これは何だろう?」と言いながら、取り皿にいろんな料理をとり、味わいました。

 

 新しい板前さんのお名前は旗野昭さん。山梨県甲府市のご出身で、京都や高野山で修業されてきた人です。「里山が好きで、そういうところで働きたいと思っていたので、今回、こちらにお世話になりました」という自己紹介でした。
 私は、この板前さんのお料理をいただくのは、4月23日の森老人クラブ永寿会のお花見に続いて2回目。
 振興公社がいろんな問題を抱える中で、この板前さんに長くトマトの国で腕をふるっていただくことができるか、地元の努力にかかっていると思います。

 

 会の終わりに会長さん(横倉の渡辺隆幸さん)から、「7月の半ばすぎにトマトの国の周囲の草刈りをやって、その後にまた宴を持とう」という趣旨の提案がありました。
 また、その提案に賛同する立場から、初代会長の月岡英男さんから愛湯会の始まり・趣旨についてのお話がありました。「トマトの国の近くにはカタクリがたくさん咲く。それを手入れして、長瀬のカタクリ街道に負けないところにしようということで、草刈りを始めたのが愛湯会の始まり。その後、みんなの歳が高くなり、作業を続けられなくなった。また、原点に戻ろうという趣旨です」というお話です。
 初めて聞くお話でしたが、私は、栄村で暮らすようになって2年目だったか、一度、草刈りに参加したことがあります。今回、提案された7月の草刈りにはもちろん参加したいと思っています。

 

 月岡英男さんが話されていたカタクリが咲く場所は、トマトの国に入っていく道路の右手のところだと思うのですが、16日午後、その場所とは別に最近カタクリがたくさん咲くところを支配人の広瀬春美さんにお尋ねしました。
 カタクリの季節はもう過ぎていますが、葉はまだありました(カタクリは開花を終えてしばらくすると、葉も茎もすべて姿を消します)。そして、いまはヒトリシズカが群生していました。

 

 

 トマトの国の建物との位置関係はつぎの写真のとおり。

 

 

 

 

 もう一つ、素敵なお話があります。
 トマトの国の前の広場の右写真に見える土手のところに、この時期、オキナグサがたくさん咲きます。

 


 じつは、一度姿を消したため、愛湯会のメンバーである逆巻の島田秋男さんがオキナグサの種を別のところで採取し、ここで育ててこられたもの。昨日の席でご本人からお聞きしました。

 

開花のピークの時期を少し過ぎましたが…。

 


 こういう地元の人たちの思いが詰まり、素敵な環境があるトマトの国を大事に守り、発展させていきたいものです。

 


5月14日午後の雪上散歩

 キャプション的なものは、ここではいっさい書きません。ただ、今日5月14日午後、私が散歩したところ。30分くらい雪上を歩きました。

 ご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


配達日誌5月1日〜10日

 1〜3月の議会の忙しさ、4月の選挙戦などで「配達日誌」が止まっていましたが、5月1日から再開しました。

 

1日(月) 基本的に「復興への歩み」No.305の編集で一日を過ごした。その他に、当選証書の受領書などを役場に届けたり、米の発送をしたり。写真撮影はなし。

 

2日(火) 秋山郷行き。405を進み、前倉あたりまでは桜、芽吹きが見られたが、小赤沢から奥ではごく例外的な数本を除いては、桜の開花なし。山桜は開花が近づいている様子すら感じない。
 「下(しも)」は暑いくらいだったので、窓を開け放しで運転していたが、寒くなり、ちょっと風邪をひいた感じ。
 今日は、秋山林道で志賀高原方面へどの程度行けるのかを観察するのが主眼。小赤沢、屋敷で限られた何軒かに配達した以外は、そこらじゅうを走り回り、写真撮影。
 コミズとミズノサワ(オオミズ)の沢を下ってきた雪の量、積雪量の凄まじさに圧倒された。林道での落石の多さ、斜面が抜けているケースがかなりあることにも衝撃を受けた。連休を前に「通行止」の徹底を図らないと危険と判断し、役場に連絡。担当者
が役場を午後4時半出発で秋山に向かい、対処してくれた。感謝!!

 

ミズノサワ  道は開けられているが、木が根から道路に落ち、車は進めない


 夜、ブログ記事「自然界の物凄さを驚きいっぱいで感じました」をアップ。

 

3日(水) No.305を主に森、青倉で配達。計112軒。それ以外に午前と夕刻に手伝い仕事。
 午前11時頃に森宮野原駅到着の「おいこっと」歓迎に森宮野原駅へ。30日に続いて2回目。観光協会幹部数名が姿を見せ(下写真)、「商工観光課長が列車に乗ってくる」とのこと。その後の話では「近隣市町村との当番制」との話。もう少し話を聞かないと、よくわからないが…。

 


 午後は主に西部地区の協賛者宅の配達と宮川頼之さんの加工用トマト畑の堆肥撒きの様子などを見学・撮影。
 夕刻、「温泉に行こうか」と思っていた時に、知人から「クマが木に登っている」という電話をうけ、現場へ急行。現場で30分間近く、撮影を続けた。ブログ「クマがブナの木に登り、新芽・新葉を食べる」をアップ。

 

4日(木) 昨夜が比較的遅かったので、最近の「5時頃起床」から久々に「7時前起床」に戻った。
 朝方、平滝、白鳥で33軒配達の後、手伝い仕事と「おいこっと」のお出迎え。今日は津南町役場の担当者2名が、卯ノ木(うのき)神社の笛の奏者を伴ってパンフ配り(下写真)。笛はなかなかよかった。

 


 急速に気温が上昇し、暑い。
 昼に久々に中子(なかご)を訪れた他、午後は1時間ほどの午睡と、4〜6時の手伝い仕事。
 夜はかなり早めに床に就いたが、電話で1時間半ほど話し込み。

 

5日(金) 今日も起床は遅め。
 朝方、東部地区の協賛者宅など27軒配達。その後、「おいこっと」のお出迎えへ。今日はポケットマネーで冷やしたトマトジュースを60缶用意。あっという間にはけた。配る小パンフも「さかえむらトマトジュース」を紹介したものを新たに作成。

 

「おいこっと」車内で「さかえむらトマトジュース」を飲む人


 午後は秋山の配達に向かった。2日は405での往復だったので、4月28日以来久々に日出山線〜鳥甲牧場のコースを辿った。「下(しも)」は夏の暑さ。シャツ1枚、窓全開で走っていたが、鳥甲牧場ゾーンに入ると肌寒さ。風が強かったこともあるが、早春の気温。残雪はかなり減ったが、
 畑地のほとんどはまだ雪に覆われたまま。今年の作付は少なくとも半月単位で遅れそう。
 屋敷に下り、坂の上から屋敷橋付近の山桜を見てビックリ。3日前の2日には「蕾」さえ見えなかったはずなのに、山桜が満開!
これがきっかけでいろんな地点で撮影をすることになった。その結果、配達は上の原と和山での23軒のみ。
 夕刻、スキー場をどこまで車で上がれるかをチェックした帰り、3日夕にクマを見た地点に向かうと知人の軽トラが停車していた。「今日も登っている」とのこと。15分ほどの間、撮影。

 

6日(土) 朝の起床は早かった。5日夕のクマの目撃のレポートを作成。その後、「おいこっと」の出迎えへ。
 その後、クマの目撃レポートのブログへのアップ、FB、ツイッターへの投稿を行なって、2時頃に遅い昼食。久しぶりに「味郷」のとんかつをがっちり食べて、ほっこり。「今日は久々の休養日」と開き直り、少し午睡。その後、5日の秋山の様子のレポートを作成。ブログへのアップ等も行い、さらに「おいこっと」出迎えの記録集も編集。

 

大家さん・月岡英男さんが田ぶちを始められた


 明日は7時から運転なので、早めに就寝。

 

7日(日) 4時すぎに起床。「おいこっと」出迎え記録集のブログへのアップ等を終えた後、7時に松川村への送迎を頼まれていた知人宅へ。
 松川村の目的地には9時半頃に到着。知人が訪問目的を果たしている間、私は車で1時間弱の白馬村堀之内区に2014年の神城断層地震当時の区長・鎌倉宏さんを訪問。田んぼで代掻き直前の作業をされていた。
 城峯神社の跡地と再建予定地を案内していただいた。朝7時に知人の車に乗り換えた時にカメラを移動し忘れ、写真を撮れなかったが、堀之内区ではコミュニティーセンター(=公民館の再建)、復興公営住宅が建ち、村道の修復も出来ていて、すっかり様子が変わっていた。おそらく今月中にもう一度、訪れる機会があると思うので、その時にしっかり写真を撮りたい。
 往きは上越道を長野東インターで降りて通行料金が500円台だったように記憶しているが、帰りは安曇野インターから長野道〜上越道。豊田飯山ICで降りると、料金はなんと1820円。あまりの料金の違いにびっくり。
 松川村を午後1時に出て、3時には帰村できた。豊田飯山ICを降りて、117号線に入ると空気が冷たいのにも驚いた。

 

8日(月) 今日も朝は早起き。室内作業の後、青倉の未配達宅を廻り、午前7時すぎに上郷で給油して日出山線で五宝木を経て秋山の配達へ。
 山田政治さんがもう五宝木の家に戻っておられて驚いた。
 上の原、和山の配達は終わっているので、屋敷、小赤沢の54軒(一部は2日に配達済)。今日は昼までに下に戻り、スキー場に登ろうと計画していたので、あまり写真は撮らず、配達専念を心がけたが、屋敷の中津川右岸の地すべり対策工事現場を訪れ、現場の人から説明をしてもらった。この地すべり対策工事については「復興への歩み」で取り上げる。現場すぐそばの畑では山田由信さんが畑を耕しておられ、少し話をさせていただいた。

 

地すべり対策工事現場すぐそばの畑を耕す山田由信さん


 昼、山菜を東京に発送した後、スキー場へ。スキー場内の村道は、ゲレンデの残雪が滑り落ちてきて通行不能になっている箇所があり、残雪のゲレンデを登った。雪がない箇所はススキの切り株などで足もとが悪かったが、約10分で頂上到着。予想通り、カタクリはかなり咲いていた。

 

上の方にリフト降り場が見える。そこまでこのゲレンデを登った


 夕、カタクリ情報をさっそくブログで発信。

9日(火) スキー場のカタクリの様子を昨日確認したので、「つぎは野々海のミズバショウ情報が必要」と考え、朝から野々海に登ることを計画。
 泉平等で33軒の配達の後、平滝から野々海線を軽トラで上がった。現在、車で上がれるのは、昔、「上黒屋用の駐車スペース」が開けられた地点まで。そこからは徒歩。

 

歩き始めた地点(10時50分)


 約1時間で野々海池の堤に到着。
 下りは約40分。いちめん雪で、多いところはまだ2mほどある。野々海池周辺は芽吹きもまだ。一面雪原。木の葉がないので見通しがよい。クマの心配もない。まだ冬眠しているか、冬眠から出たクマは餌求めて山を下っているかだろう。

 

雪の深さがわかる1枚(円筒分水器付近)


 ミズバショウの開花予想は、ずばり、早い箇所で5月20日すぎからではないか。いちばん綺麗な群生地は5月25日頃から6月上旬が見ごろになるのではないか。水のあるところは雪融けも早いので。
 今日の野々海の様子も夕刻にブログにアップ。

 

10日(水) 今朝も7時すぎに給油し、東部谷で31軒の配達をしながら極野〜五宝木線へ。まだ開通していないが、残雪状況、そして3年ぶりに法面工事が再開されることになった箇所の状況を確認することが目的。
 状況は「復興への歩み」で報告するが、道路状況は予想していた以上に悪かった。
 五宝木に抜けることはできない状況だったので、その後、いったん下に下り、今度は405号線で津南町の見倉のカタクリ群生地へ。5日にブログで「見倉のカタクリは10日頃に見頃になるでしょう」と書いたので、責任上、状況を確認しに行った。バッチリだった。おまけとして、清水川原スノーシェッドでカモシカの顔クローズアップの写真も撮れた。
 今日は出会いが多かった。
 お昼すぎ、森のYショップに立ち寄った際、自転車乗りの外国人女性を見かけ、店内でサイクリング姿の男性も。「日本語、話せますか?」と尋ねると、カタコトの日本語と英語で答えてくれた。「どこへ行くの?」、「トオカマチ」、「どこから?」、「from(フロム)Fukuoka(ふくおか) to(ツー) Sapporo(さっぽろ)」?! なんと「3month(マンス)」の日本縦断の旅だというのだ。イギリス・ロンドンから来られているそうだ。お二人の写真を撮らせてもらった。いったん別れた後、思いついて名刺を手渡した。「オー、アドレス、ホームページ」と言っておられたので、後にメールが届くだろうと確信していたら、やはり夜、メールが届いた。(11日朝に彼のブログに私が撮った二人の写真が掲載された。)

 


 午後の後半は、坪野で斉藤秀男さん、斉藤広友さんに出会った。秀男さんは昨秋末に家を閉じられて長野の娘さん宅へ移られたが、今日、久しぶりに来られた。「長野では何にもすることがない」とのこと。もう86歳。体優先でやむをえない。車を運転できる体調であれば、春〜秋、頻繁に来てくださるといい。広友さんとも昨秋以来の出会い。役場に就職された息子さんのことや家屋のことなどが話題になった。お二人とも、坪野に若い人を迎え入れることを願っておられた。何人かに声をかけて、研究を進めたいと思う。

 

 

 紙面が1頁半余ったので、「復興への歩み」では紹介しきれない写真を5枚掲載する。

 

ミズノサワ前の林道の雪の壁。5〜6mの高さ。

 

宮川頼之さん・一哉さん父子の堆肥撒き作業(3日午後4時半すぎ。菅沢にて)


日出山線で出会った雪の上のサクラ満開(5日正午すぎ)

 

八重桜と布岩
屋敷集落・山田輝一さん宅前

 


清水川原第一スノーシェッド脇で出逢ったカモシカ(10日午前10時46分)

 


栄村復興への歩みNo.306

クマに厳重注意を!

 

 前号でもクマの出没への注意を呼びかけましたが、さらに一層の危機感をもって厳重警戒を訴えます。

 


 上の写真には2頭のクマの姿が見えます。1頭はブナの木に登って、新芽・新葉を食べています。他の写真ではさらにもう1頭いることが確認できました。3日午後6時半頃のことです。
 場所は横倉沢川沿いの山。5日夕にもほぼ同じ場所で1頭が現認されましたが、その場所が下写真の赤マークの地点。青色で囲ったのは横倉の山にある携帯電話のアンテナ塔です。

 


 5月3日の時点でクマがこういうゾーンをウロウロしているということは、間もなく里にも姿を現すだろうということを意味します。

 

●人を攻撃する習性をもつクマに警戒! とくに泉平周辺ゾーンは危険!
 栄村域に生息するツキノワクマは、本来、自ら積極的に人を攻撃する習性は有さないとされてきました。
 しかし、10日夜のTVニュースでも紹介されていましたが、人の姿を見ても逃げず、クマ鈴の音はいうもまでもなく爆竹の音にも驚かない“新世代クマ”と呼ばれるものが東北地方などに出現しています。
 とくに危険なのは、人を襲った経験があるクマ、そのDNAを引き継ぐ子や孫にあたる新クマです。こういうクマは人を見たら、逃げるどころか、攻撃してくる危険が大です。
 栄村では昨秋、泉平で錯誤捕獲されたクマを放獣しようとした際に人が襲われるという重大事故が発生しました。このクマは逃げ、現在も泉平近辺のゾーンで生息し続けている可能性が大です。
 泉平地区などの人たちは警戒されていることと思いますが、深刻なことは、山菜シーズン、泉平近辺のスーパー林道に多数の長岡ナンバー車が見られることです。4日も、地元民などが「クマの通り道」として警戒している場所から、見知らぬ女性が山菜を手にして出てくるのを目撃しました。少し離れた所に長岡ナンバーの車が停められていました。

 

●対策方法は?
 第1は、クマの出没が予想されるゾーンには1人で出かけないこと。
 第2は、クマのえさとなるものを家周辺や畑などに放置しないこと(野菜くずなど)。
 第3は、畑や田んぼの周りに電気柵の設置と、さらにその周りに緩衝帯(かんしょうたい)を作ること。緩衝帯とは、電気柵の周りに幅3mくらい、草をきちんと刈ったゾーンを確保することです。
 この第3の点は個人の力だけでは対応できないという人も多いと思われます。村の中で力を合わせて対策できる態勢をつくっていきたいと考えています。困っている方は是非、私にご連絡・ご相談ください(電話080−2029−0236)
 みんなで力を合わせて対策していきましょう!


賑わう道の駅、森宮野原駅では「おいこっと」お出迎え

 最長の場合は4月29日(土)から5月7日(日)までの9連休という今年のGW、栄村も賑わいましたね。帰省してくる人も多く、村の人口が2倍くらいに増えた感じでした。
 観光の面では、「道の駅」がとても賑わいましたね。
 駐車場は車が溢れ、栄中への「学びの坂」にも観光客の車が並びました。下写真は「みそ汁のお店」。私も何度か足を運び、山菜の天ぷら(1皿300円)などをいただきました。大人気です。
 直売所「かたくり」ではたとえば3日は売上げが30万円超え。「30万円くらいではもう驚かなくなった」と関係者が言うほど、大盛況。売るモノがもっともっと必要です。

 

お客が相次ぐ「みそ汁」のお店(4日)

 

●交通整理員の配置を
 道の駅で考えなければならないことが1つあります。交通整理員の配置が必要だということです。

 


 上の写真は5日昼前の撮影ですが、駐車スペースがすでに埋まっている中でさらに多くの車が入って来ています。駐車場内で事故が起こっても不思議ではない状況です。また、国道117との出入りも非常に危険な状況が繰り返し生じていました。
 GWのような混雑時には数名の整理員を配置することが不可欠です。事故が起こってから騒いでも手遅れです。「道の駅」の関係団体で協議して対策することを提案します。

 

●森の駅の賑わい創出も可能
 一方、森宮野原駅ですが、駅前に「道の駅」のような車の波、人の波は残念ながら見られませんでした。
 しかし、希望がないというわけではありません。
 下写真は5日(子どもの日)の午前11時すぎの森宮野原駅ホーム上での撮影。「おいこっと」下り列車(11:02着、11:12発)は満席で、ホームに記念撮影する人などが溢れました。

 


 私は30日、3日〜6日の計5日、「栄村のご紹介」という手作りパンフレットを持ってお出迎えをしました。5日は自腹をきってトマトジュース60本を用意して振る舞い、栄村の魅力をアピールしました(観光協会職員の藤木文徳さんにお手伝いいただきました)。観光協会も3日から、ホームから見えるところに歓迎横断幕を掲げました。
 ささやかな努力ですが、これを停車時間の延長→森駅前での物販や、SLの定期運行につなげていきたいと思っています。土日の午前11時、15分間程度の活動ですが、一人でも二人でも、そして1回だけでも結構ですから、“お出迎え”にご参加ください。

 

●観光発展の鍵は200円、300円の稼ぎの積み重ね
 栄村で「観光に力を入れる」、「観光で産業づくり」ということが言われるようになってもうかなりの歳月が経(た)ちますね。そして、「観光、観光と言い、おカネもたくさん投入しているのにいっこうに効果が出ていない」と思われている方も多いと思います。たしかにそうですね。「3億円」事業がその額にふさわしい効果を出したとはとても言えません。また、振興公社に今年の1〜3月で計5千万円の出捐金を投入しましたが、その効果のほども見えてこないという感がありますね。
 では、観光はダメなのでしょうか?
 いえ、私はそうは思いません。
 たとえば、前頁で写真紹介した「みそ汁」のちっちゃなお店。キノコ汁やタケノコ汁一杯200円。山菜天ぷらは一皿300円。けっして大きな商売、稼ぎではありません。でも、このお店は有名で、ドライブ計画に「栄村の道の駅のみそ汁で朝食」と決めていて、朝9時の開店と同時に訪れるお客さんが多くおられます。お店は人手が足らなくなり、かあちゃんのアルバイトを募っている状況です。
 直売所「かたくり」にしても、1日の売上げが30万円を超える場合でも、一品一品は200円、300円のものがほとんどです。それでいて、「わたしゃ、直売所から10万円の入金があったよ」と言うばあちゃんがおられます。
 さらに、秋山郷・切明温泉の雄川閣では、近くの集落のおとうさんにお願いしていい山菜をご提供いただき、山菜料理がお客さんの好評を得ています。
 私は、こういうことの積み重ねが観光であり、村の人たちの暮らしを潤していくのだと思います。
 行政が「着地型観光商品開発補助金」などとして補助金を出すことが必要な場合もありますが、率直に言えば、そういうものがあまり大きな効果をあげているという感じはありません。行政(商工観光課)は、ここまでに紹介した村の人たちの取り組み状況に学び、それを後押しすることにもっと努力を傾注(けいちゅう)すべきだと思います。たとえば、村のホームページで、私がここに書いているようなことを紹介するというような取り組みです。「村のホームページは公(おおやけ)のものだから、特定の店を紹介できない」なんてことばかり言っていると、栄村(の観光)の元気は湧いてこないと思います。
 みなさん、それぞれの創意工夫を発揮して、頑張っていきましょう!