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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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「白銀の世界と青空」、それとも「真っ白な雪と岩肌」

 

 これは、今日12月2日午前11時51分に鳥甲牧場で撮影したもの。
 さらに、今日撮影したものを4枚、紹介する。タイトルの意味は最後に。

 

同じく、鳥甲牧場にて。

 

午後2時、上の原集落の1軒の玄関先から鳥甲山頂上を望む。

 

同じく、鳥甲山頂上を望んだものだが、午後1時53分撮影。場所は同じ上の原集落内だが、先の1枚とは少し違うところ。

 

午後0時50分撮影。白沢(しろさわ)で白瑤瞭から下る沢を撮ったもの。
撮影場所から見える全景はつぎの写真。

 

 

 

   今日、午前11時頃に給油したうえで、秋山に向かった。
   本当は原稿書きをしなければならなかったのだが、「山の上の雪の具合はどうだろう?」と思い、野々海に行ってみようかなと考えた。直近では11月22日に野々海に行っていて、少し日数が経過しているが、そんなに様子が変わっているとは思えなかった。他方で、昨日を含め、この間、2回、秋山郷での雪道を走る車の運転席からの動画を知人のFBでの投稿で見た。「そうだ、秋山の様子を見に行かなきゃ」。
   そんな思考をめぐらしたきっかけは、スキー場の様子。家から見えるスキー場には雪がない。しかし、見る場所が違うと、スキー場に雪が見える。つまり、スキー場の上の方には少し雪があるのだ。「山の上の方はそろそろ根雪になり始めているのかな?」と思った。昨日、東部パイロットから撮った1枚を示しておく。
   
   
   
   
   さて、最後にタイトルの説明。
   4時少し前に秋山郷から405号線を下ってきて、一休みしたいと思い、立ち寄ったところで、ある人にここに掲載したような写真を見せたところ、その人は1枚目〜3枚目の写真をとても気に行ってくださった。その一方で、5枚目の写真にはある種の圧迫感のようなものを感じると話された。
   よく考えると、その方は海の近くで育った人。やはり空間的な広がりがお好きなようだ。
   私も、1〜3枚目の写真のような景色が好きなので撮っているのだが、他方で5枚目の写真のようなものが好き。京都盆地で育ったので、自分の周りに山が見えないと落ち着かないという性質(たち)。その延長線上でのことなのか、鳥甲山の岩肌が迫って来る感じが非常に気に入っている。
   そんなわけで、「『白銀の世界と青空』、それとも『真っ白な雪と岩肌』」となった次第。べつに二者択一というわけではないが…。
   


冬の朝の表情

 

 上の1枚は今日30日午前8時16分。遅い起床の後、窓からの景色を見ると、昨日の天気からは想像できない青空。しかし、霧で山は鮮明ではない。その17分後、8時33分には霧もすっかり晴れた。

 

 

 

 昨29日は、どんな様子だったか。つぎをご覧ください。

 

 

 29日午前10時26分の撮影。家の裏の田んぼの法面も白くなっていた。


栄村復興への歩み号外(11月9日付)

 11月8日、臨時議会等が開催されましたが、そのうち、午後1時半からは「振興公社理事との懇談」でした。「懇談会」という性格上、非公開でしたが、そこで議員が知りえたことは「秘密事項」という性格のものではなく、また、村民のみなさんの関心が非常に高い性質のものであるので、速報をお知らせしたいと思います。

 

 この懇談会は、議会側が9月の全員協議会で「振興公社では最近、若い人が次々と辞めるなど、心配な状況だ。理事長に来てもらって話を聞きたい」と決定し、開催されるに至ったものです。
 議会としては公社理事長のみを招聘したつもりでしたが、公社理事全員(理事長を含め5名)が出席され、さらに、何故なのか不明ですが、森川村長と福原商工観光課長が同席しました。
 以下、懇談で明らかになった重要な諸点を報告します。

 

🔷4宿泊施設の経営に集中し、公益事業からは撤退する
 公社側からは、冒頭から「経営の再建が急務」であることが強調され、「母体は宿泊4施設、これを健全経営にする」、「公益的事業は廃止」、「宿泊4施設経営で体力が出来たら、また公益的事業にのり出す」という話が出ました。
 たとえば、「トマトの国」では12月1日から温泉入浴時間が午後2時〜7時にの5時間に短縮されます(従来は午前10時から)。また、食堂営業も廃止されます。温泉入浴時間の短縮の直接の狙いは、ボイラーを炊く時間を減らし、コストをカットすることにあるようです。
 また、森宮野原駅の委託業務を公社が返上した(そのため、随分と混乱しました)のも「公益的事業からの撤退」の事例です。
 この後に記すとおり、振興公社は運転資金がほぼ枯渇した状態になっています。
 「経営」という観点から言えば、1つの「合理的な」方向性かもしれません。
 公社理事会側からは、「一般財団法人に切り替わった時、民間企業となるべきだった。にもかかわらず、公益法人のままやって来たのが問題」という認識も示されました。

 

🔷「さかえむらトマトジュースの仕入れ一括支払いをする資金がない」
 以上の話だけでも衝撃的なものでしたが、もっとショッキングな話が理事長・高橋氏の口から飛び出しました。
   「さかえむらトマトジュース、特産物で栄村の宝物ですが、

    製造業者との間では7千ケースを一括購入・一括支払で引

    き取ることになっているが、この一括支払をする資金がな

    い。金融機関に借入を申し入れたが、信用保証機関の保証

    が必要。しかし、信用保証機関は『一般財団法人には保証

    しない』と言われ、ダメだった。その後、1金融機関から、

    『村が保証し、議会も同意するなら、貸し出してもいい』

    という話が来ている」。
 一括支払の金額は1,050万円。
 トマトジュースは人気商品で、売れ残っているわけではありません。しかし、トマトジュースの売上金は、翌年度仕入資金をプールすることなく、公社全体の運転資金に流用されていたようで、残されていなかったのです。
 栄村の人気商品トマトジュースの確保のために資金の借入、そのための村・議会の保証と同意が必要だというのなら、私は議会としての同意にも応じる用意がありますが、そのことと、一括仕入れに必要な資金を運転資金に流用していたという放漫経営の責任問題は別の問題。後者の問題に対する関係者の責任は徹底的に追及されなければなりません。

 

🔷運転資金がない!
 私は6月段階で、振興公社の平成27年度決算書を分析し、「運転資金は間もなく枯渇する」と警鐘を鳴らしました。私の予測ではこの11〜12月に資金ショートの破たん危機が訪れるのではないかと推測していました。
 8日の懇談会で公社理事会側から出された見解では、「1月に回転資金がなくなる」ということでした。
 経営破たん(倒産)を回避するには、2つのことが必要です。
 1つは、借入金等行い、破たんを回避することです。しかし、常識的に言えば、信頼できる経営再建計画がなければ、資金を貸し出す金融機関は存在しないでしょう。
 2つは、経営破たんを避けられない状況を生み出した経営陣の責任の徹底的な解明です。
 その責任は現経営陣(理事)だけでなく、退任した理事等の元幹部も問われます。公社のお金を私していた人はいないと思いますが、経営破たんが必至となる放漫経営を自ら推進していたとするならば、背任等の責任が問われることすらありえるでしょう。

 

🔷振興公社は振興公社でなくなる。定款の抜本変更が必要。
 現理事会が、「運転資金が確保できない」という状況に注目し、民間経営的手法を用い、「4宿泊施設を母体にして儲かるようにする」というのは、ある意味で当然の対応だとは思います。
 しかし、法人というものは、その設立にあたって「定款」というものを決め、その法人の設立目的・事業内容を定めています。
 現理事会の「宿泊4施設経営を時期に、公益的事業は廃止(あるいは当面は中止)」という方針は、振興公社の現在の「定款」には反します。
 参考までに、「定款」を紹介します。
   第3条(目的) 当法人は、栄村の恵まれた自然を生かし、都市との

     交流等の事業を行うとともに、地域経済の発展と住民福祉の

     向上に寄与することを目的とする。
   第4条(事業) 当法人は、前条の目的を達成するため、次の事業を

     行う。
    (1) 地域活動に関する情報の収集および提供
    (2) 自然の保護及び活用並びに民俗催事の提供
    (3) 都市との交流及び農林産物の振興
    (4) 保健休養施設の管理運営
    (5) 栄村が設置する施設の受託管理
    (6) 労働者派遣事業
    (7) 自動車のレンタル及びリース
    (8) その他各号に関連する事業

 

 宿泊4施設の管理運営(経営)は、「定款」第4条の(5)項に当たるものです。それに対して、(1)〜(4)が公益的事業にあたります。
 繰り返しますが、私は「振興公社」が経営再建のために定款第4条(5)項の事業に集中し、しかも民間企業経営的手法を導入するというのは、私企業の経営方針としては、一理あるものだと考えます。しかし、それは「定款」第4条(1)〜(4)には合致しませんから、当然、定款の改正が必要です。
 また、「経営再建が軌道にのれば公益的事業にまた乗り出す」と言っていますが、それは一般民間企業が、会社の得た利益を基にして公益事業に貢献する社会事業(いわゆるフィランソロピー活動)似たものであって、振興公社(及びその「定款」)が目指してきたものとは異なります。
 懇談の様子を見ていると、理事の中には経営再建方針と定款の関係性について自覚されていない方もおられるように見受けられました。
 この項でここまでに述べたことを一言でいえば、「振興公社はもはや振興公社ではなくなる」ということです。言いかえれば、「宿泊4施設管理運営会社」に変わったのです。

 

🔷驚くべき森川村長の発言
 ――「開いた口がふさがらない」とはこのこと
 議会が出席を求めたわけではないのに懇談会に出てきた森川村長。最後に発言の機会を求めました。発言の前半、前村長あるいは前々村長の振興公社経営方針に対する批判を口にしていましたが、後半、突然、公社理事長・高橋氏の方に向いて、
   「いくら欲しいんだい? 5千万か」
と言い出したのです。「必要か」ではなく、「欲しいのか」という表現にも驚きました。
 高橋氏は、一瞬の躊躇の後、「うーん、5千万とまでは…。3千万あれば…」と答えます。
 私が声をあげ、続いて、阿部伸治氏が声をあげました。
   「ここはそんな話をする場ではない。やめてください」
 森川氏は一瞬、怒ったようで、よく聞き取れなかったものの怒気をはらんで何かを言いました。しかし、私や阿部氏の注意は当然至極のもので、議長は森川氏と高橋氏のやりとりをやめさせ、懇談会は終了しました。

 なお、4宿泊施設という「旅館業」の運営・経営に関わる振興公社理事に同業者(旅館経営者)が関わることの利益相反性も話題になりました。リバーサイドハウスの山田さんは明確に否定され、それには私も「山田さんの発言は信頼する」旨を表明しましたが、「雪あかり」経営者の高橋氏については、ご本人は同様に否定されたものの、過去1年間、私が高橋氏と話してきたことの経緯・内容をふまえ、「利益相反性がないとは言えない。そのことは後日、議論を詰めたい」と申し伝えました。
 以上、取り急ぎの報告です。


この寂寥とした初冬の景色がたまらなくいい

 


 22日、栄小の4年生が野々海池に行くというので、10時40分すぎ着で野々海池に行った。
 昨年は結果としては極端なまでの少雪だったが、野々海の本格的な積雪は早く、たしか11月18日が野々海池まで行けた最後だった。23日未明からはおそらくまた雪で、ひょっとすると今回が今年の野々海池の見納めとなるのかもしれない。
 すべての葉っぱが落ちた景色の寂寥感。これがたまらなく素敵だ。
 22日は気温は高く、風はあったものの、まったく寒さは感じなかった。が、景色はすっかり冬。私の想像を超える小学生たちの元気、行動力を示す写真はまたの機会に紹介するとして、寂寥感あふれる風景写真を存分に紹介してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


飯山線SL運行、2日目

 

 今日20日もSLが走る時間帯のあいにくの雨模様。でも、紅葉が少し残る千曲川沿いをSLは力強く走った。
 せっかく実現した「44年ぶりの蒸気機関車」、今回だけで終わらせたくない。地元が先頭にたち、県内外の人びとのご支援をいただいて、SLの飯山線での定期運行を是非とも実現したいなあと思います。

 

森宮野原駅前でふるまいのきのこ汁を美味しそうに食べる人。お尋ねすると、「下諏訪から来ました」とのこと。12時12分。

 

 

 

朝9時頃から栄大橋上に陣取る人たち。手前の4人は仲間同士で長野市、安曇野市から来られたそうです。10時3分撮影。
栄村が臨時駐車場を設け、栄大橋上に安全帯を設けたことに感謝しておられた。

 

 

機関車がトンネルに入って間もなく、トンネルから白い煙が湧き出てきて、トンネルに入ろうとする客車を包んだ。
青倉〜横倉間のトンネル入口にて。13時21分。

 


飯山線に44年ぶりのSLが走った日

中条川橋梁を渡り、トンネルに入る飯山線SL「ロマン号」

 

 11月19日、飯山線を蒸気機関車が力強く走った。
 沿線は「写真を撮りたい」という人たちが朝早くから集まり、大賑わい。
 私は、村の人でもそんなに知らない自宅近くのポイントで上の1枚を撮った。

 

 

SL通過時刻より1時間半ほど前の横倉集落の田んぼゾーンの様子。

 

「日本最高積雪地点」(7.85m)の記念標柱と森宮野原駅に停車するSL。
豪雪の地・栄村に雪の季節にSLを走らせたい!

 

一時降車した乗客のみなさんに“さかえふるさと太鼓”を披露。

 

降車し、ふるまいのきのこ汁を食べる人たち

 

きのこ汁のふるまいなどに大活躍の商工会のみなさん。

 

給水に活躍した消防団も見送り。

 

 

SLの出発を大勢の人が手を振って見送り

 

 

 

 

 

 


薄っすら雪化粧、18日朝の野々海池

 やや遅めの起床だったが、7時ちょっと過ぎにスキー場方向を見ると、一面の霧。そして、その後は真っ青な空。天気予報で「晴れ」マークだったが、まさかこんないい天気になるとは思っていなかった。

 

8時21分撮影

 

 そんなわけで、「今日こそは“初冬、快晴の野々海池”を撮るぞ」と、昨朝につづいて、今朝も野々海へ。
 出発が8時半過ぎと、昨日よりも遅く、配達の仕事もたくさん控えているので、「できるだけ短時間で上って、そしてすぐに下りよう」と思いながら進んだが、標高900mを超えてからだっただろうか、道端の様子が変なことに気づいた。9日の残雪ではなく、草の上に薄っすらとだが新しい雪があるように見えたのだ。
 次第に新雪の姿は明確になり、野々海用水の円筒分水器の地点で車から降りて、しっかりと写真を撮った(9:09)。

 

 

 いよいよ野々海池ゾーン。
 まず、三叉路の湿地の様子から。

 

9:12。

 

 三叉路まではタイヤ痕があったが、三叉路から野々海池入口までの砂利道は車も人も通った形跡なし。

 

 

 入口で降車し、池に下りる時、舗装面は滑るので、舗装面横の草の上を歩いて進んだ。
 体に感じる風はなかったが、湖面はさざ波で、湖面に映る絵はあまりいいものが撮れなかった。

 

9:19。

 

 昨日、月岡英男さんから「余水吐は水が落ちていたか?」と尋ねられた。
 まず、余水吐の様子から。

 

9:27。

 

 22日に野々海池に行く栄小の4年生に、「9日の積雪の時は、まだ余水吐から水は落ちていなかったが、その融雪の後、余水吐から水が落ちるようになった」と説明する比較写真を得たいと思い、いろいろ工夫した。その成果がつぎの写真。これと10日撮影のものとを見比べると、余水吐の位置と、水位の上昇→余水吐からの落水がよくわかると思う(小さな写真に入れた赤マークに注意)。

 

 

 

 

 余水吐から落ちた水の行方を見せたいと思い、堤を下って、余水吐から続く水路の撮影へ。

 

 

 上写真の真ん中下方に白く見えるのが野々海水路の始まりの部分に木の蓋をしたところ。
 その場所まで堤の急坂を下った。

 

堤を下り、下から堤を見上げたもの。

 

 水路の上の木蓋の上を少し歩くと、余水吐から落ちた水の流路に出会う。

 

 

 

 堤の下り・上りでたっぷりと汗をかいた。
 配達の仕事もあるので、「早く下りなければ」と思いつつ、東窓へ。「遠くからの撮影だけでいい」と思いながら向かったが、東窓が視界に入ると、いままでに見たことがない景色。キャンプサイトに車をおいて、東窓へ。

 

9:59。

 

 先日、天気がよくない時、野々海峠までは行ったが、深坂峠には行かなかったので、深坂峠には行くことにした。
 見えた景色は「想定内」のものだと思ったが、ある瞬間、視界左手に見えているものが日本海であることに気づいた。

 

山並みの向こう側に広がるのが日本海(10:12)。

 

 そんな撮影をしている時、空に飛行機雲があることに気づき、カメラを向けていると、カメラを向けた先の左手に旅客機の姿が…。秋山郷で見るのとは進行方向が逆で関西方面に向かう飛行機。

 

 

 

 「さあ、帰ろう」と思い、深坂峠から野々海三叉路方向に向かい始めたが、「そう、そう。ミズバショウ群生地のこの季節の様子を撮っておこう」と思いつき、下の写真のところを湿地に向かった。
 マフラーをしていなかったので、笹をかき分けて進むとき、雪が首筋から背中に入り、冷たかった!

 

 

 この湿地で、見る目を疑うようなものが目に入ってきた。

 

 

 ミズバショウの芽がたくさん出ているのだ!
 帰宅後、ネットでいろいろと調べたが、普通、ミズバショウの芽が出るのは春であり、「積雪前に芽を出して、芽の状態で冬を過ごす」という話は出てこない。ひょっとすると、寒くなった後に暖かい日があったために、「春が来た」と勘違いして芽を出したのだろうか。分かる人がいたら、是非、ご教示いただきたい。
 白く見えるのは、雪が朝の冷え込みで結晶状になったもの。また、よく見ると、水面が薄くだが凍っているのがわかる。

 

 

 

 野々海から下る途中、10:39に撮った1枚。
 正面に見えているのは火打山。
 先日もこの姿を見たが、今日はより大きく、より鮮明に見えた。妙高山につながる尾根もよく見える。
 妙高山の姿が入ったものも示しておく。

 

 

 

 以上で、時系列の沿った写真の提示は終わりだが、印象的なものをさらに2枚、掲載しておきたい。

 

野々海池の堤に進むときに渡る橋の上。
動物の足跡が。影は私のもの。

 

堤に戻るため、堤の真下から撮った1枚。

 


晩秋の11月13日続編

 

 13日深夜に「晩秋の11月13日」として編集したものは、じつは13日撮影分の半ばまでだった。続編をお届けしたい。
 時間的順序としては最後の撮影だが、前倉橋の珍しい1枚。東秋山林道から撮ったもの。13:50。

 

 この日、とくに感動したのはブナなどが落葉した中でひときわ目立ったカラマツなどの橙色。
 1枚目は、秋山林道から見た苗場山と月夜立岩。11:10。たしかに、震災前に月夜立岩を訪れた時、周辺にカラマツの造成林が広がっているのを見たことがある。

 

 

 つぎは、上の原から苗場山三合目へ上がる道路の途中に見える上の原〜和山方向の眺め。12:27。これを10月26日の眺めと見比べていただきたい。

 

 

10月26日

 

 

 上の原から先の1枚の撮影地点に上る途中の景色。この季節に私が大好きな雰囲気です。12:23。

 

 最後に、大瀬の滝で撮った2枚。12:40〜42。

 

 


晩秋の11月13日

9:45。極野集落から鳥甲線に入って間もなく。

 


10:14。五宝木集落にて。

 

10:26。今季、冠雪の鳥甲山に初対面。

 

10:28。10月26日は紅葉の真っ盛りだったが。

 

 

 

10:32。ちょっと視線を変えただけで、かなり雰囲気が変わる。

 

10:32。布岩撮影地点で後ろを振り返って。

 

10:37。屋敷集落は今日が普請の日。

 


10:39。秋山林道を進む途中。赤瑤瞭の北側か。

 


10:42。不動滝の手前で上の原集落を望む。

 

10:44。不動滝。

 

10:47。白沢。このとき、上空に飛行機音。北海道に向かう民間機だ。

 


初積雪の野々海池にて

 

 今日11月10日は午前中は130軒余の配達、午後は議会の仕事と忙しかったが、その合間をぬって、昨日かなり積雪したであろう野々海池の様子を見に行った。
 水番小屋の赤い屋根と積もった真っ白な雪が水面に映る姿は、今日、最も感動した場面。
 堤のいちばん奥まで進み、そこから撮ってみた。ちなみに、撮影地点でゴボっと長靴がはまったところはかなりの雪の深さだった。

 

 

 

 

積雪の中で踏ん張る花。
堤の上にて撮影。

 

池に下る道の脇にて。

 

帰路、妙高山と火打山がはっきり見えた。

 

火打山のクローズアップ。

 

帰路、標高600〜700m地点にて。