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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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森農家組合の野々海水路普請

 

 

 17日午前、野々海で実施された森の開田に向かう水路の普請の様子です。
 水路および水路周辺には膨大な落葉が溜まっていました。それを取り除き、円筒分水器(森と青倉の分水点)から森の開田に向かう水路に水を通しました。平年よりも1〜2週間早い作業です。


 今回の普請が行われたゾーンは、地図で示すと、下地図のA地点とB地点の間です。

 


 B地点は1頁の2枚目の写真のところ。写真奥にトンネル入口が見えます。このトンネルを通り抜けた後、水は東入沢川に入り、不動滝へ長い旅。滝から落水した直後に開田用水路の頭首工から開田水路に取り込まれます。
 A地点は下の写真。

 

 

 これは円筒分水器というものです。
 野々海池を出て、2つの隧道を流れた水が真ん中から出てきます。そして、写真右方向に突き出ている水路が青倉集落に向かうもの。森集落に向かう水は写真左上方の水路を流れていきます。

 

 A地点とB地点の間には“難所”があります。4枚の写真をご覧ください。

 

写真イ

 

 A地点から進んで行くと、地上の水路は途絶え、土中に姿を消します。そのポイントが左写真イの左端に見えます。

 この先は、かなり深い沢になっています。写真ロをご覧ください。

 

写真ロ

 

 写真ロの真ん中上方に見える地点が写真イで地上の水路が姿を消した地点です。

 

写真ハ

 

 沢はこんな様子ですが、この沢の底を「サイフォン」という方式で水路が通っています。

 そして、沢の対岸は再び、高い崖。写真ニです。ここを登っていくと、水路が再び地上に姿を現します。

 

写真ニ

 

 この写真イの地点からニの地点までの移動、急崖の「道なき道」を進むようなもので、おっかいないですが、ここを通過しないと普請はできません。
 森集落の開田は、平年、5月中旬からの代掻き−田植えを東入沢川沿いの山の融雪水を使って行いますが、今年は雪融けが早く、もう山の融雪水がなくなり、野々海池からの水供給が必要になったため、6月17日にこの普請が行われました。


 普請の終了後は、野々海池に上がり、水番小屋でタケノコ汁をいただき、乾杯!

 

 

 

 

水路脇に出ているタケノコ

 


栄村復興への歩みNo.338(6月4日付)

 

月岡集落のタケノコ狩り

 

 3日、私は朝から水路普請の野々海へ上がっていましたが、11時半頃に下ってきて、月岡集落のちっちゃな田んぼの写真を撮りに向かいました。1枚撮って、公民館の脇を通り抜けようとすると、公民館横に大勢の人、人、人。「あっ、タケノコ狩りだ!」と気づき、車を停めてお邪魔しました。
 最近はタケノコ狩りが屋内で開催される集落が多いように思います。こんな賑やかな屋外でのタケノコ狩りに出会ったのは震災の年の青倉集落の仮設公民館前でのタケノコ狩り以来、じつに7年ぶりです。最後には万歳三唱も。

 


 タケノコ汁、山菜てんぷら、おにぎりなどをご馳走になりました。かんかん照りで暑かったですが、「暑いっていうことは、稲がよく育つということ。雨だと、区長と公民館長が雨男だということでえらいことになる」というお話も聞きました。


 集落内の小さな田んぼの様子を2枚。

 

 


 栄村らしい風景ですね。村の人もそうかもしれませんが、都会の人たちはこういう田んぼの脇の道を散策することをとても喜びます。観光スポットは有名景観だけではないのです。
 でも、こういう小さな田んぼ、不整形なものも多い。高齢化が進む中、その維持は大変です。
 月岡集落では集落営農を本年度から農事組合法人にして、すべての田んぼを維持しようと努力されています。集落営農の共同作業と、作業委託とは異なります。そのあたりのことをもう一度じっくり考え、この先5年、10年の田んぼをどうしていくのか、真剣に考えなければならない時期を迎えているように思います。
 


野々海水路の普請

 

 上の写真は、平滝・横倉に向かう野々海水路の普請で、横倉集落の人たちとの合流点に向かう平滝集落の人たち。
 昨年10月23日の台風災害で水路が横倉沢川方向にぬけてしまった被災箇所です。今年度、本格復旧工事が行われますが、6月3日の野々海水路通水開始に間に合うように、つい先日、仮設のパイプが設置されました。
 野々海池は、今年は雪融けが早く、もう雪は残っていません。堤から見て対岸の沢にもあまり雪は残っていません。そのため、余水吐から出る水はほんのわずかです。

 

 


 つぎの写真は、野々海水路第2分水点と第1隧道出口の間の普請に集まった人たち。

 


 私は毎年、春と秋の普請の日、様子を取材に行っていますが、今回はいつになく高齢の方の姿が目立つなあという印象を受けました。「野々海水路の普請は初参加」という「若手」の人もおられるのですが、野々海水路の全体像についてよく知らない人が増えているようです。先人たちが命を賭して造り上げた野々海水路。この日本全国に誇れる村の共同財産をどのように守り、活用し続けられるようにするか。日々の水路維持管理だけでなく、勉強会の実施なども真剣に考えていく必要があるように思います。
 


栄村復興への歩みNo.336(5月20日付)

 

山村・栄村での農の営みと暮らしを考える
 5月18日午前、森宮野原駅裏手の田んぼでの撮影です。
 5月は、雪が消え、田んぼに、畑に、栄村が一年間の中で最も忙しい時期ですね。
 私は村で暮らすようになって12年目ですが、今年は「山村・栄村とは?」を改めて考えるようになっています。田んぼの田ぶち(田起こし)、田掻き(代掻き)、田植えを迎え、みなさん、「忙しい、忙しい」と言われます。でも、とても生き生きとされています。また、一緒に温泉に入ると、冬の間は出ていたお腹が急速にへこんでいきます。ごく少数の米専業農家を除けば、お米をつくったからといって、そんなに儲かるわけではありません。赤字にはならないとしても、米価が下落した昨今、忙しさの対価となるほどの儲けは出ません。
 多くの村民にとって、これは「農業」という産業というよりも、栄村という山村での暮らしのあり方そのものなのではないでしょうか。“生き方”、そして価値観とも言えます。そして、それが山村・栄村ならではの人と人のつながり、文化、そして自然景観をつくりだしているのでしょう。
 こういう暮らしなしには日本列島社会というものは成り立たないのだと思います。
 


女しょの農作業姿

 

 雪が消え、土が乾いてきた4月末から5月上旬にかけて、毎年、感心することがあります。畑に草が生え始めたかと思うと、女しょ、とくに高齢の方がすぐさま草取りの作業に励まれることです。
 上の写真はお顔を写さないようにして5月12日に撮らせていただいたものです。
 腰や足の具合はけっして良くないはずです。それでも一所懸命、そして丁寧に草取りをされていきます。
 これが「健康長寿」の秘訣の一つなのではないかと思います。栄村ならではのとても素敵な光景だと思います。

 


 もう一枚、こちらは野田沢の妹木のトマト畑で、宮川春美さんがジュース用のトマトの苗を手植えで畑に定植されている様子です。

 この日、夫の頼之さんと息子の一哉さんは菅沢の畑で雨のため遅れている機械作業をされているので、その間に少しでも定植を進めようと手植えをされているのです。宮川さん一家の勤勉さにはいつも感心するばかりですが、この手植え作業にはいつも以上に驚き、感心しました。


栄村復興への歩みNo.335(5月11日付)

 

ゼンマイを干す人が多いですね

 4月下旬から5月上旬にかけて村内を駆け巡っていて、今春の特徴として目立つことがあります。家の前でゼンマイを干している人がとても多いことです。
 ゼンマイ揉み・干しは栄村の春の風物詩ですが、昨春はその光景を見られる家がとても少なくなりました。「体力が落ちて、揉むのがきつい」と言う高齢者の方もおられて、「もう栄村の春の風物詩ではなくなるのかなあ」と心配したものでした。しかし、今春は一転、非常に多くのお家の前にゼンマイが干されています。ある人に伺うと、「去年はこわかったが、今年のゼンマイはいいね」と。そういうことも背景にあるのかもしれません。また、ゼンマイ揉み・干し作業に挑戦する若い人も出てきています。
 「最近の栄村は元気がない」なんて言う人もいますが、そんなことはありません。村にはズクがある人がたくさんおられます。その象徴の1つが多くのお家でのゼンマイ干しだと思います。

 

(写真は天代集落で撮影しました。)


2月上旬、村の中を巡ってみると・・・

 福井県の方には申し訳ないですが、「立春寒波」、栄村ではあまり大した雪にならず、助かりました。でも、そこそこの積雪、冬は家にいることが多く、村内をあちこち廻るということはあまりないですね。そこで、私が配達で廻った時に撮った写真で村内の様子を紹介してみたいと思います。

 


 平滝集落の上から千曲川の対岸方向を見たものです。箕作から泉平に上っていく道路が見えます。木の葉が繁っていない冬だからこそ見えるものです。5日午後撮影。

 

 

 正面に見えるのは三ツ山。村内のいろんな所から見える山ですが、右写真で三ツ山の下に見える集落はどこだと思われますか? 極野です。
 7日午前、野口から天代に下る時に撮影しました。

 


 この写真を見てすぐに何処なのか、分かる人は多くないと思います。
 北野天満温泉から北野集落に抜ける近道です。農道で、高い雪の壁ができているところは田んぼです。7日午前、当部・笹原に向かう時、排雪作業の関係でこちらの道を通るように指示されました。写真奥に三ツ山の頭が見えます。

 

 

 鳥甲山連峰の姿も綺麗ですが、この写真でお見せしたいののは屋敷集落。
 写真手前に見えるのが屋敷集落です。中津川近くの高台には観音堂が見えます。写真をもっと大きくすれば、写真中央やや右下にお宮の幟立てのポールが見えます。3日午前の撮影。

 


 上野原集落で配達のために車を停めた時に撮ったものです。車から降りようとすると、周りがすべて凍っていて、大変でした。3日午前です。
 流水道路になっているのですが、道の両縁(へり)は凍ってしまいます。10日にツアーの取材の帰りに通った時には近くのおかあさんがツルハシで氷を割っておられました。

 


 小赤沢集落です。国道405を進み、とち餅大福で知られる福原商店を過ぎて間もなく、右手に下る道があります。その道を下り切った所から撮ったものです。
 流水道路になっています。撮影地点のお家の人に尋ねると、「風が吹くと雪が溜まり、水が流れなくなって困るんだ」と言っておられました。

 

 栄村は広く、いろんなところがありますね。


中条の道祖神

中条の道祖神。今年は煙が天高く真っ直ぐに立ち昇りました。

 

藁をしっかり巻き付ける

 

“おき火”で焼いたお餅にフキ味噌を塗っていただいた
 


<後記>
 今冬は天気の変化が激しいですね。15日朝は−10℃まで下がったようです。
 1月の第2号を予定より一日遅れで編集し終えました。1月6日号と一緒にお届けする地域もあって申し訳ありませんが、懸命に配達して参りますので、よろしくお願いします。
 2月の2号目(No.327)から、ご希望世帯のみへのお届けになります。詳しいことは別紙のご案内をご覧ください。

 

 

 


大勢でそば刈りを楽しみました!

 

 14日午前、森農業改善組合と森公民館の呼びかけで、そば刈りが行われました。
 総勢26名。2時間半あまりの作業。
 「たくさん集まってやると、楽しいな!」、みんなの感想です。
 場所は“一本松”(いまは何本もの松になっていますが)近くの田んぼ4枚にそばを蒔いたところ。
朝8時、お宮に集合で始まりました。
 11月には、森公民館主催で収穫祭を催し、「こんな美味いそばは食べたことがない」そばを味わう予定です。森の人はもちろん、村内外の多くの人に味わっていただきたいと思っています。
 ハイライト写真集をご覧ください。
 (TOP写真は10時23分撮影。いちばん上の段を刈っているところ。「一本松」が見えます。)

 

8:18。いよいよ作業開始。

 

高校2年生の若菜さんも参加。

 

8:36。下から2段目にも着手。

 

 

4段のそば畑。下から2段目と3段目で刈り取り中。9:03。
ここは全部で5段の田んぼでした。いちばん上の段には、これから麦を蒔く予定。

 

桑原千恵さん。

 

休憩時。9:50。

 

 

10:39、そば刈り完了。重信さんが思わず万歳!

 

 

刈り取ったそばは軽トラで中学校下の旧テニスコートに運び、天日干し。

 

 収穫祭の日が待ち遠しいですね。

 


森農業改善組合の取り組み

 

 森集落の開田の一角です。
 不耕作になっていた田んぼ4枚に8月6日、ソバの種が蒔かれました。それから8日経った15日、ソバの苗が元気に育っていました。

 


 不耕作地を無くそうという森農業改善組合の取り組みです。また、11月には、収穫できたソバを打って、森宮野原駅前でソバを振る舞う収穫祭が計画されています(公民館との共催)。集落の農業を元気にしつつ、その成果を生かして森駅前の活性化も実現していこうという意欲的な取り組みです。

 

人出不足−水見の困難をのりこえる取り組みも
 さらに、もう一つの取り組みがあります。
 田んぼに水を自動的に送り込む電動装置の設置実験です。

 


写真イ

 

写真ロ

 

写真ハ

 

 写真イに見える球状の装置が田んぼの水量を検知し、水を入れる必要があれば、ケーブルでつながっている写真ハの装置を経て、写真ロに見える水止め板を上げ、水路の水が田んぼに入ります。田んぼの水が十分な量になると、再び写真イに見える球状の装置がそのことを検知して写真ハの装置に信号を送り、写真ロの水止め板を下げ、送水を停止します。
 この種の装置、暮坪の田で使われているのを「復興への歩み」で紹介したことがありますが、開発されたのは関口直衛さん(森集落在住、暮坪出身)のご二男・廣美(ひろみ)さん。森農業改善組合が廣美さんに協力をお願いし、実験装置の設置に至ったものです。7月28日の設置以降、順調に作動しています。

 

いちばん左の人が関口廣美さん

 

 森の開田は山の山腹を開拓したものですから、田んぼは段々状に位置しています。そして、水路は山の上から下に向かって流れ下ります。上の田んぼで水を取り入れると、下の田んぼには水が来なくなります。そのため、個々の農家がめいめいで水を管理するのではなく、森農家組合が水の管理を一括で行うルールになっています。水管理に当たる人は一日仕事になります。この水管理役の確保が、高齢化と後継者不足で難しくなっているのが実状。そこで、農業改善組合関係者が水の自動管理システムに着目したわけです。
 農業改善組合では、今夏の実験の結果をふまえて、森開田全体での活用の方策を検討していく予定です。栄村の他の集落にも森集落と同じ課題を抱えているところがかなりあります。森での取り組みに注目したいと思います。