夕暮れ時の飯山線
- 飯山線
- 2020.03.29 Sunday
1月7日夕5時すぎ。横倉にて撮影。
- 12:11
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雪道の先にあるちっちゃな踏切。私には見慣れた景色だが、今日はなぜか写真を撮ってみようという気持ちになった。
50m近くはあるかなと思われる下り坂、ブルで圧雪された道を下って踏切へ。踏切から平滝駅を撮ったり、線路脇の道を撮ったりしていて、元の道を戻ろうと振り向いた瞬間、目の前に飯山線の列車が現れた。慌ててシャッターをきったのが上の写真。
雪の中の線路って、「ガタンゴトン」という音がほとんどしないんですね。列車が近づいていることにまったく気づいていなかった。
写真データを見ると、16時41分。列車時刻表を見ると、「16:30平滝発」の戸狩野沢温泉行。雪で少し遅れていたのだろうか。
関連する写真を数枚紹介したい。
写真に見える雪の山が何なのか。栄村の人でもすぐに分かる人は少ないのではないだろうか。写真真ん中下に見える雪の隙間に焦点をあてて撮影したものが次の写真。
金網が見えるが、これだけでは分からないだろう。
正体を明かす写真は次のもの。
トンネルのように見えるがトンネルではない。雪が線路に落ちないようにする金網、いわば鉄道のスノーシェッドだ。
線路より上手(かみて)の家の近くから踏切方向を見たのが上の写真。
踏切のクローズアップは
最後に、平滝駅に停車する姿。
9月24日の“おいこっと”上り。午後4時20分すぎ、白鳥集落にて。
24日の下り。午前11時すぎ、栄大橋から。
写真左奥に鳥甲山などが見える。
24日の下りを森宮野原駅前で見つめる姉妹。中野市が実家の4人兄妹の中のお二人。
首都圏からの帰郷で、「週に2便しか走らないの?! いいものを見られてよかった」と感激されていた。
23日の下りに乗車のご夫婦が記念撮影。なんと台湾から来られたとのこと!
「おいこっと」の11月初めまでの運転日は、
9月 30日(土)
10月 1日、7日、8日、9日、15日、28日、29日
11月 3日、4日、5日
10月は1両編成での運行だそうです。
すべて指定席です。
「おいこっと」を森宮野原駅で降車し、秋山郷や野々海池を訪れたいという方で、案内を希望される場合は、是非、当ブログにご相談ください。
「懐かしいな」と思われる人も多いのではないかと思います。
かつて飯山線を走った「急行野沢」が9月9日、10日の両日、長岡〜飯山間を走ったのです。飯山線(豊野〜越後川口間)全線開通88周年を記念してJRが企画した旅行商品専用列車です。キハ480系というディーゼルの急行用車両です。
この「急行野沢」の運行にあたっては、信州DCの取り組みの一環として、県が「駅で手を振っておもてなしを」と呼びかけ、村内放送でもお知らせされました。
お子さん連れのおかあさんや、「昔、乗ったよ」と言う人などが手を振って見送りました。いいですね。
私は、「村の幹部も顔を出してくれると、いいな」と思いながら出かけたのですが、観光協会長を除けば、その顔は見られませんでした。残念です。
JRは飯山線をめぐって色んな企画を出してきています。本気度がうかがえます。JRと緊密に連携し、栄村も本気度を大いにアップさせていかなければ、と思います。SLの再度の運行を是非とも実現しましょう!
「風っこ」から見えてきたもの
9日(日)に長野駅と森宮野原駅の間を走った特別列車「風っこ」の乗客のみなさんの姿です。復路の上り列車の様子を横倉の線路脇で撮影しました。
この日、私は「駅伝大会」の関係で頼まれた仕事をやっていて、森駅前の様子を撮影する余裕はなかったのですが、列車から降り立った人びとの動きを見る機会はありました。かなり多くの人が「道の駅」に向かって歩き出されました。その後、「道の駅」付近でもその姿を見ています。小さなお子さん連れの人もおられました。
駅で「道の駅」への行き方を書いたチラシが配られたようです。私自身が旅行した時の経験から言っても、「歩いて15分程度のところに素敵な所がある」と知れば、15分くらいは平気で歩きます。
森宮野原駅前を賑やかにする道筋が見えた!
私はこの日のことから、〈森宮野原駅前に賑わいを取り戻す道筋が見えた!〉と思いました。駅前はやはり駅前。列車から多くの人が降り立てば、当然、駅前は賑わうのです。そのことは昨秋のSL運行でも実証済みです。
森宮野原駅に多くの人が降り立つように、飯山線への仕掛けを強めることが必要かつ大事なのです。
今回の「風っこ」は信州デスティネーション・キャンペーン(信州DC)に伴う特別列車で1回きりのものですが、平素の土日には観光列車「おいこっと」がやって来ます。
「おいこっと」の活用法を考え、JRに提案・陳情を積極的かつ執拗に行っていく
「おいこっと」は長野−十日町間の運行で、森宮野原駅での停車は10分間です(十日町行きの場合。長野行きは5分程度)。前村長は議会答弁で「わずか10分では商売もできない」と発言したことを私は覚えていますが、そんなモノの見方ではダメです。
「おいこっと」到着時の森宮野原駅ホーム(5月3日撮影)
長野あるいは飯山から乗車したお客さんの多くに森宮野原駅で下車して栄村で半日あるいは1泊楽しんでいただく。「おいこっと」の到着に合わせて栄村の素晴らしいところを巡ることができるバスを用意する(7月にスタートした「秋山郷シャトル便」は飯山線との接続がなく、その狙いがよくわからないものだ
なあと思います)。そういう構えが必要です。そして、プランを練り上げ、JRに働きかけ、JRによる「おいこっと」企画・宣伝の中に組み込んでもらう。
そこまでもっていくことが必要です。そして、村(民)が熱意をもって働きかければ、そこまでもっていくことができます。
9日(日)の栄村はとても暑い。
そんな中、飯山線に「風っこ」が走った。
写真は、森宮野原駅で1時間40分の停車の後、長野にむけて横倉駅付近を走る様子。
撮影時、田んぼの上を少し風が流れていた。窓ガラスのない列車はきっと気持ちよかったことだろう。
信州DCの特別列車。
期間中、飯山線の特別列車は残念ながらこれだけ。「おいこっと」は今度の連休15〜17日をはじめ、土日に走る。
飯山線の写真をもう1枚。
7日(金)平滝16:43発の下り列車が駅を出てすぐの踏切を通過するところ。
色鮮やかなタチアオイとのツーショットをご覧ください。
最近、毎朝・毎夕、村内放送から「JR飯山駅からのお知らせ」が流れてきます。「避難指示のため飯山線の運行を見合わせ」というものです。
6月5日からは代行バスが運行されているとはいえ、飯山線運休の打撃と損失はとても大きいものです。「本当に運休はやむをえないのか?」という疑問が湧き出てきます。さらに、現在のJRの対応では運行再開の見通しはまったくたたないという問題も指摘せざるをえません。
●避難指示世帯周辺での大型土嚢補強は進んだ
上は6月10日撮影の桑名川地区・出川左岸の様子。右手に避難指示が出ている4世帯のうちの2軒が見えます。写真中央には県が対策工事の柱として位置づける〈大型土嚢の積み上げとその裏側にコンクリート・ブロックの設置〉が見られます。
しかし、地元住民のお話では、「避難指示解除」の見通しはまったく出されていません。この地点よりも上流にある桑名川砂防ダムが流木等で埋め尽くされていて、これを取り除けないためのようです。技術的に相当に困難があるだろうことは推察できますが、緊急対策への踏み込みが弱いという印象を禁じえません。県等に問いかけてみたいと思います。
●JRは見通しと独自対策を明確にすべきだ
下の写真は、JR飯山線の出川橋梁の様子を上流側から見たものです。橋梁そのものは川の中に流れ込んだ木の陰になって見えませんが、写真中央に見える茶色の土面が橋梁すぐ横の線路敷地の法面です。
土石流が発生した場合、土石流がこの法面を直撃することは明らかですが、補強はほとんどされていません。また、橋梁直下、その前後について、今後起こりうる土石流が下流へ流下しやすくなるように、既発生の土石流によって堆積した土砂等を除去するなどの措置もされていません。
このままでは、JRが「飯山線の出川橋梁が危険」とする状況は、出川右岸の4世帯への避難指示が解除される状況になっても変わらないのではないかと思われます。
JRは今後、どうするつもりなのでしょうか。「運行再開の見通しはまったくたたない」ではあまりにも無責任です。
●飯山線は信州DCの対象から外すのか?
7月1日にはJRが主導する信州DC(デスティネーション・キャンペーン)が始まります。秋山郷−苗場山など飯山線沿線の山岳観光地は今回の信州DCの最重要ポイントの1つです。
しかし、飯山線運休では飯山線での秋山郷への旅は不可能となります。それでは、「おいこっと」やSL運行でこの数年間に積み上げてきた飯山線沿線の観光発展の努力はすべて水泡に帰してしまいます。
JRには、今回の飯山市照岡での山腹崩壊・土石流災害に主体的に、そして積極的にどう対処するのか、責任ある対策方針の打ち出しが求められています。
飯山市照岡の山腹崩壊・土石流で4世帯への避難指示がだされたままになっている桑名川地区には2〜3日に1回程度の頻度で様子を見に行っています。
(私が居住しているところからは車で15〜20分くらいを要しま
すが、栄村のいちばん西の地区・白鳥集落からは車で5分強で
出川橋に至ります。)
避難指示地区での大型土嚢補強の作業が進み始めていました
写真0605−1
この写真は5日午前9時15分に出川橋から撮影したものです。
これまでになかった黒い袋の大型土嚢が積まれ、「仮側堤」は嵩上げされています。また、「土嚢の裏側にコンクリートブロックを設置する」という工事のためでしょうか、鉄板を敷き詰めた工事用仮設道路ができています。(対照写真として5月29日のものを掲載しておきます。下写真です)
3日の記録は手許に残っていないのですが、2日朝にはこういう状況は見られなかったので、ここ1〜2日の新たな動きだと思います。避難指示の解除のために必要不可欠な措置ですので、「一歩動き出したもの」として評価・歓迎したいと思います。
6月1日のレポートで写真27−12−1〜4で示した出川橋周辺よりもやや上流の部分でも同様の作業が進められていました。
写真0605−2
この他、出川橋より下流の状況、コンクリートブロックの設置について書いておきたいことがありますが、いま、ある意味で最も深刻な問題とも言えるJR東(長野支社)の対応の問題を先に取り上げたいと思います。
JRには主体的な対応が見られない
――代行バスの運行では事態は打開できません
5日のTV,6日の新聞では、JR飯山線戸狩野沢温泉駅〜森宮野原駅間の運休に伴う代行バスの運行開始が大きなニュースとして取り上げられていますが、JR飯山線運休の深刻さと問題の根本を把握していないニュース報道と言わざるをえません。
そもそも、土石流による6月22日の運休からすでに2週間を経てからの対応。あまりにも遅すぎます。(この間、地元の通学生のための「救済バス」というのは出ていましたが)
さて、最大の問題は、JRの飯山線運休が妥当な措置なのかどうかということです。
1.「 避難指示が出ているから」は妥当な理由か?
JR東(長野支社)は、飯山線戸狩野沢温泉駅〜森宮野原駅間の運転見合わせ(運休)の「理由」として、同線が通過する桑名川地区の一部に避難指示が出ていることを挙げています。
これはおかしいと思います。避難指示はあくまでも住民に対して出されているもので、屋内にいて外の様子がわからない時に土石流が発生する、あるいは夜間就寝時に土石流が発生し、逃げる余裕がないケースなどを想定しているものと思われます。
けっして交通機関に対して避難指示が出されているわけではありません。現に県道408号線の出川橋(通称「だんご橋」)は5月29日から通行止めが解除されています。もちろん「100%安全」ということではなく、常時、警備員が配置され、上流の土石流センサーが作動した場合にはすぐに通行止めの措置がとれるようにされています。また、降雨量が多くなった場合などは、予防的に通行止め措置がとられることもあると思われます。
出川に架かる飯山線の橋梁は出川橋のすぐ近くにあります。置かれている環境・条件等に大きな違いはないと思います。
私は現場に幾度となく足を運んでいますが、橋梁付近でJR関係者(JRが委託する警備員を含めて)の姿を見たことがありません。
「避難指示」を理由として「運転見合わせ(運休)」を説明することは困難だと考えます。
2. 県による土嚢設置補強に合わせてJRも橋梁の安全確保策の独自検討の必要がある
県が避難指示を解除できるよう、大型土嚢の補強等にのりだしていることは上述のとおりです。
この県の措置の結果、桑名川地区の4世帯に対して出されている避難指示が解除された場合、JR飯山線は運行を再開するのでしょうか。あるいは、もっと正確に言えば、運行を再開できるのでしょうか。
私は「否」だと考えます。
次の写真0605−3をご覧ください。
写真0605−3
この写真では、飯山線橋梁と、非難指示対象世帯家屋及び設置されつつある大型土嚢との位置関係がわかります。大型土嚢の設置が完了すれば、土石流が出川左岸を越えて民家の方に出ることはなくなり、基本的に河道に沿う形で流下することになります。その結果、JR飯山線橋梁に到達する土石流の高さは、土嚢未設置時に比べて高くなる可能性が出てくるでしょう。
そうした場合にJRはどう対応するつもりなのでしょうか。
そして、次の写真0605−4をご覧ください。
写真0605−4
こちらは橋梁のすぐ上流を撮影したものです。写真右真ん中隅に写真0605−3の土嚢が少し見えますので、位置関係がわかると思います。
出川は橋梁のすぐ手前で湾曲しています。勢いのある土石流は河道にしっかり沿って流れるのではなく、まっすぐ進もうとして橋梁の十日町方面側の盛土線路部分を直撃するのではないでしょうか。
そうした事態による線路及び橋梁の被害を防ぐには、まず、この盛土部分を土石流の直撃から守る何らかの補強が必要ではないかと思います。これはおそらくJR敷地内のことになるでしょうから、JRが独自に対応しなければならないことだと考えます。(土嚢を少し積んでいるようですが。)
また、次のことは県との協議、県の対応を求めることでしょうが、写真0605−4の川の湾曲部分の右岸側にかなりの量の土石流で運ばれてきた土砂の堆積が確認できます。この土砂を浚渫・除去し、河道のスムーズな流れを確保することは当然とるべき措置だと考えます。
3. 中条川の際に見られた迅速な対応がなぜとれないのか
ただただ「避難指示のため、運転見合わせ」ということだけを繰り返すJRに私が苛立つのは、2011年3月12日の栄村を襲った大地震と中条川での山腹崩壊・土石流、さらに2013年9月の中条川での再度の土石流に際しては、JRが今回とはまったく異なる迅速かつ的確な対応をしたことを知っているからです。
まず、2011年3月12日の大地震と山腹崩壊・土石流。
JRは、中条川に架かる飯山線の橋梁のすぐ横手で線路が宙づりになった事態をうけて、3月14日か15日の時点で、「4月下旬には運行再開できるようにする」と宣言し、すぐに被災現場に通じる工事用仮設道路の建設に着手しました。この段階では、国や県による中条川対策はまだ実相把握と対策の基本方針の検討段階です。そして、4月29日には列車運行を再開しました。
また、中条川に沿って存在する森集落中条地区では7月頃まで避難指示が解除されませんでしたが、JRは独自の安全確認手段と基準を設け、列車の運行にあたりました。
2013年の土石流は、飯山線の中条川橋梁を直撃し、橋梁の基礎部分に危険が生じました。JRは国・県の中条川土石流対策とは別に、自らの予算で橋梁と橋梁周辺河床の補強工事を行い、飯山線の運行に支障がないようにしました。
それだけのことがJRにはできるのです。
なのに、今回はどうして無策なままなのでしょうか。
「栄村地震−中条川土石流に対する迅速かつ的確な対応はやはり宮中ダム対策(+寺石踏切人身事故)だったのか」という思いが出てきてしまいます。
(注)JRは、首都圏の電車を走らせる電力を発電する小千谷
水力発電所に送る水を取水する宮中ダム(栄村の隣、新
潟県十日町市)で違法取水していたことが発覚し、水利
権をはく奪された。
JRは地元新潟県・関係市町に謝罪金を支払う、全国紙に謝
罪広告を出す等の対応をし、水利権回復にこぎつけた。
また、寺石踏切は栄村・森宮野原駅と新潟県津南町・足滝
駅間の踏切で、2011年の地震の約1ヶ月前、JR職員の誘導
ミスで乗用車が列車にはねられ、1名が死亡する事故があった。
今回の桑名川地区は栄村のすぐ隣ですが、新潟県の新聞・テレビでは長野県のようには今回の山腹崩壊・土石流のニュースは流れず、また、飯山線の森宮野原駅〜十日町駅間は列車が運行されているので、新潟県から批判される心配があまりないのかもしれません。
こういうことはあまり言いたくありませんが、あまりの無策ぶりを見ていると、こういうことも言わざるをえなくなります。
ましてや、7月1日からはJR自身が主導する「信州DCキャンペーン」が始まります。山岳観光を1つの主テーマとしていると聞いていますが、山岳観光のポイント・秋山郷の最寄り駅は飯山線森宮野原駅です。
その森宮野原駅までの運行を見合わせたままで「信州DCキャンペーン」は成り立たないと思うのですが、JRはどのように考えているのでしょうか。
長野支社だけでなく、JR東本社がどのように考えているのか、尋ねてみたいと思います。
冒頭に書いた出川橋よりも下流の状況は機会を改めてレポートしたいと思います。
飯山線を走る特別観光列車「おいこっと」。
通常は土日のみの運行ですが、GW期間は土日以外の3日〜5日も運行。
4月30日(日)に続き、3日から6日まで毎日、森宮野原駅で「栄村のご紹介」という手作りパンフレットを持ってお出迎えをしました。明日「「7日も「おいこっと」が走りますが、私は村外に出かけるため、お出迎えに出られません。観光協会の人が出てくれるだろうと思います。
ひとまず、3日(水)〜6日(土)の様子の記録をまとめます。
3日(水)
3日(水)の到着。芽吹きが鮮やか。
この日は「かねく」のおとうさんも出迎えに出て下さった。
この日は、観光協会長が横断幕を取り付け。森宮交通の社長、観光係長の姿も。到着した「おいこっと」からは法被姿の商工観光課長と職員1名が降りてきた。横断幕は昨秋のSL運行時に村が作ったものだそうだ。
5日になってわかったが、この日は「栄村の当番」だったそうだ。何の当番なのかはよく分からないが…。
4日(木)
4日(木)は津南町の地域振興課の職員2人(下の写真の黄色の法被姿の人)が笛の奏者を伴って姿を見せた。津南町の紹介パンフの入った袋を配っておられた。
卯ノ木神社の笛だそうだ。その音色は素晴らしかった。
見送りに手を振り返して下さる乗客のみなさん。
5日(金)
4日も暑かったが、5日はさらに暑かった。冷やしたトマトジュースを用意した。1箱30本入りで税込2500円。2箱で5千円、自腹をきった。
「一人でどうやって配ろうか?」と心配したが、観光協会の藤木文徳さんが手を貸して下さって、うまくいった。有塩と無塩、各30本ずつだったが、どちらかというと有塩を好む人の方が多かった。乗務員の人にも飲んでいただいた。
もちろん、ただ無料サービスだけというわけではない。お配りするパンフに「さかえむらトマトジュース」の原料となる慣熟トマトの宮川頼之さんの畑での収穫風景の写真を入れ、購入方法の案内も書き込んだ。
車内では早速トマトジュースを飲んで下さっていた(窓に反射するものまで写っていて見づらいが)。
この日は「子どもの日」で、お子さん連れの乗客も多く、ほぼ満席だった。
列車の姿が見えなくなるまで手を振る文徳さん。
6日(土)
6日はあいにくの雨。ただ、到着少し前まで強い降りだったのが、到着時、ほぼ止んだのは幸いだった。
GWもほぼピークを過ぎたようで、乗車率は50%を切っていたようだ。
今日はこんな写真が撮れた。
お配りしたパンフを早速見て下さっている様子。
30日、3日、4日に配っていたパンフを5日に作り変えた。「いま」を撮った写真中心から、5月下旬〜夏・秋・冬の写真を集めたものに変えたのだ。
1頁目は5月下旬の野々海池の写真(2015年撮影)。「こんな素晴らしい景色に出会えるならば、今度は栄村をめざして来てみよう」と思っていただくための作戦。
5月下旬でも雪に覆われている野々海池の写真には配布時にも驚きの声がきこえた。
毎土日に出迎え続けるのは大変だと思うが、参加してくれる人を募って、続けていきたい。
4月30日午前11時2分、森宮野原駅に到着した「おいこっと」の乗客の人たちが記念写真を撮っておられるところです。
私は、ホームでお出迎えをし、「春の栄村のご紹介」という手作りの写真集パンフレットをお配りしました。1月28日の冬のおいこっと特別列車の時に続き、2度目です。今後、都合がつくかぎり、土日の「おいこっと」到着時にお出迎えに出たいと思っています。「一緒にお出迎しますよ」という人を求めています。一人でも、二人でも、とにかく毎回出ることが大切だと考えています。
30日はいつもと違って満席ではなかったのですが、乗客の中のカップルは私が「秋山郷では7月半ば頃まで雪渓に触れ合えますよ」と紹介すると、「あっ、切明温泉というのがありますよね。車で来た時に行きましたよ」と教えて下さいました。あきらかに信越自然郷?栄村のリピーターです。こういう方々との触れ合い・コミュニケーションが栄村の観光力を高めます。
飯山線SL定期運行要望の署名にご協力ください
本紙302号でお願いしたSL定期運行要望の署名、すでに約500名の署名をいただいています。村議選の関係で中断していましたが、再開します。これまでにご署名いただいた約500名の半数以上は村を訪れた村外の方々によるもの。村民全員署名へ、さらにご協力をお願いしていきますので、是非、よろしくお願いします。
『震災と過疎を越えて──信州栄村 復興への歩み』
松尾 眞/川辺書林
¥ 2,000
現代社会では片隅に追いやられた「集落の絆」と「農業再興」の重要性を訴え続ける。「中山間地域の再生」を模索する提言集。震災当日から1年2ヶ月の経過をまとめた震災記録集としても。カラー写真多数。
『震災日記―長野県栄村、2011年3月12日~4月12日』
松尾 眞/アルファベータ刊
¥ 1,995
震災以来、このブログで発信し続けたレポートが書籍化されました。