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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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5月18日昼の野々海池

 

今日は、6月2日に予定されている野々海水路の普請にむけて、野々海池の現状を把握する目的で、11時すぎに平滝から上がりました。
当初は明日19日に行く予定でしたが、どうも明日の空模様が怪しいように思えたので、1日早めて今日にしました。
上の写真に見られるとおり、まだほとんど一面、雪ですが、8日に見た景色からすれば、雪融けが随分と進んだ感じがします。6月2日まであと2週間。天気の良い日が多ければ、なんとかなるのでは、と思います。

 

堤入口までの道は14日頃に開けられ、道はもう乾いていて、堤入口までは車で行けます。
ただし、下の写真に示した箇所は「軽」でギリギリの幅しかありません。これは堤入口から三叉路方法に戻る時の撮影ですが、道路左側は土が見える部分の端はもう斜面です。下手に左に寄ると、落ちます。右側の雪は硬く、普通車が通れる道幅になるには相当の日数を要するでしょう。

 


この4日間での雪の減り方を確認するために、三叉路で撮った写真2枚を示します。

 


5月15日午前9時30分頃

 

5月18日午前11時50分頃

 

3日間で結構減っているように思います。

 

さて、大事なのは斜樋と水番小屋の様子です。

 


小屋はこんな感じですが、扉は開けられるのか? 次の写真をご覧ください。

 

扉の前の様子です。
まだかなりありますね。現状では開けられません。
小屋の裏側(朝陽が当たる)だけは雪が消えていますが、小屋の(扉側から見て)右側はまだ雪に埋もれていると言ってよいような状況です(下写真)。

 


つぎに、斜樋です。
小屋付近から肉眼で見た分には斜樋は雪に覆われていましたが、写真をよく見ると、少しだけ金網が見え始めているようです。

 

 

 

堤に通じる橋の上は雪が消えつつありますが、堤の上はまだ30〜50cmほどの雪があるように思います。
昨年までは、こういう状況でも堤のところまで行きましたが、今回は止めておきました。上の写真の雪の斜面を滑らないように下らないと、いっきに余水吐のところに転落します。今年の脚・腰の状態から考えて、踏ん張りが効かないおそれがあるので、下るのを止めた次第です。
写真撮影などで訪れる人は、下らないようにご注意ください。

 

今日は時間がなかったので、ミズバショウ群生地には行きませんでした。5月15日にミズバショウ群生地にむかって歩いた東窓の様子は右のとおりです。

 


東窓→沢のコースで群生地に向かうことはまだ可能のようです。
ちなみに、深坂峠に向かう道路の道開けは当面予定されていないようなので、このコースで接近するしかないでしょう。
ただし、沢を進むのはそろそろ危険になるので、東窓を通って、信越トレイルの東窓と深坂峠を結ぶルートを辿るのがよいでしょう。

 

 今日は、野々海で4グループ・個人に出会いました。
 1グループは信越トレイルの関係者でした。現況確認に来られたようです。
 三叉路に軽自動車を停めていた人は写真撮影のようで、三叉路〜キャンプ場間で撮影されている姿を見ました。
キャンプ場付近にスノーモービルを運ぶトレーラーを繋いだ車が停車していました。モービルのエンジン音が聞こえました。
 最後に三叉路でお会いした方(お二人)はやはりモービル関係者でした。「今日はもう無理。モービルはやらずに帰る」とのことでした。今年で4回目だそうで、お話すると、非常に素敵なお二人でした。スノーモービル、野々海−栄村の観光について意義ある意見交換ができました。

 


最後に、第2分水点と円筒分水器の付近の様子を紹介します。

 

第2分水点付近です。

 

第2分水点から平滝・横倉にむかう水路が通るのはこのあたりだと思われますが、6月2日に水路が見える状態になっているか、ちょっと不安。

 

円筒分水器付近です。

 


 以上、5月18日の野々海の報告です。


冷え込んだ5月8日の野々海

 

異例の冷え込みとなった5月8日朝、午前7時18分に標高約900mの地点から野々海池をめざして雪の山道を歩き始めました。1枚目は8時47分、野々海三叉路の池塘の辺りで撮影したもの。

 

 

野々海池の今朝の様子。8時28分撮影。
池はまだほとんどが雪でおおわれている。

 

水番小屋の様子

 

余水吐の手前、雪が融けた箇所の様子。

 

 


池の到着する直前、ギクッとした場面。
ブナの枯れ木がまるで人が立っているように見えました。8時16分。

 

以前、よく見かけた面白い形のブナの木に久しぶりに出会った。
7時46分。

 

上った道の様子。かなり勾配があるところ。7時42分。

 

 

 

今日の圧巻は野々海への道から見えた北アルプス方向の眺め。
これは帰路に撮影したもので、9時28分撮影。右に見えるのが妙高山。
次の2枚は、上の写真の左側に続く山並み。

 

 

 

 

次の1枚は、上り時に撮影したもので、妙高山の右手に火打山が見えています。7時8分。

 

 

 

 

 

今朝は5月としては異例の冷え込み。標高約650mの田んぼでは、田んぼの融雪の水が凍っていました。


すべての写真で雲が見えません。一点の曇りもない青空の朝でした。


栄村復興への歩みNo.345(9月17日付)

 

 これは9月13日午前10時頃に撮影したものです。何処なのか、お分かりになるでしょうか。水面が見えるので、察しのいい方は「野々海池かな?」と見当をつけられたかもしれません。正解です。
 でも、写真手前に見える、まるで遺跡発掘地の跡であるかのような地形を見たことがある人は少ないのではないでしょうか。本紙No.342(7月22日付)で水位が下がった野々海池で西端の方まで岸辺を歩いた時の写真を紹介しました。9月13日はその時からさらに水位が下がり、7月時点では見えなかった地形がこのように見えるようになっていました。
 9月13日はじつは私一人ではなく、昭和20年代後半に野々海築堤工事の現場に行っておられた大先輩と一緒に行きました。白鳥集落出身で現在は津南町羽倉集落にお住まいの久保田晋介さんです。私が9月2日に堤の対岸を歩いた時の写真をお見せしたところ、「行ってみたい」と言われ、13日、ご一緒しました。上の写真の地形を目にして、「築堤前の地形がそのまま残っている」と言っておられました。今号では、少しページ数を割いて、今回見た地形や遺構を紹介したいと思います。


野々海池を探検する

 

 

 野々海池は水位がすっかり下がり、上写真のように水かけ口を覆う金網の一番下の部分が見える状態になっています(下写真は、金網の中の様子)。

 

 

 

 上の写真は、そのかけ口から対岸正面方向を撮影したものです。対岸近くの湖底地面が見えています。でも、平素見る野々海池の形と基本的には変わりません。そこで、次の1枚をご覧ください。

 

 

 対岸から洲が大きく伸びていて、堤から見ている時には想像できない姿を見せます(下地図のっ賄澄法

 

 

 

 「対岸から洲が大きくのびていて」と説明した写真を撮った地点の近くから、野々海池の西方を眺めたものです。ずいぶんと広い地面が広がっていることに驚かれることでしょう。平素はここがすべて水面下になっているのです。
 写真に見える樹林ゾーンとの境目の写真左手から4分の1あたりに池が切り込んでいるところがあります。野々海池の最西端です。そして、そこの様子が次の写真です。

 


 上写真は地図の△らJ向を眺めたものです。の北西に「西窓」という湿地がありますが、その近くから沢が野々海池に流れ込んでいることがわかります。

 

 

 これは地図の|賄世ら地点に進む途中で見つけたもの。
 写真に姿が見える久保田晋介さんから「炭焼き窯の跡だよ」と教えていただきました。
 他に2ヶ所でも窯跡が見られました。
 この一帯がまだ野々海池に水没する以前、野々海一帯で広く炭焼きが行われていたことを示す遺構ですね。

 

 堤近くの|賄世ら地点にむかって歩き始めて間もなく、岸辺の様子が他とはちょっと異なる箇所があって気になりました。岸辺から少し離れたところが盛り上がっているのです。

 


 盛り上がっているところをクローズアップしたものが下写真です。

 


 これは倒木がずっと水中にあったためにあまり腐敗せず、原形がほぼ保たれたまま炭化したものではないかと思われます。
 なかなか興味深いものです。専門家による鑑定をしていただけるといいなと思っています。

 

 この日は、野々海池の探検はこれだけでは終わらず、滅多に見られないものにもう一つ出会いました。
 早めのお昼をたべるためにキャンプ場に移動したのですが、そこで何やらボーリング機械を打ち込むような音が聞こえてきました。近くには「新潟大学」のネームが入った車も駐車しています。

 

 

 湿地「東窓」の木道のすぐそばで地下深くの土壌をボーリングで採取する作業が行われていました。

 


 上写真の真ん中に見える茶色っぽい円筒状のもの。地表からの深さ3m〜4mの間の土壌です。
 新潟大学、千葉大学、国学院大学、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究者が共同で進められている環境史研究の調査だそうです。私が作業の様子を垣間見せていただいた地下3〜4mあたりは3万年前くらいに出来た地層と考えられるそうです。この土壌サンプルを研究室に持ち帰り、詳しく調査されます。仮に姶良カルデラ(鹿児島県)の火山灰が検出されたとすると、姶良カルデラの爆発は約2万9千年前〜2万6千年前のことですから、その頃に形成された地層であることがわかるという次第です。
 私たちが暮らす大地の歴史がわかるというのもなかなか興味深く、面白いことですね。

 

 野々海池は、水取り込み口の修理の関係で、9月13日よりも水位が上がらないように水が抜かれますので、しばらくの間、野々海池の底の地形を見ることができます。機会をみつけて、是非、ご覧ください。その際は、長靴が不可欠です。また、一人での行動は危険で、複数名で行かれるのがよいと思います。

 


素敵な人と出会いました

 

 野々海池の水位と紅葉の始まり具合を確認するため、8月18日(土)朝、スキー場からブナ林をぬけるコースで野々海に行きました。
 三叉路の池(池塘(ちとう))で、水中生物を採集している人を見かけ、声をかけました。
 私の当初の思いは、「自然環境を攪乱しないでほしい」ということでしたが、先方のご返事を聞いて安心しました。そういうことを理解されている人だということがすぐにわかったからです。
 さて、野々海池の様子を見たり、撮影したりして40分後くらいにその場に戻ると、ちょうど観察活動を終わられる頃。陸上でお話することができました。「何がいましたか?」とお尋ねすると、私が知っている水中生物の名前も出てきましたが、まったく聞いたこともない生物の名前がポンポン飛び出してきました。
 お会いした翌日にその方からメールをいただいて知ったのですが、「生物分類技能検定」というものの2級の資格をお持ちの専門家でした。栄村にはよく来られるようで、「次回に行くときは事前にメールでお知らせします」と言っていただきました。
 これまで本紙でも栄村−野々海の貴重な自然環境についていろいろと書いてきましたが、最大の悩みは、栄村で見られる貴重種と思われる生きもの、植物についてアドバイスいただける専門家とのつながりがなかなか得られないことでした。その意味で、今回の出会いはとても貴重なもの、素敵なものだったと思っています。
 希少種については下手な情報公開を避けなければなりませんが、今後、この方から学ぶことでご紹介OKのことは本紙で扱っていきたいと思っています。
 また、こういう出会いは栄村の観光の発信力を高めることにも役立つと思います。
 この方からご提供いただいたクマタカの姿をとらえた2枚の写真を紹介します。私もよく見かけますが、運転中に見ることが多く、自身では撮影することができていません。

 


 


面白い地形が見えてきた〜水位が下がった野々海池を探検する〜

 

 この写真を見て、「ああ、野々海池だね」とさっと言える人は少ないかもしれませんね。
 滅多に見ることができない、そしてまた滅多に撮れない1枚です。下に示す地図のD地点から野々海池に下り、水位の低下で広がる池底面を歩いて行った先端地点で撮影しました。ちなみに、対岸の左手に野々海池の堤が見えています。

 

 

 9月2日午前、野々海池の水位の低下とそれによって見える池底の地形を見ようと思って、野々海に向かいました。「晴れ」という具合にはいきませんでしたが、雨の心配はなく、地図のA~B間とD地点付近で水位の低下で出てきた池底面を歩いてきました。
次頁から、歩いた順で紹介していきます。

 

 

 31日にかなり激しい雨があり、昨日1日も午前は雨だったので、水位がけっこう回復しているかと推測していましたが、水位は前回8月27日に見た時とほぼ同じか、やや低い感じでした。ちなみに、下写真は昨年9月18日のほぼ同じ地点で撮影のものです。

 

 

 下写真は地図A〜B間の中間あたりでC方向を見たもの。

 

 

 

 A~B間でこんなものを見ました。
 水位の低下にともなって見える木の根は、これまで、「流れ着いたもの」かと思っていましたが、じつは根をしっかりはっているものなのですね。驚きました。
 野々海池に流れ込む沢の水の流れも見えました。

 

 

 

 

 

 B地点付近から西方向および西北方向を見たようす。下の写真に見える池に突き出た土の部分、じつはこの後、その突端部分に自身が立つことになります。

 

 

 

 B地点で南東方向を撮ったものです。写真左端に見える地点は相当に深い。下の写真です。

 

 

 本当はB地点からさらにC地点方向まで進みたかったのですが、ここを渡れないので断念。

 

 堤の手前で、水位低下で現れた地面に下り(A地点)、B地点に向かい始めたのは11時14分。そして、B地点で上の写真を撮ったのが11時29分。再びA地点に戻ったのは11時42分でした。

 

 

 

 C地点から野々海池を覗いたもの。
 写真の奥に見える地点をクローズアップすると、

 

 

 

 車で野々海峠方面に進み、「長野県最北端」の地点の紅葉の進み具合を見た後、D地点に戻り、平素は堤から見る「対岸」に下り立つことをめざして、下写真のところから林を下りました。12時半頃のことです。
 林の中を進み、「対岸」に近づくと、これまでこの地点を進んだ時には聞いたことがない強い水の流れの音が聞こえ、驚きました。「ひょっとすると、下りられないのか」と思いながら進むと、下りることはできましたが、こんな川(沢)が野々海池に流れ込んでていました。

 

 

 

 

 

 「川」の左手、上写真の手前は細かくなった木の枝や落葉が重なったもので、まだ柔らかい。
 しかし、その先は少し高くなり、しっかりした地盤。堤が完成して野々海に池が出来る前の地形ですね。この高いところを進んで行って、先端部分まで行って撮影したのが、このアルバム冒頭の写真です。
 立ち木のまま池底に消えたはずの木々の姿がたくさん見えました。

 

 

 

 紹介したい写真はまだまだたくさんありますが、紙幅の制約がありますので、今回はここまでとします。


山では秋の気配を少ーし感じる

 

 今日8月12日、お昼前に野々海に行きました。目的は、水不足問題が深刻化している中で、水内(みのち)地区の田んぼに水を供給し続けている野々海池の水位状況を撮影記録すること。
 野々海池は平年と較べると水位が大きく下がっていますが、まだまだ大丈夫。
 そして、野々海では別の“収穫”もありました。
東窓(ひがしまど)(キャンプ場の横手に広い湿地)を訪れると、ナナカマドの葉が色づき、また、湿地の草は緑色が抜け始めていて、うっすらと草紅葉の始まりを感じ取りました。

 


 7日にもほんのわずかな時間、野々海を訪れ、濃い霧の中で半袖のシャツの腕に少しばかり肌寒さを感じました。その時と比較すると、今日は肌寒さを感じることはなかったのですが、結構歩き回ってもそんなに汗をかくことがありませんでした。
 野々海池は標高1,000m。やはり下界とは別世界ですね。

 


野々海の三叉路の池でも草の色づきを感じます。

 

 

 

 下界に下りてくると、数日ぶりに国道では31℃の気温表示。暑いです。ただ、昨夜は午後10時を過ぎると気温がぐっと下がり、窓をすべて閉めて就寝。7月末からそういう日が少なからずあります。関田山脈(標高1,000mの山々が連なる)の上では、季節の分岐点をこえているのだと思います。

 

 

野々海池の水位状況
 さて、野々海池の水位の状況です。
 7日に訪れた時は霧が広がり、斜樋の周辺しか見えませんでした。池全体の様子を見たのは7月22日が最後。
 軽トラを降りて、池への道を歩き始めてすぐに池の対岸の地面が大きく出ているのが目に入り、やはりいくらかの衝撃を受けました。その時の写真が次の写真です。

 

 

 

 あと3枚、紹介します。

 

 

 斜樋のところの様子です。斜樋を囲む鉄の網が錆びて赤茶色になっている部分が満水時あるいはそれに近い時は水に浸かっている部分。

 

 

 これは、斜樋と余水吐の間のコンクリート製の堤の部分。
 こういう姿を写真に撮った記憶は最近ではありません。

 

 

 こちらは斜樋の内部を撮ったもの。水路への水の取り込み栓が少し水に浸かっているのは14段目の栓です
野々海の水管理をされている月岡英男さんによると、「いったん17段目まで開けたが、10日〜11日の雨で水位が上がり、17段目は閉めなおした」とのこと。今日は14、15、16段目の栓が開放されて野々海水路に水が供給されているのだと思います。
なお、斜樋をめぐっては老朽化で網がボロボロ化し、水管理にも支障をきたしているという問題が今年生じています。この問題については機会を改めて詳しく紹介します。

 

 

<今日の記事の終わりに>
 ブログへの記事のアップは久々です。この前のアップが7月24日ですので、約20日ぶりということになります。こんなに長い間ブログ投稿なしというのは5年ぶりくらいのことです。
 事情を申しますと、あまりの暑さで体調の維持が非常に大変になり、動きを当面する最重要事のみに絞っていました。「これだけはやらねば」ということをめぐっては、この約20日間もかなり長距離の移動もしていたのですが、いつものように色んなところで写真を撮るという動きは極度に減っていました。意識的に減らしたというよりも、体がそのようには動かなかったというほうが正確なのではないかと思います。
 今日は、この何日かあまり暑くなかったこと、睡眠時間を長めにするなどの努力等でかなり動ける感じが回復してきて、午前8時頃から森農業改善組合のソバの種蒔きの撮影を始め、その後、スキー場から野々海にぬける道を通って野々海に行きました。この20日間ストップしていたカタクリ群生地での草刈り作業も再開できそうな感じがしています。
 今日以降も無理はしないように気をつけますが、徐々に活動量と内容を上げていきたいと思っています。

 

(了)


野々海池の様子

 

 野々海池をよく知る人でも、あまりご覧になったことがない池の姿ではないでしょうか。
 今夏は野々海池の水がどんどん減り、22日朝、干上がった土の部分をつたって池の西端まで歩いて行ってきました。上の1枚は西端にかなり近い地点で東方向を撮影したもの。野々海池が東西に長い池であることがよくわかると思います。

 

 これが野々海池の西端です。滅多に見られるものではありません。
 昔は野々海池の周りをグルっと一周できる道があったそうですが、今は雑木がいっぱい生えて、とても歩けません。信越トレイル絡みで、その道を復活させようという話を数年前に聞いたことがありますが、その後、具体的な動きはないようです。
 野々海の豊かな自然を存分に味わえるようにするためにも、野々海池周回路づくりに挑戦してみたいなあと思うのですが…。
 下写真は池の西端近くで撮ったもので、ノリウツギだと思います。

 

 

● 斜樋の囲いが壊れています。今秋に修繕が必要

 

 

 上の写真は野々海池の斜樋(しゃひ)(野々海水路への水の取り込み口)の様子を写したものですが、斜樋を囲む網がなくなっています。下の写真は、水番の月岡英男さんがボロボロになって水中に落ちた網の屑が水路に入り込まないようにすくい上げているところ。

 

 

 水の取り入れが終わる9月上旬以降に全面修復をする必要があります。作業には水利組合員が出るとして、資材費などの面では村の支援が必要だと思います。


野々海祭り

 7月1日、恒例の野々海大明神祭が開催されました。昨年の土砂降りとは対照的な快晴。日曜日とも重なり、大勢の人たちが参加されました。その様子を写真で紹介します。

 


神官とお供えを持つ役員の人たちの入場

 

神事の後、堤の上で栄太鼓の披露

 

大勢の人たちがテントの中でタケノコ汁に舌鼓をうちました。

 


キャンプ場炊事場で山菜などの天ぷら調理。

 

野々海祭り参加者へのタケノコ汁の振る舞い。今年の当番は平滝区でした。平滝のみなさん、美味しいタケノコ汁、有難うございました。


野々海池の水の減り方が今年は早い

 

 上写真は、6月13日午前に撮影した野々海池の水取り込み口の様子です。
 金網があるために見えにくいですが、取り込み口の1段目、2段目の栓が見えています。6月3日の普請・通水以降に、もうそれだけの水がなくなったということです。もう1枚、余水吐の様子の写真も。

 

 

沢から雪融け水が入って来ることももうありません。6〜7月に一定量以上の降水がないと、夏の後半は厳しい事態になりかねません。災害をもたらすような大雨は困りますが、適度の雨を期待したいものです。
 


ユキザサ、野々海ゼンマイ、赤コゴミ

 お茶のみでお浸(ひた)しが出されました(6月12日)。奥さまが、「こっちのおかかがかかっているの、何か分かりますか?」と一言。「いえ、わからないです」。「ユキザサですよ」。
 甘くて、美味しいですね。
 「どことで採れるんですか?」、「野々海です」

 そんな次第で、翌13日昼、気温が低い日でしたが、野々海に向かいました。とは言っても、野々海に行けば、どこででも採れるというものではありません。結局、村のおかあさんにご案内いただきました。

 


ユキザサ

 

 写真のユキザサは、白い花を咲かせた後だと思います。花が咲いている時は、「白い花がまるで雪のようだ」ということでユキザサの名前がつけられました。
 ユキザサが何株もあるところを写しましたが、背景に同じような色で存在しているものはユキザサとは限りません。ユキザサよりも背丈がずっと低く、小さなものがたくさん生えていました。案内して下さったおかあさんは、「それはユキザサではない」と言っておられました。ネットで調べると「舞鶴草」というものだと思われます。
 ユキザサの周辺には野々海ゼンマイもたくさん出ていました。次の写真です。

 


 近くには普通のゼンマイも出ていて、私は簡単には区別がつかないのですが、案内してくださったおかあさんはさっと見分けられます。この日、実地で示していただいた最大の違いは、ゼンマイの頭の部分が野々海ゼンマイはすべて綿になっていること(下写真参照)。

 

 

 

 ● 赤コゴミ

 さらに、赤コゴミもありました(下写真)。私も食べたことがあります。とても美味しくて、「普通のコゴミよりも高級品」と聞いたこともあります。私は「茎の色が違うだけ」と思っていたのですが、赤コゴミと青コゴミ(普通のコゴミ)はまったく別種のものなのですね。今回初めて知りました。

 


 赤コゴミは別名キヨタキシダで、イッポンコゴミとも呼ばれるそうです。普通のコゴミのように群生することがなく、せいぜい1本か2本だけがポツンと出るからです。それに対して青コゴミは別名「クサソテツ」。コゴミという名の由来は、「若芽の形が前かがみに屈(こご)んだ人の姿のように見える」ことにあるそうです。

 

● ダイモンジソウだと思います
 帰り際、木道脇に咲く下の写真の花を見ました。帰宅後調べてみると、ダイモンジソウのようです。開花からかなり時間を経たもののようですが。村人との会話に何度も登場しながら、私はまだ見たことのない花でした。この日は寒い野々海でしたが、収穫の大きい野々海行きでした。