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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村復興への歩みNo.334(5月3日付)

 

 4月26日、森集落の老人クラブが秋山郷へお花見に出かけました。
 この1枚は屋敷橋のすぐ近くにて午前11時近くに撮った記念写真です。後ろに二本筋の滝が見え、断崖に咲くオオヤマザクラが鮮やかです。素敵なところでしょう。この後に立ち寄った天池からの鳥甲山の眺望も素晴らしいものでした。
 昼のお花見の宴は切明の雄川閣にて。宴には秋山の地域おこし協力隊の三人にもご参加いただき、とても楽しい時を過ごせました。
 


鳥甲山眺望の絶好地点での耕作放棄地再開墾の取り組み

 

 

 鳥甲山(連峰)の素晴らしい眺めです。
 国道405号線の上野原〜栃川橋間からも眺望できますが、「じっくり眺めたいなあ」という場合、車のスピードを落としたり、停めたりでは、あまりゆっくり眺めていられません。
 道路からちょっと下って、じっくり眺められるといいですね。でも、道路の下はこれから草が繁茂すると、とても下りていけません。もともとは田んぼだったところなのですが。
 そこで相澤博文さんが地主さんの了承を得て、4月17〜19日の3日間、田んぼに生えて大きくなったヤナギやハンノキの木を伐採されました。(写真手前に見える木はその伐採木です。)
相澤さんは今回の伐採地のすぐそばで田んぼ2枚分を再開墾し、すでに2年間、ソバを栽培されています。
 「観光のあり方研究会」では、「この地を再水田化しては」という意見も出ているそうですが、問題は担い手です。上野原集落の高齢化を考えると、水田耕作の復活・持続には困難があります。当面、ソバ畑を拡大していくという相澤さんの実践が最も現実的だと、私も思います。この場で撮影した写真のアルバムをご覧ください。

 

 

 ブルーシートがかけられた農機が見えますが、そこがすでに2年間、ソバが栽培されたところ。

 


          山人参

 

       シシウドの若芽

 

 相澤さんが経営されているヒュッテひだまりで食させていただきました。

 

 3枚上写真の中央から左下にむかって道が見えます。和山までのバスがまだ無かった頃、相澤さんはこの道を歩いて、和山の仁成館まで行かれたそうです。その道沿いにあるのが庚申塔。

 

 

 

 

 今回、ヤナギなどの木を伐採されたところ。405号線から下りやすいところです。伐採したハンノキはきのこの原木栽培に使われます。

 

 


栄村復興への歩みNo.332(4月13日付)

 

秋山郷の春景色が素晴らしい!

 10日、「復興への歩み」の配達で秋山郷へ。数日ぶりにポカポカ陽気。しかも、真っ青な空が広がる快晴。いろんなところで道草し、いろんな風景を写真に収めました。
 上の1枚は、10時19分に秋山林道の屋敷〜白沢間(まだ通行止めです*)で撮ったもの。
 真正面に見えるのは残雪がまだまだ多い白(しろくら)の頭(かしら)。手前の樹々は芽吹き始めています。今号ではこの日の秋山の写真を多数紹介したいと思いますが、とにかく「素晴らしい!」の一語に尽きる景色に数々出会いました。4月20日過ぎからは最高の春の行楽シーズンになると思います。村のみなさんも是非、訪れてみてください。
  *まだ落石等が多く、一般車両の通行は危険です。


秋山配達道中記2018年2月3日

 

 

 この2枚は、今日3日午前10時28分、秋山・上野原集落で配達のために車を停めた場所での撮影。
 車の周りはすべて凍結。車から降りて足をつけるところがありません。この道路、流水道路なのですが、道路の真ん中は水が流れていますが、両端は凍結。
 1月13日の配達時も同様の状態で、配達先の人に「凍っているので注意して下さいね」と言っていただきましたが、その時はまだ氷の上に雪があって、なんとか長靴に付けたスパイクで噛む余地があったのですが、今日は雪がなく、本当に困惑しました。
 なんとか着地して無事、この箇所での配達を終えましたが。

 

 今日は朝8時頃に秋山に向かいました(津南町上郷のスタンドでガソリンを入れたのが午前7時56分)。役場横の国道117気温表示では−4℃でした。
 まっすぐ和山集落に向かい、和山で9軒配達した後に上野原集落に向かったのですが、和山、上野原ではとにかく寒かった。足は靴下2枚の上に毛糸の靴下を履き、冬用の長靴を履いていますが、車を降りて歩くと、まるで氷水に足を浸けているような冷たさ。参りました。
 しかし、寒かった分、空気が澄んでいたように思います。天池で撮った鳥甲山。ご覧ください。

 


 構図はこれまでのものと同じですが、帰宅して写真データをチェックしてみると、1月20日などに撮ったものとは異なるものを感じます。なにか凛としている感じと言えばよいのかなと思います。

 

 天池の横の苗場山三合目に通じる林道、水道の関係なのか、随分と上の方まで道が開いていました。
 その道で撮った2枚をご覧ください。

 

 

 白樺と雪の壁。

 

 

 白樺の間に見える鳥甲山。

 この2枚は10時50分台の撮影です。
 次は、それより前、9時54分頃に和山の仁成館近くで撮ったもの3点です。

 

 

 

 

 中津川です。

 

 

 最後は午後に飛んで、2時41分、大赤沢から前倉橋に下る国道405の流水道路部分。雪庇落とし作業で片側交互通行。タイヤドーザーが排雪板を上にあげて、対向車の軽トラが通れるようにしています。

 

 

 この後、私もこのタイヤドーザーの横を抜けて下りましたが、その先にはバックホーとロータリー車の間、わずかなスペースを通り抜ける箇所もありました。

 


夢灯に行ってきました

 9月23日、秋山郷・上の原の天池で「夢灯(ゆめほ)」が催されました。
 今年で5回目。2年ぶりに行ってきました。

 


 上の写真は、私が鳥甲山連峰をよく撮影する場所です。「夢灯」の案内図では「第2天池」と紹介されています。
「夢灯」は、津南町結東集落の石垣田で催されている「けっとのほかげ」にヒントを得て開始されたものです(信毎10月2日記事参照)。
 その意味では、天池にたくさんの灯が浮かぶ様子を写した写真をたくさん紹介するのがいいのだと思いますが、私は三脚を持たずに歩くので、手振れが生じて、正直なところ、あまりいい写真は撮れていません。以下は、私が強い印象をもった場面の写真を、少し説明をつけながら、掲載します。

 

 


 今年の夢灯には、栄村の姉妹都市・横浜市栄区の「ぽかぽか劇団」の方々が来て下さり、「ぽかぽか劇団」と共に活動されている「和太鼓『昇龍』」のみなさんが素晴らしい太鼓演奏と舞いをご披露下さいました。上の2枚はその様子です。とても躍動感に満ち、切れ味鋭いもので、深い感銘を受けました。

 

 

 2017年度夢灯実行委員会委員長の杉森奈那子さん制作の会場案内図です。これも素敵です。

 


 

 女性が手に持つ筒を上下に動かすと、波の音のようなものが聞こえてきました。

 

 

 ぽかぽか劇団、昇龍のみなさんが天池まで胡弓などを奏でながら歩かれました。

 

杉森奈那子さん。

 

 

 村のあらゆるところから多くの人たちが来られました。

 

 

ふるまいで、おでん・うどんを用意してくれた「GO会」の若者たち。

 

 

 ボートに乗って点火するスタッフ。

 

 今年の夢灯では天池の奥の森の小径にウッドチップが敷き詰められました。歩いて、とてもいい心地がしました。

 

 

 

 夢灯、とても感動的でした。
 と同時に、「これから先が勝負だな」とも強く感じました。今回の夢灯を契機に天池周辺がとてもよく整備されたのですが、この状態を維持し、さらにブラッシュアップしていくのには大変な労力、持続力が求められます。微力ながら、そこに関わっていければ、と思っています。


 本号の最後に1枚の写真をご紹介します。
9月22日夕、国道117号線の大倉トンネルを出たところで偶然に撮影できたものです。

 


初秋の秋山郷

 

 秋の空だ。
 26日午後4時29分、秋山郷、国道405号線上の原付近で撮影。
 ピントを空に合わせているので、山は暗く写っているが、鳥甲連峰。

 「今日は絶対に秋山に行く」と心に決めていた。午前中、いくつかの用事が入ったので午前11時すぎの出発にったが、日出山線、鳥甲牧場経由で秋山郷に向かった。
 じつは前日の午後3時頃、スキー場の頂上で鳥甲山がくっきりと見えた。夏の期間、昼頃から入道雲のような雲がかかり、鳥甲山は見えない。それが見えて思ったことが、「ああ、夏が終わったんだ。秋が来た。明日、秋山に行ってみよう」ということだった。
上の一枚を撮った午後4時半頃、秋山郷は窓を開けて走ると、半袖の腕が寒さを感じる気温だった。おそらく気温は20℃をすでにきっていたと思われる。
 「復興への歩み」の配達があくまでも主軸なので、あまり多くの写真は撮っていないが、26日秋山郷の写真を紹介してみたい。

 

 

鳥甲牧場の五宝木大根畑と高倉山。午前11時48分。五宝木大根はすでに20日から出荷されている。

 

同じく鳥甲牧場。
真ん中奥に見える山は野沢温泉村の毛無山に連なる山々。

 

 

布岩の近く、秋山林道に入る手前付近からの鳥甲連峰。白(しろくら)の頭(かしら)などが見える。12:16撮影。

 

天池からの鳥甲連峰。ススキがすっかり秋の様子。12:31。

 

池には色鮮やかな蓮がまだ元気に咲いている。

 

 

蓮とキイイトトンボ。いずれも天池にて。

 

天池でカメラを東方向に振ってみた。秋らしい雲だ。

 

 

白沢を捉えてみた。結構、雪が残っている。このまま秋が深まれば、紅葉と残雪のツーショットが見られるかもしれない。

 

 


午後4時50分。屋敷の中津川縁から苗場山上の雲を撮ってみた。完全に秋の空。


 この後、午後6時半すぎに津南町で滅多に見られないような夕陽を撮影。
 夜9時半頃からは地元の森集落、健森田神社の祭礼。
 そして、夜遅くなると、気温はどんどん下がり、窓を閉めた部屋の中でも、夏蒲団では寒さを感じるほどになった。いま、秋雨前線の北側に位置している栄村はもう秋になったのだろう。秋雨前線の位置次第では再び暑い日もあるかもしれないが。

 


栄村復興への歩みNo.314

 

秋山郷は里帰りの子どもたちで賑やか
 お盆の14日午前、秋山郷・小赤沢で「釣り大会」が催されました。写真は「魚のつかみ取り」で魚にむかって突進する子どもたち。これは2回目のつかみ取りで、小学校高学年くらいの子どもたちが中心。1回目はもっと小さな子どもたちもたくさん挑戦していました。
 この催し、13日に配達で秋山を廻っている時に、「明日、釣り大会をやります。撮りに来られませんか」と声をかけていただき、出かけたもの。9時45分から11時58分まで2時間強の撮影でした。
 とにかく子どもの姿が多いのにビックリ。お盆の秋山郷に帰省する人たちが他の地区にも増して多いことは昨年、一昨年と目にしてきましたが、子どもたちの多さは初体験。本当に驚きました。子どもたちの年齢から推測するに、30歳代から40歳前後の人たちのお子さんと思われます。催しの主催者は青年団とGO会だそうですが、その世代の同級生の人たちが帰省し、秋山で頑張る若者たちと合流しているのですね。
 夜は盆踊り大会が催されましたが、そちらは残念ながら取材に行けず、「来年こそ」と思っています。 (2〜3頁に写真特集を掲載)

 

 

 

 

 

 

 

会場は元民宿「蛍(ほたる)の宿」です。元々、釣り堀がつくられていました。
 釣り、魚つかみ取り以外にも、焼きそば、焼肉、岩魚焼き、炭火でバームクーヘン焼き、マシュマロ焼きなど、さまざまなイベントが行われました。

 

 

 

 

 

  

 

 

 


雪渓に上ってみた

 

 秋山林道のミズノサワ。
 この雪渓の上に、一度、上がってみたいと思っていた。
 5〜6月頃は抜ける心配はないが、積雪が高すぎて、上がるのが大変。7月に入ってからは行く機会がなく、今日の午後行ってみたら、雪がかなり減っている。下手な上り方をすれば抜けて、沢に落ちてしまいかねない。
 コース取りを考え抜いて、無事に上り、下りて来られた。
 周辺に誰もいない状況だと、何かあった時が不安。偶然出会った長野市のライダーの人がずっと見守っていて下さった。感謝!!
 雪渓の上にいる時、志賀高原方面からツーリングの3台がやって来た。さらに、豊橋ナンバーの観光客4〜5名。下りてから、みなさんと話したが、「涼しい!」、「あそこ、芽吹きが始まったばかりですよ。」、「えー、ここは今が春なのね。」といった会話。

 

 

 

ミズノサワ全体像。
上空に雲がかかっているのが惜しいが…。

 

雪渓の上方に見える雪の断面をクローズアップ。

 

雪渓に上る途中に林道を見下ろす1枚を撮影。

 

雪渓の上にて。

 

雪渓の途中の滝。

 

 

林道脇の雪渓下を流れる沢。霞んでいるように見えるのは雪から出る水蒸気のため。この前に立つと、冷蔵庫の中にいるような涼しさ。

 


秋山国道405号線の改良整備の進展

秋山郷国道整備促進期成同盟会第41回総会に参加して

 

 6月7日、「秋山郷国道整備促進期成同盟会」の第41回通常総会(於:「萌木(もえぎ)の里」、津南町結東(けっとう))に公務として出席しました。いろいろと学ぶところがありましたので、ここにレポートすることにしました。まず、進展著しい国道405号線の改良の現況について紹介します。

 

●道路の幅を広げる工事などが進展

 

写真イ

 

 写真イは屋敷・上野原間で道幅を広げる本年度工事(380m)のうち、フクザワコーポレーションが担当する区間。写真から現在の倍の道幅になることがわかると思います。
 この写真は屋敷側から上野原方向を撮影したものですが、この工事箇所の先は昨年度に拡幅されています。

 

写真ロ

 

 写真ロはやはり屋敷・上野原間ですが、屋敷に入る村道との三叉路のすぐ近くです。こちらはマツナガ建設という会社が担当しています。
 この写真イ・ロの区間はとても狭く、とくに冬期間はアイスバーン状態になっていることが多く、私などは「ちょっと滑ると谷底へ」という恐怖を感じることがあります。
 国道405号線は国道ですが、国管理ではなく、県管理になっています。そのため、栄村の区間は長野県北信建設事務所が、津南町の区間は新潟県十日町地域振興局地域整備部が管理し、それぞれが管理区間の拡幅工事等を担当しています。したがって、写真イ・ロの工事は北信建設事務所の担当です。
 それに対して写真ハ、ニ、ホは新潟県の担当箇所。

 


写真ハ

 

写真ニ

 

写真ホ

 

 写真ハは清水川原付近。スノーカーテンというものを設置する工事です。すでに昨年度に施工された箇所もあり、写真ニがそれです。
 写真ホは、見玉の2車線区間が終わり、清水川原まで狭い1車線区間が始まるところ。ここで道幅を広げる工事が進められています。これは一昨年度からの継続工事です。


 ここまで写真を付けて紹介したもの以外にも種々の改良工事が進められています。
 直接的な背景としては、新潟県管理区間では平成18豪雪での見玉・結東間の通行止め、長野県管理区間では2011年の震災があります。これらによって国の各種交付金が交付されたのです


●期成同盟会の41年間にわたる努力の成果
 私は総会に出席し、総会資料に「第41回通常総会」と記されているのを見て、「?」と思いました。すると、総会が始まって間もなく、「41年前に期成同盟会を結成して以来…」という話がされて驚きました。なんと期成同盟会の歴史は1977年(昭和52年)にまで坂遡るのです。現在、期成同盟会の役員を務める福原和人氏などのお父さんの世代からの活動が今日まで引き継がれているのです。
 しかも、期成同盟会の運営のしかたが、道路の新設・改良をめぐって各地でつくられている「○○期成同盟会」というもの一般とは少し違うというのです。総会に提出された決算・予算を見ると、年額50〜60万円になっていますが、収入源の第1は栄村と津南町の秋山郷に暮らす各世帯が拠出する年間500円の会費なのです。第2は、秋山郷での道路工事や道路除雪に関わる地元建設業者等からの寄付金です。
 総会で議決権を有する人の多くは秋山郷の各集落の区長さん。寄付金を拠出している業者は来賓として総会に出席し、同盟会から質問等が出されれば答えますが、議決権は有していません。
 また、北信建設事務所や十日町地域振興局はトップが総会に出席し、前年度の事業実施状況、今年度の事業予定を説明し、また、地域からの質問・要望に丁寧に答えます。
 秋山郷における住民自治の実践という意味合いが非常に濃い期成同盟会なのだというのが私の感想です。と同時に、私は村議会の議員として、「平素、議会では秋山郷の道路改良等について、ここまで詳しく報告を受けたり、議論したりすることはない。議会の役割を十分に果たせていないのではないだろうか」という思いも強くしました。
 なお、この期成同盟会の結成の出発点には「未開通区間(切明〜群馬県)の開通」という願いがありますが、今日の時点で切明〜群馬県間の開通が必要かどうかという点に関しては、私自身は「貴重な自然を保全する方が望ましい」という観点を重視して検討すべきだろうと考えています。
 秋山郷国道整備促進期成同盟会については学び始めたばかりですので、今後、さらにいろんな方々からお話を聞いて勉強し、みなさんに改良工事の進展状況とともに報告していきたいと思います。


鳥甲牧場と五宝木の遅い春の訪れ

 

 鳥甲牧場でようやく本格的に土が見えてきた。
 5月8日午前8時9分の撮影。
 午前7時すぎに上郷のスタンドで給油をして日出山線へ。
 鳥甲牧場に入った時はまだほとんど雪景色だったが(次頁写真)、牧場の中心部まで進むと、上の写真のような様子が見られた。

 

 

 

 1頁の写真を撮った時に高倉山も撮ってみた。

 

 

 

 

 その後、五宝木集落に向かい、8時19分の撮影。
姿が見えるのは阿部文夫さん。阿部さんは日出山線が開くと同時に五宝木に通われていたが、もう五宝木の家に戻って畑をやっておられた。
 畑に見える緑色は行者にんにく。

 

 

 

 

 五宝木集落の下(しも)の方に進んで驚いたのは、まだ森におられると思っていた山田政治さんが畑におられたこと。「3日に戻ってきた。子どもに畑を耕起してもらって」とのこと。
下の一枚は政治さんの家の手前からの眺め。