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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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里でも紅葉が見られるように

 

今朝(10月4日)8時頃、配達に廻る中、森宮野原駅近くにて。
右は柿の木。左は桜かな。

 

 

秋桜が綺麗だなと思うところが時々あるが、これはその中で傑作の部類ではないか。
笹原集落にて。青空ならば、もっと映えるんだが。

 

 

北野川上流の台風19号道路崩壊箇所の復旧工事現場付近にて。


ここは地層が面白い。

 


10mくらいの間だけで、その前後はごく普通の感じ。

 

 


こういうものを説明できれば楽しいだろうなと思う。ちょこっと本を齧り始めたが、なかなか大変。

 


栄村復興への歩みNo.391(8月26日付)

 

 

 暑い日が続きますが、朝晩はかなり涼しくなってきました。標高1000mの野々海や深坂峠に行くと、じつは紅葉が始まっています。写真は25日朝の深坂峠附近。低木の紅黄葉が進み、ナナカマドの葉も色づいています。大雨や暴風なしで稲刈り期を迎えられるよう、祈念しています。

 

村の団結で、適切なコロナ対策を進めよう
 新型コロナ感染症は、7〜8月の第二波のピークは超えたとも言われていますが、長野県では24日に過去最高の11人の新たな感染者が確認されています。完全な収束はむしろ期待薄で、あっという間にインフルエンザ流行期と重なる11〜12月を迎えそうなかんじです。
 率直に言って、「コロナ疲れ」が溜まってきていると言わざるをえません。しかし、新型コロナをのりこえるために、気持ちを新たにして頑張らなければなりません。
 村は8月20日の議会全員協議会で9月補正予算の骨子をあきらかにしました。それによると、地方創生臨時交付金第2次分約1億1千万円のうち約6千万円をひとまず留保するとしています。(秋〜)冬の新たな感染拡大に対応できるように財源を確保しておこうという考えで、適切な判断だと思います。

 

● きめ細かな対策を
 高齢者が多い栄村では、重症化の危険が高い高齢者を守るためにさらなる努力が求められます。高齢者と若い世代が同居する家族はとても神経をつかっておられることと思います。その感染症対策をご家族だけの問題にすることなく、種々のきめ細かい支援が必要です。また、村で暮らす高齢の方と都市部で暮らす子供・孫との接触が「不要不急」ではない事柄で生じるケースもありえます。やはりご家族だけの問題にすることのない対策・支援が必要だと思います。
 さらに、これまで直接的な影響があまり見られなかった農業において、コロナによる市場収縮を理由とする米価の下落という問題が出てきそうです。それに対しても迅速かつ機動的に対処していかなければなりません。
 大事なことは、村が団結し、一人一人の暮らしと命を守る、村ならではのコロナ対策をきめ細かく実施していくことだと思います。みんなで知恵を出し合って、ふんばっていきましょう。

 

7月の長雨の影響か、丈が伸びすぎて心配ですが、順調に登熟が進んで
います(23日撮影)


下高井農林高校を“地域の学校”として栄村みんなで応援していきましょう

● 活躍する栄村の農林高生たち
 この1ヶ月ほどの間に、栄村の農林高生が3人もテレビニュースに登場しました。3年生13名が穂保の堤防復旧工事現場を研修で訪れた際の広瀬海人君(青倉)、月岡虎太郎君(森)、高校野球夏季長野大会に部員不足で単独出場が危ぶまれた時、助っ人として登場した滝沢新史君(森)です。
 凄いことです。栄村のみならず、飯水・岳北地区全体で大きな話題になっています。

 

● 下高井農林高校は、「県が配置する」ものではなく、地域が創立した地域に欠かせない学校
 すでに本紙で何回も取り上げている県の「第挟高校再編」、県教委は「高校配置」という言葉を頻繁に使います。高校に進学する県下の15歳人口の推移を見ながら、高校数と配置場所を決めるという発想です。そして、下高井農林高校について、「在籍生徒数120人」を基準に存続か否かを決めようとしています。
 しかし、この考え方は根本的におかしなものです。
 そもそも下高井農林高校は県が創った学校ではありません。下高井農林の創立は明治39(1906)年のこと。下高井郡会(当時は郡に議会がありました)の議決によります。いから今年で創立114周年になります。

 

下高井農林高校(正門前から)


 下高井農林の創立をめぐっては、少なくとも3つのことを知っておく必要があります。1つは、地域の産業振興のために実業学校が必要だと地域の人たちが判断したことです。そのことを象徴するのが「農林」という校名です。明治時代に長野県内で設立された農学校は12校ありますが、林業を校名にしているのは木曽山林学校(明治34年)と下高井農林の2校のみです。「この地域の農業は……米作と畑作と養蚕などを合わせた農業の他に、それに次ぐ産業として、林業にも力を注いでいる」(『百年の歩み』長野県下高井農林高等学校創立百周年記念実行委員会刊、339頁)という認識があったのです。
 2つは、明治39年には下高井郡で2つの農学校が同時に創立されていることです。岳南の中野町に下高井農蚕学校が設立されます。1つの郡に2つの農業学校が同時に設立されるのは珍しいこと。岳南と岳北の人口比、岳南地域選出議員が郡会の中で占める比率の高さからすると、奇跡的なこととすら言われます。岳北の地域の熱情が岳北選出議員の奮闘を引き出したのです。
 3つは、穂高村(現在の木島平村は「昭和の大合併」で、穂高村、住郷村、上木島村の3村が合併して成立)が穂高村中村の旧穂高小学校の敷地と校舎をそっくり下高井郡に寄贈したことです。旧小学校の校舎といっても築10数年のものです。これがなければ、1郡2校の農学校の設立はありえなかったといえます。前頁の写真右手に2本の松の木が見えますが、これは「二本松」と呼ばれ、旧穂高小学校から引き継がれているものです(下写真参照)。

 


 以上の3点からわかる「地域にとって不可欠な学校」ということは、今日においても何ら変わりません。それどころか、私たちの地域の資源・特性を活かすこれからの地域づくりを考えた場合、「農林高校」の必要性はますます高まっているといえます。

 

 長くなるので、今回はここまでとしますが、下高井農林高校の歴史や現在の生徒たちの活躍ぶりをどんどん栄村民共通の認識として、「農林頑張れ!」の声を村じゅうに広げていきたいなあと思います。

 


安心安全な旅を企画し、コロナ禍に積極的に打ち克っていこう!

 大きな問題になっている「Go-Toトラベル」キャンペーンですが、少なくとも栄村及び長野県を見る限り、大きな失敗と言わざるをえません。
 東京でぐんぐん感染が拡大する只中で、キャンペーンを前倒ししたというのが最悪でした。キャンペーンが旅行しようとする人を後押しするどころか、「こんな時にGo-Toだなんて、感染が一挙に広がるのでは」と人びとを不安に駆り立て、逆に人びとの旅行意欲を削いだというのが実相です。

 

● 観光はけっして「不要不急」のものではない
 感染拡大防止のために「不要不急の外出は自粛しよう」と言います。たしかに大事なことなのですが、旅行・観光というのは果たして「不要不急」のものなのでしょうか。必ずしもそのようには言えないと思います。
 まず、栄村もそうですが、観光を重要な収入源にしている地域にとっては死活の問題で、けっして「不要不急」ではありません。第二に、旅行に出ようという人たちにとっても旅行・観光は「不要不急」のもとはかぎりません。人間にとって余暇というものは、ある意味では衣食住と同じように必要不可欠なものであり、余暇を快適に過ごすには平素の環境を離れ、自然豊かな土地でのんびりと過ごすことなどが最適なのです。1ヶ月や2ヶ月の短期緊急事態ならば「巣ごもり」も可能でしょうが、長期にわたる「withコロナ」の暮らしともなれば、やはり快適な余暇時間が必要になってきます。

 

● 「安心安全な旅」とは?
 タイトルに「安心安全な旅を企画」と書きました。コロナ感染が懸念される状況の中で「安心安全な旅」とはどういうものを言うのでしょうか。
 1つは、人混みがない大自然の中で、人との接触の心配なく時を過ごせる旅だと思います。
 栄村は、その条件にぴったりです。

 


雄大な鳥甲山を眺めながら雪原トレッキング
これは2018年2月のもの。人と人がちょっと密です。定員を5名くらいに絞れば安全でしょう。

 

 もちろん、大自然の中であっても、「野外だから安心」という思い込みで多くの人が集まってしまっては感染の危険が生まれます。今夏の野外キャンプ場などでもそういう危険性を感じるところはありました。実際に見てきて、そのように感じました。キャンプ場などでも通常の収容定員の半分以下に抑えることが必要でしょう。
 2つは、大自然の中とはいえ、宿泊や買い物をめぐって、地域(村)の人たちとの接触を回避するに十分な措置をとることです。ホテル・旅館やお店は、もともとそういうことを念頭につくられたものではありませんから、接触回避には相当の工夫と努力が求められます。
 今夏の感染拡大期に一定のお客さまを迎え入れた施設では、さまざまな経験を積んできているはずです。その経験をしっかりふりかえり、良かった点、足らなかった点を明確にして、さらに踏み込んだ積極的な手をうっていくことが求められていると思います。

コロナの時代は今までにない発想法を求めています。栄村はいま、そういう創意工夫に踏み出していかなければならないと思います。


「のよさの里」を何とかしよう

 「のよさの里」が4月から閉まったままになっています。「何とかしてほしい」という声が地元・秋山の人たちから出ています。
 施設に貼られている掲示には「コロナ感染症拡大のため休止」とありますが、実際のところは今年2月期に進められた指定管理の交渉がとん挫したためというのが真相です。新しい村政の下で何とかしなければならないと思います。
 「のよさの里」は、その立地条件から秋山観光のメインであり、また、秋山の人たちが集落の催しなどを行うのに不可欠の施設です。
 振興公社時代の経営実績から見ると、いわゆる「分家」の宿泊営業を採算軌道にのせるのは相当に難しいと思われます。ひとまず、キャンプや雪原トレッキングなどをメインに検討するのが現実的なのではないかと思います。
 前頁に「雄大な鳥甲山を眺めながら雪原トレッキング」という写真を掲載しましたが、これがヒントを与えてくれます。次の2枚の写真をご覧ください。1枚目には「のよさの里」の「本家」の建物が見えます。この雪原トレッキングはインバウンド客を対象に数年間にわたって「のよさの里」を宿舎・拠点として実施されてきたのですが、一昨年(2018年)は「のよさの里」が冬期間休業となったため、雄川閣を宿舎にして実施されました。写真は車で雄川閣からのよさの里に移動し、車から降りた直後の様子です。
2枚目はのよさの里から5頁の写真の地点に進む途中の様子を撮影したものです。

 

 


 この写真を見ただけでは、どこを歩いているのか、見当がつかないかと思います。じつは、写真の左手すぐに天池があります。のよさの里の敷地内の遊歩道のあたりを上って、この地点に出るのです。このトレッキングはスノーシューを用いていますが、「かんじき」でも可能です。実際、私はスノーシューではなく「かんじき」で同行取材をしました。
 このコースは雪崩の心配がありません。ツアーを実施された会社の歴代のガイドさんたちが何回も歩いて開発されたコースです。

 

 今回は、手持ち写真がある雪原トレッキングを紹介しましたが、同様の試みを紅葉期に行うことも可能でしょう。もちろん、地権者の同意を得ることや事前の草刈り等が必要になりますが…。
 建物施設や温泉施設だけでは人びとの満足・支持を得ることはできません。せっかく、「夢灯」イベントの関係で天池周辺の整備を進めてきているのですから、その投資と努力を無駄にしないためにも、こういう企画の練り上げとワンセットで「のよさの里」の復活に踏み出していくことが必要でしょう。意欲ある人たちが寄り合って、議論を積み上げていくことが求められていると思います。


秋の花

 

 

キツリフネ(上)とツリフネソウ(下)。
キツリフネは8月19日、秋山林道白沢近くの不動滝のそばで撮影。

他方、ツリフネソウは18日、野々海峠から菖蒲高原に下る林道の脇で撮影。

 


ウメバチソウ(梅鉢草)です。
いつも見る野々海池ではまだまったく見えません。深坂峠から松之山方向に少し下ったところで、高い崖面に一輪だけ花開いているのを見つけました。24日午後です。
まだまだ残暑が厳しいですが、秋を求めて山野を巡るのは楽しいものです。

 


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