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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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小滝のおコメをご予約ください

 私は特定の集落だけを支援するものではありませんが、昨春からいち早く集落の復興プロジェクトに取り組んでおられる小滝のおコメについて、最近も色々とお話を聞いていますので、小滝のおコメの販売に協力したいと思っています。


* 小滝の田んぼを守るために作付面積を広げた小滝の人たち
 小滝集落は20年前から稲作の共同化に取り組んでおられますが、共同化の対象は育苗と田植え作業に限られています。
 平素の水管理、畦畔管理、収穫、そして出荷は個々の農家の仕事です。
 昨年の震災で集落を離れざるをえなかった人、病気で引退せざるをえなくなった人、亡くなった人などが出て、今年、ようやく復旧した田んぼを誰がやるのかが大きな問題となりました。
 集落で何度も話し合った結果、ほとんどの人が作付面積をかなり広げることになりました。多い人は1町歩以上の拡大です。これを1俵15,000円程度で出荷していたのでは割が合いません。


稲がグングン成長する小滝の復旧田んぼ


* 素晴らしい復興プロジェクトを支援するには小滝米の購入がいちばん有効
 小滝集落は昨年4月、小滝復興プロジェクトチームを発足させ、若者も含めて、集落が一丸となって、復旧・復興に取り組んできました。地震から1年目の今年3月12日、NBS(長野放送、8チャンネル)月曜スペシャルで「ふるさと小滝―栄村震度6強からの1年」というテレビの特集番組も放送されましたので、ご存じの方も多いと思います。


NBSスペシャルのDVDカバー

 なによりも真っ先に取り組まれたのは田んぼの被害の徹底調査。表土だけでなく、耕盤もきちんとクラックを埋めるという画期的な復旧工事が栄村で実現されたのも、この小滝の取り組みがあってのことでした。                
 また、全壊判定を受けた公民館を自分たち自身の手で修復し、3つのお宮もすべて復旧しました。 
 さらに、昨年10月30日の古道歩きツアーの成功も実現されました。
 ある意味で華々しい成果ですが、しかし、これはまだ復興への序曲にすぎません。復旧した田んぼを守るために作付面積を拡大した人たちがきちんと報われるおコメの販売が実現できなければ、小滝の復興は進みません。
 ですから、小滝でこの秋に獲れるおコメをいい値でみなさんに購入していただくことが小滝の復興を最も土台のところで支えることになるのです。


* いま、前金払いのご予約を
 米作りをする農家にとって悩ましい問題は、いくらおコメを作っても、生産過程ではサラリーマンのように賃金が支払われるわけではなく、おコメが売れないことには収入がないということです。
 ですから、「安すぎる」と思っていても、出荷時点でコメ代金の仮払いをしてくれる農協に出荷せざるをえなくなるのです。
 そこで、復興支援には、ただおコメを買っていただくというだけでなく、いまの時点でこの先1年間、月々お届けするおコメの代金を前払いしていただくことが不可欠になるのです。
 仮に年間60kg(国民一人当たりの年間平均消費量、1俵相当)を購入していただくとなると、精米(白米)で3万円程度になるでしょう。3万円の支出は各家計にとって、けっして小さな金額ではないと思いますが、月々に換算すれば2,500円です。そして、お茶碗1杯分では30円なのです。
 復興への支援の思いを込めて、是非、前金払いの予約をお願いする次第です。
 小滝米の販売主体はあくまでも小滝集落の人たちですので、私は仲介をするだけです。メールなどでご連絡をいただければ、小滝の人につなぎますので、是非、ご協力・ご支援をお願いします。


* 小滝の人たちに求められる努力

 私が小滝の復興支援−小滝米の前払い予約を呼びかけるのは、小滝の人たちがお米作りだけでなく、先に書いたような販売努力をされることを前提としています。
 小滝米のいわばブランド化には、少なくとも、つぎのようなことが必要だと私は考えます。
 第1に、田んぼの地震被害からの復旧の歩みを記録化し、全国の人びとにお知らせすることです。小滝の人たちご自身が被害の様子や、被害状況調査、復旧計画づくりのプロセスを写真に撮ったり、図面化した記録を作ったりされています。そういうものを活用して、「小滝米、復旧・復興への歩み」のような記録物語を作ることです。
 第2に、震災よりも前の小滝集落の米作りの歩み(歴史)、先人の努力を歴史物語としてまとめ、発表することです。
 小滝は江戸時代、米を作れる土地・水がほとんどない、貧しい村だったと言われています。そこで、元禄時代(1680年代)に小滝堰が作られ(水の取り入れ口は大久保の山の中)、ようやく一定規模の田んぼができるようになりました。それでも、つい30年ほど前まで、小滝はたえず水不足に悩まされ、「他の集落が豊作の年は小滝は干(かん)ばつ」(夏に晴天の日が多いので他の集落では豊作になるが、小滝は水不足でコメがとれなくなる)と言われたそうです。
 それを打開したのが、林道・滝見線(現在の村道)がつくられるとき、大免沢川などから水を引く水路を道路の下に埋設してもらえるよう村に働きかけ、新しい水路を確保したことでした。
 こういう話(歴史)を小滝米物語として簡潔に整理して、提示することが有効だと思われます。
 第3に、おコメ−田んぼ−水の話だけでなく、小滝の環境の素晴らしさ、小滝の暮らしの営みなど小滝の全体像をお知らせしていくことです。
 先日ご紹介した古道・志久見街道沿いの炭窯跡などの話も盛り込んでいくと素晴らしいと思います。あの炭窯は樋口利行さんのお父さん光行さんが昭和30年代まで炭を焼いておられたところです。利行さんはNo.158(7月16日)で紹介した炭窯跡をさらに整備され、下写真のように炭窯の全貌が見えるようにされました。これは小滝を訪れる人、古道を歩いてみようと思う人を増やす非常に重要な材料になると思います。



 第4に、米の低温保存、精米・出荷発送作業を集落の人たちが共同で取り組む体制をつくっていくこと、さらには、月数回とか週1回でもいいので、小滝を訪れれば、古民家「隣りの家」などで美味しい小滝米とちょっとした田舎料理が食べられるような仕掛けを小滝の女衆が中心になってつくっていくことではないでしょうか。小滝の人たちは何度も中越被災地で復興に取り組み、成果をあげている集落を訪れ、見学されていますので、私がこんなことをわざわざ言わなくても、そういうことをすでにお考えでしょうが…。


志久見街道から見上げる

 おコメの産直ということでも、小滝が1つの復興モデルを実践的にきりひらいていって下さると、栄村の復興の道筋が具体的に見えてくるのではないでしょうか。
 栄村の復興をご支援くださるみなさま、よろしくお願いします。
 また、村内のみなさんでこのような取り組みを考えている個人、集落がおられましたら、是非、私にお教えください。

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