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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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いろんな人が栄村を訪れています

 下の写真は6月23〜27日の間(4泊5日)、フィールドワーク(現地調査)の実習で栄村を訪れた駒澤大学文学部地理学科のみなさんの記念集合写真です(森の駅の積雪8.75m記念標柱の前にて)。



 駒澤大学地理学科高橋健太郎ゼミは震災前から毎年、この時期に来てくださっています。今年は5つの班に分かれ、”興村営住宅の住み心地、∪珍匳戸遒粒堂箸硫姐罎陵獲茵Π嫐、「道の駅」のお客さんへのアンケート、Iターン・Uターン者へのインタビュー、ダ珍劼療弔鵑棔△箸いΕ董璽泙把敢困気譴泙靴拭N稠、半年後くらいに調査報告書をお世話になった人たちに送ってこられます。
 調査にご協力下さった村民のみなさま、ご協力ありがとうございました。

東山道(とうざんどう)の面影を追いながら、栄村の古道・旧道を歩く
 6月28日、須坂市の市川美津夫さんら「街道を訪ねる会」の人たちが飯山線桑名川駅から森宮野原駅の間を約4時間半かけて歩かれました(右写真は白鳥の善光寺街道を歩いておられるところ)。



 「東山道」というのは、「大化の改新」(西暦645年)よりも昔の時代、朝廷が蝦夷(えみし)の征討のために派遣した人たちが通った道だそうで、現在の長野市三才あたりから千曲川左岸を進んで白鳥に至り、白鳥から野々海に上り、越後の国にぬけたといわれています。
 白鳥にはその名前の由来として、野々海で道に迷った「ヤマトタケルノミコト」を導いた白鳥伝説がありますが、古来、交通路の重要なポイントだったのですね。
 また、白鳥から森までは善光寺街道の名残りを辿ることができます。
 このような歴史街道を楽しむ人も多く、栄村の歴史・自然資源を生かす一つの方法を示していると思います。

田んぼの草取りをするために東京からやって来る人

 

 上は6月29日、青倉・西山田の田んぼで除草機を押す小学6年生・山口瑛之(てるゆき)君。東京の小学生で、お父さんの良宏さんと一緒にやって来ました。6月1日は田植えもやっています。
 東京・駒場保育所の卒園生で、栄村への田んぼ通いはもう7年も続いています。
 前号でお伝えした加藤さんたちの小滝での田植えの記事をご覧になった柳在家の方から、「家(うち)の前の田んぼ、埼玉のボーイスカウトの人3名が来られて田植え・稲刈りをされているんですよ」というお話を聞かせていただきました。
 こういう都会から栄村の田んぼに通って来られる方々、「遊び心だろう」と言う方もおられるかもしれませんが、たとえ「遊び心」であれ、こういう人たちが来られて田んぼ・村が賑(にぎ)やかになることはいいことだと思います。
 

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