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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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思い出:飯山線を走るSL



 1971年に撮影された飯山線を走るSLです。
 撮影者は大山隆之さん。山口県のご出身で、現在は東京在住の方。奥さまの大山悦子さんが最近も栄村をお訪ね下さっているご縁から、「何か、お役に立てたら」と送ってきて下さいました。
 19日朝、雪の中を歩いて同じ地点に行き、森宮野原9時6分発上り列車が走る姿を撮影してきました。



 青倉〜横倉間のトンネルを横倉側へ出たところです。1971年の写真では千曲川が見えていますが、現在は線路脇に木が生え、千曲川が見えづらくなっています。
 客車を牽(ひ)くSLは1967(昭和42)年が最後ですが、貨物列車は1971年当時もかなり走っていたのですね。

渡辺うめ子さんの思い出

 写真を撮った後、横倉集落の渡辺利正さん宅を訪ね、奥さまのうめ子さんから思い出話をお聞きすることができました。
 
   「私は昭和23年生まれだけど、高校に通っていた頃、まだSL
    が走っていましたね。ディーゼルも走っていましたが、朝夕
    は乗客が多くて、3両くらいを牽くのでSLだった。当時は北
    信中学校の同級生だけで120人もいたから、たくさん乗った
    のですよ。」
   「高校の先生のご主人がSLの機関士さんだった。」
   「母の兄弟が飯山鉄道で働きたかったのだけど、実現しなかった
    んですよ。」
   「冬は学校の帰り、白鳥駅の手前(西大滝側)で雪が線路に溜ま
    って汽車が進めず、列車の中で夜明かしするなんてこともあり
    ました。」


飯山線のすぐそばの畑(線路の敷石が見えています)
渡辺さんご夫婦はいろんな作物をつくり、直売所に出される
 
 話は弾(はず)み、SL以外のお話も聞けました。渡辺さんご夫妻が若かったころ、冬は野沢温泉のスキー場に稼ぎに出られたそうです。栄村から一緒に働きに行った仲間の一人に大久保集落の人がおられたそうですが、その大久保の人はかんじきを履いて、毛無山から下って歩いて大久保に帰られたとのこと。野沢温泉からバスで飯山線の駅まで行き、飯山線を横倉で降りて、横倉から大久保まで歩くよりも、毛無山を下る方が早く大久保に帰ることができたというのです。
 私は最近、栄村の地形・大地への関心を深めていますが、たしかに毛無山から大久保集落へなだらかな山の斜面が続いています。

 次号もまた、この企画を続けます。みなさんの「飯山線SLの思い出」を是非、お寄せください。          
 

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