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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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2月21日という日



 「5年間を思い出す」は今日で5日目(第5回)になるが、会合の写真をTOPに置くのは初めてだ。今日2016年2月21日午後2時から森公民館で開かれた「森新井戸稼働状況説明会」の様子である。
 詳しいことは「復興への歩み」等で説明したいが、震災・中条川上流の山腹崩壊によって森集落の簡易水道の水源からの水の供給が不能になった。その後、森集落中条地区の白山神社近くに井戸が掘られ、2012年夏に新しい水道給水施設がつくられた。しかし、その後、水道から黒い水が出るという苦情が続出。水道水にマンガンが多量に含まれていることが原因であった。昨年、その対策として新しい井戸が掘られたが、その後の経緯が地元住民にきちんと説明されていない。そこで、森区(集落)が役場に説明を求め、今日の説明会に至った。
 会合では、長老クラスの人たちから厳しい声があがった。「震災から5年経っても、この状況。何をタラタラやっているんだ!」という弾劾も。
 村長は「復旧は終わった」と言うが、復旧すら充分ではないという現実。
 満5年目を前にして、深刻な問題が露呈してきた。私自身のこれまでのレポートの不充分性の反省を含めて、問題の根底にあるものを徹底的に解明していきたいと考えている。



2012年2月21日



 2012年2月12日はわずかな枚数の写真しか撮っていなかった。
 「2012年2月20日」で紹介した平滝のある家での除雪のボランティアがこの日も活動を続けて下さっていた。


2013年2月21日はやはり写真撮影なし。


2014年2月21日



 小滝集落の古民家「隣りの家」の修復工事のために、大雪の中、毎日、小千谷市から通って下さった星野工務店の人。



 屋根に迫る積雪の中での大変な作業であった。


 基礎の土台が2つ見える。
 元々は丸い石に柱をのせる古民家のつくりであったが、古民家の修復・保全にはその基礎を造り直すことが必要だった。
私はこの頃、修復資金の確保に不可欠の作業として、日々の修復作業の様子を写真撮影するために1日に2回くらいの頻度で小滝集落に通っていた。この頃の写真データを見ると、「これでもか、これでもか」と言わんばかりに古民家修復作業の写真が出てくる。


2015年2月21日



 国道117号線の栄大橋の下に飯山線の中条川橋梁があり、列車が走る姿を撮影している。
 2015年の2〜3月、私は飯山線の冬期の列車運行状況を知らせる記事を毎日のようにブログにアップしていた。私がこの秋に予定されるSLの飯山線運行を「復興への歩み」で大きく取り上げているのは単なる趣味の問題ではない。栄村の復興にとって飯山線の存在、その活用が非常に重要であることを、この5年の歩みの中で強く感じてきたからである。


 飯山線の列車の様子を撮影すると同時に、そのすぐ近くの中条川崖面の様子も捉えている。



 写真右手に水が落ちている箇所が見える(雪が消えているところ)。青倉集落から水路の水が中条川に落ちるところである。そこの崖面が崩れてきている。別の日に撮った写真のほうがその様子をもっとクローズアップしているが…。
 この崖面崩落箇所は2015年、県が行なった栄大橋下の中条川護岸復旧工事の一環として対策工事が行われ、崩落の危険はひとまずなくなった。しかし、この問題、村は県まかせで、村としては無対応であった。
 冒頭の森水道問題において、震災前の水源の復旧を、「山腹崩壊対策の治山工事(県が実施)が行われていて、水源復旧は無理」とする村の対応と、根っこにおいて共通するものを私は感じている。今後、「復興への歩み」において深めていきたい。
 


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