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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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2月24日という日



  今日2016年2月24日は激しく雪が降る時間帯もあったが、さかえ倶楽部スキー場では北信保育園の雪遊び。今冬2回目だそうだ。雪の山に登り、それから滑り降りる。
 子どもたちのパワーは凄い。付き添う先生方、大変ですが、まさに栄村ならではの保育。
 山は下の写真に見られるように、かなり高いもの。



 ある園児のおかあさんからお知らせをいただき、撮影に出向いた。
 写真はたくさん撮ったが、子どもたちの顔がわかる写真はまず保育園に提供し、保護者の方の許可を得たうえで公開する予定。


2012年2月24日



 「2月22日という日」の「2012年2月22日」で青倉〜四ッ廻り間の道路の道割りを紹介したが、その道割りを進めた先で雪に埋もれていた復旧工事現場事務所を掘り出す作業。横倉沢橋の復旧工事だったと記憶している。
 おそらくコンテナハウスだと思われるが、一冬の雪の重みによくぞ耐えたものだと感心したことを覚えている。



 上の写真の撮影地点の少し先、横倉沢橋。この橋を渡って左に折れると、青倉集落の四ッ廻りの田んぼゾーン。


2013年は2月24日も写真なし。


2014年2月24日



 なんということもない写真だが、森集落にある高齢者総合福祉センター横の道路の様子。
 凄い雪の山ができている。この山は、写真中央に見える狭い道の雪から押し出されてきたもの。
 13年12月から自分自身で村内配達を行なうようになり、村内のそれぞれの道路がどんなふうに除雪されるのか(雪を飛ばす先、押し出す先がないと除雪できない)、いろいろとわかるようになってきた。この1枚はそのことの記念のようなもの。
 
  
 この日、「復興への歩み」の配達で大久保集落を廻った私は、阿部家住宅の阿部マスミさんをお訪ねしたようだ。マスミさんがご覧になっているのは、阿部家住宅を訪れたことがある京都の大学生からの年賀状。2014年にはすでに結婚していて、「今春、出産の予定です」と書かれていた。その人はその後、2015年秋、お子さんを連れてマスミさん宅を訪れた。


 
 菅沢農場の一角にある堆肥センターの畜産農家・樋口和久さんが牛糞を搬入されているところを撮影。
 牛糞を主原料とする堆肥は栄村の循環型農業にとって不可欠のもの。震災で畜産農家が1軒だけになり、ピンチ。
 この年の春、阿部長野県知事が樋口和久さんの牛舎を視察したことが大きな転機となり、牛舎の規模拡大、震災前まで畜産農家だった人の畜産復帰への道が拓かれることになる。
 
  
 これまでに2回ほど紹介した小滝の古民家保全。
 雪の中で、外壁がはられていく。


2015年2月24日

  
 森集落の広瀬忠雄さん。
 農作業用の資材などを入れてある建物(写真右上に屋根が見える)の前の除雪。
 もうこの時期になると、百姓をする人は春の農作業の段取りを考えて、いろいろと動き出す。
 
  
 国道117を走る排雪作業のダンプカー。2015年はすごい台数だった。今年2016年はほとんど見かけない。除雪に関係する人は今冬、稼ぎがない深刻な状況。
 
  
 中条川に架かるスキー場に向かう道の橋・貝立橋から撮影。
 1台のミニバックホウが除雪作業。
 青倉集落が中条川から水を取り込む大堰(おおせぎ)の災害復旧工事の再開のため。
 この復旧工事、直接には2013年9月の台風18号災害の復旧工事とされているが、元を辿れば、震災の中条川上流の山腹崩壊・土石流災害が大元。
 でも、災害復旧工事においては、震災との関連づけはされない。国の災害復旧工事の問題点の1つだ。

 


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