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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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野々海築堤工事等の写真記録

 ここに掲載する写真は、久保田晋介さん(旧姓は月岡さん、白鳥。現在は津南町羽倉在住)が保存されている写真をお借りして、画像をデジタル処理で復元したものです。
 これらの写真をきっかけとして、野々海築堤・開拓についてのみなさんのご記憶・思い出などを聞き取りしたいと考えています。また、ここに収録した写真以外のものをお持ちの方がおられましたら、是非、ご紹介いただきたいと思っています。
 ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
                                                       松尾 真

 

 

 昭和29年8月、築堤工事完了の直前に撮影されたと思われる写真です。
 元の写真が小さなサイズのものであるため、これが拡大の限界かと思います。お一人、お一人のお顔を確認するのは難しいと思いますが、「これは私だ」、「私の父だと思う」ということがあれば、是非、教えてください。

 

 「栄村復興への歩み」No.289にも掲載したものですが、「私はこんな作業をしたよ」というような思い出があれば、お聞かせください。

 


 「復興への歩み」No.289掲載の「余水吐放水路工事」の写真と一緒に保存されていたもので、昭和29年撮影と思われます。

 

 

 


 いずれも野々海からの水路をつくっているところですね。カーブの具合などから、私も「あそこかな?」と見当をつけたりしていますが、見覚えのある方、おられますか?

 


 上の2枚とともにアルバムに貼られていたもの。
晋介さんによれば、「現場で賄いをしてくれていた女衆。左は白鳥の月岡りん子さんのお姉さんのはず」とのことです。

 


 これもアルバムの同頁に貼り付けられていました。
 右は『水内開拓史』編集責任者を務められた江口一雄氏。左は久保田晋介氏。

 


 これ以降は、久保田晋介さんのご記憶では昭和46(1971)年に行われた野々海大明神に祀る大きな石を運んだ時の写真です。

 


 運搬作業が終わった後の記念集合写真。
 久保田晋介さんによれば、
 前列:左は島田義太郎さん、右は小口哲二さん(横倉、屋号「石屋」)
 中列:左端・広瀬重平さん(森、重信さんの父?)、左から2番目・半藤さん(白鳥)、右から3番目・横倉の屋号「長坂」さん(夏八木さんのお宅)、右端・島田丹右衛門さん(青倉、一松さんの父か?)
 後列:左端・斉藤さん(西大滝)、左から2番目・広瀬一郎さん(森、求さんの父)、真ん中・広瀬喜一郎さん(横倉、屋号「沖」)、右から2番目・月岡勇さん、右端・上倉さん(平滝、現在の「居酒屋野の海」の父か?)
とのことですが、いかがでしょうか。

 


 左から、久保田柳治さん(羽倉)、小林栄市さん(羽倉)、久保田晋介さん。
 羽倉のお二人は水路の請負などで野々海の工事に携わっておられたそうです。

 

 右から2番目は丹右衛門さん。

 

 

 先頭は丹右衛門さんと小口さん(「石屋」)さん。

 

 

 右上端の鉢巻姿は小林武夫さん(白鳥)、手前後ろ向きは晋介さん。

 

 真ん中に座るのは半藤さん(白鳥)。

 

 

 

 

 


小林武夫さん(左)と月岡勇さん。

 

 

 

 


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