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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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ひんご遺跡、今年の発掘調査で判明したこと

 ひんご遺跡で、8月24日午後、「報道公開」という説明会がありました。その説明会から、いくつかの報告をしたいと思います。

 

今年の発掘調査は517屐◆岼箙宗遺物の密度は高い」
 今年は6月1日から9月30日までの予定で発掘作業が行われています。今年の発掘面積は517屬如∈鯒と合わせた総面積は約1,800屬任后2爾亮命燭今年の発掘場所のほぼ全体を示しています。

 


 遺跡発掘現場は東西方向に広がっていて、この写真の上方に見える発掘場所の端が西端、昨年発掘した場所の端が東端です。南北の端は今回の発掘場所には含まれていません。北端は畑の下にあると思われ、また南端はフランセーズ悠さかえの前を走る道路の下ではないかと思われます。
 1,800屬箸いμ明僂楼篝廚箸靴討呂修鵑覆紡腓なものではないそうです。しかし、説明にあたった長野県埋蔵文化財研究センターの主任調査研究員・綿田弘実さんによると、「遺構や遺物が出る密度は高い」とのことです。
 縄文中期中頃〜後期中頃(約5,000〜4,000年前)の遺跡で、多くの遺構・遺物からその時代の暮らしの様子がいろいろとわかってくるようです。

 

土層、掘立柱建物、柱穴跡、硬い床面、脚付石皿など
 私は専門家ではありませんので、説明いただいたことをすべて正確に、みなさんに報告するだけの力がありません。強く印象に残ったことを写真とともに示します。

 


 上の写真、発掘場所の側面を撮影したもので、土層を確認することができます。大別すると3つの土層が見えます。一番上は現在の耕土です。2番目に黄褐色の層があります。これは火山の爆発で千曲川が堰き止められた時の堆積物が中心ではないかとのこと。3番目に黒褐色の層が見えます。この層から縄文時代後期の土器片などが多数出てきます。そして、その黒褐色の土層を取り除いていくと竪穴式住居の床部分などが見えてきます。
 説明会前に現場の撮影をした時、青倉集落の高橋咲江さんが丁寧に土を取り除く作業をされていたので(下写真)、「何を目安に土を削り取るのですか」と尋ねると、「色の違いです」と答えて下さいました。

 

 


 上の写真にはいくつも穴が見えます。これは掘立柱(ほったてばしら)建物の柱穴です。地面を素掘りして柱を立てるだけの住居で、竪穴式住居とは異なります。新潟県で多く出土し、掘立柱建物だけで1集落ができているというケースもあるそうです。下写真はその柱穴の1つですが、石が3つ見えます。柱を立てた後、しっかり固定するために入れられた石と思われます。

 


 今回も竪穴式住居跡、敷石住居跡が出ていますが、昨年の記事で紹介したので、今回は省略します。

 


 上写真は主任調査研究員の谷さんが、竪穴式住居の床の部分を示して下さっているところです。雨で流れ込んだ泥を掻き取ると、非常に硬い音がしました。まるで大理石の床のような硬度がある感じです。
 下2枚の写真は脚付(あしつき)石皿(いしざら)というものです。
 左写真が表側で、3面には縁(ふち)が付いていて、手前はそれがなく、掃き出し口になっています。右は裏側で脚がついています。

 

 

 

この地域の特性
 ひんご遺跡は、近現代の長野県と新潟県の境界地域に存在します。出土する土器には火焔型土器のように新潟県で多く出土し、長野県ではあまり出土しないものがあります。他方、新潟県では出土が見られず、長野県ではかなり見られる敷石住居跡が出てきます。
 縄文時代の日本列島は列島均一の文化に覆われていたのではなく、複数の文化圏が存在したのでしょう。その中で、ひんご遺跡が存在した地域は少なくとも2つの文化圏が互いに交わり合うゾーンだったのではないかと思われます。しかも、その交流には千曲川の存在が一枚噛んでいたのではないでしょうか。
 なお、調査関係者に、「ひんご遺跡で暮らした縄文人と、現代の平滝に暮らす人たちとの間に直接の関係はあるのでしょうか」という質問をしてみました。「わからない。ただ、この地域で今のところ、弥生時代の遺跡は出てきていませんね」というご返事でした。

 

<お断り>
 ぎっくり腰でNo.292の配達が遅れています。
 9月6日から村議会9月定例会のため、No.293を早く発行しました。紙面スペースの関係で書ききれない記事が多くあります。ブログもご覧いただけると幸いです。


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