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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌10月16日〜29日

16日(日) 今日も朝から快晴。しかし、午前中はずっと室内での事務仕事。
 午後は、有害獣対策の先進事例を見に、隣の野沢温泉村の虫生地区を訪問。突然の訪問にもかかわらず、とても親切、丁寧に説明していただいた。非常に勉強になった。その後、飯山豊田インター先の国道117のバイパス工事完成地の撮影に行き、トンボ帰りで、樓蘭でのハーモニカコンサートの撮影取材。その途中で、明日、信越トレイルへの送迎をする人の打ち合わせにも飛んだ。忙しい1日だった。

 

17日(月) 朝、6時40分に「吉楽旅館」に行き、信越トレイルを歩く人たちを天水山松之山入口まで送った。途中、山伏山が正面に見えた時の美しさに驚いた。「松之山入口」というのは、山伏山の無印良品キャンプ場からの道と大厳寺高原〜野々海の林道が交差するところ。ここまで進むとブナの黄葉が相当に進んでいて、さらに驚いた。
 迎えは、当初予定では「12時半に野々海峠」だったが、雨が止んだので、「午後4時に伏野峠」に変更。2時に出発して藤沢から山に上り、3時20分頃に到着。東南方向は青空。国道403という狭い道を上るにつれて、凄い紅葉に感動。

 

天水山〜伏野峠間8時間半を踏破されたみなさん。リーダーは
75歳、登山歴60年という方。


 送りと迎えの間は、「復興への歩み」No.296の編集作業。
 気温が上がった日中、汗をかいたまま動いたのがまずかった。夜、頭痛が出て、風邪の症状。

18日(火) 朝、起きると、節々が痛い。本物の風邪。しかし、9時から「議会報編集委員会」。1時間ほどで終了。
 日中、車を駐車させておいて、車に戻ると、車内が暑い。夏のような感じ。
 夕刻までにNo.296に編集完了。朝・昼に風邪薬をのんだのが効き、バタバタしているうちに、風邪の症状はぬけてきた。

 

19日(水) 朝、窓からの景色は真っ白。8時すぎに配達に出発し、まず、原向に行ったが、ずっと空が見えない。雲というよりも霧のような感じ。10時半頃になってようやく青空が見え始めた。野口、坪野、北野と廻り、極野集落に入る手前だった。前方すべてが青空!
 集落の中から見える山がとても綺麗。配達を中断して、集落から3kmほど奥の中電取水ダムまで上った。今秋一番の紅葉。取水ダム付近はクマがよく出ると聞いていた。最新の注意をはらった。
 山の田んぼに1枚だけ、まだ刈り取られていないものがあった。その後、別の田んぼで藁を取り出しているおかあさんに声をかけると、「土がやっこくて機械が入れない田をこれから私が手刈りしに行くんだ」とのこと。さらに、夜、友人に電話すると、「ああ、機械が入れなくて、おばちゃんが刈ってくれたんだ」という話。
 「極野の山でこんなに紅葉しているんだったら、野々海池も紅葉本番だろう」。そう思い、極野、中野の配達を終えた後、1時すぎ、平滝から野々海に上った。池に着いたのが1時42分。目に飛び込んできた景色を見て、息を呑んだ。全面紅葉だ。ただ、残念ながら午後恒例の霧がちょうど出てきたところ。青空の下での1枚とはいかなかった。しかし、写真を見た人はみなさん、感動してくださった。

 

野々海池の紅葉と霧


 その後、キャンプ場に行ったら、自衛隊の車両に出会ってビックリ。詳しいことは「復興への歩み」で。
 極野での配達途中から、風邪症状のぶり返し。今日はSLの初めての試運転で大騒ぎだったようだ。試運転を示唆するスケジュール表を確保していながら、きちんと見ていなかったので、私は山の中にいた。

 

20日(木) 昨日の野々海での紅葉をうけて、朝の野々海池を撮りたいと思った。部屋から山の上空を見ると、曇り空。ダメ元で上ったが、やはりダメ。野々海池は真っ白で対岸は見えず。こういう時は、野々海峠への道を進めば、紅葉の進行具合がわかる。
 かなり進んだところでマイクロバスの対向車。野々海に上る時に追い越したマイクロだ。私の方が相当の距離をバックして離合した。その際、ドライバーが窓を開けて、「信越トレイルに入るお客さんを送ってきたところです。関西からのグループ」とのこと。どこの車かを尋ねると戸狩温泉との答え。以前、野々海にスノーモービルで来た人に「地元にきちんと話をつけて来られたのですか?」と問うと、「はい」との返事だったが、「地元の誰?」とさらに尋ねると、「戸狩温泉の宿です」と言われた経験がある。県外の人は、野々海や信越トレイルの地元は戸狩という認識で、栄村という村があることを知らないことが結構あるようだ。自らを宣伝できていないわが村が悪いのだと言ってしまえば、それまでのことだが…。
 配達を挟んで、昼、もう1回、野々海へ。2回目はスキー場から山道で。対岸は見える状況だったが、曇り空でいい写真は撮れず。水番小屋から右手の湖岸に入った。数年ぶりのこと。元々、笹や低木をかき分けて進まなければならない状況だったが、最近はいよいよ人が入らないので、以前にも増してやっかいな状況。しかし、平素は見られない景色が見られた。
 配達は長瀬、横倉、箕作で98部。

 

21日(金) どうしても青空の下での野々海池を撮りたかったので、秋山に向かう前に7時半発で満タン給油の後、野々海へ。すっきり青空で、紅葉3日目にしてようやくいい写真が撮れた。深坂峠の写真も撮りたいと思って、キャンプ場方向に走ったとき、クマに出くわした。むこうがすぐに藪に入っていったが。夜、温泉で出会った知人から、「今朝、野々海でクマが出たって放送で言っていた。いま頃、野々海に行くのは先生くらいだろう?」と言われた。たしかに村の人は行かない。出会うのは村外から来た写真撮影の人たちと、キノコ採りの長岡ナンバー車。たしかにクマの問題から言えば、あまり行かない方が賢明だが、村の人たちにも紅葉の野々海
池見物に出かけてほしいとも思う。
 9時頃に下におり、秋山へ。日出山コースを通りたかったが、午前8時半からは工事で通行止めのため、117から亀岡‐中子に上がり、妙法牧場沿いに進んで、布岩方向へ。布岩から屋敷に下り、紅葉写真撮りのための長い、長い秋山郷巡り。最終的にはカヤの平を経て、木島平村におりた。木島平村役場に立ち寄り、木島平村長などが切明温泉を訪れてくれたことを報じた「復興への歩み」を「村長に渡してください」と職員に託してきた。その職員も私が撮った写真に写っている人だった。

 

21日午後、ミズノサワで出会った群馬県太田

市の人たち。「ここは少し先のところまで歩い

て振り返ると最高に綺麗です」とお話しすると、

中には駆け出して絶景ポイントに向かう人も。


 今年、木島平から切明温泉を往復する「高原シャトル便」が運行されているが、私の今日の経験からいうと、木島平からカヤの平に上がっていく時の景色よりも下る時の景色の方が数十倍素晴らしい。北陸新幹線飯山駅を活用し、飯山駅発→栄村→鳥甲線(県道秋山郷森宮野原線)ないし妙法育成牧場経由コースで秋山へ→切明温泉→カヤの平・木島平村というコースが最高だと思う。このコースだと、ちょうど切明温泉が昼食時にあたると思う。
 帰宅は午後6時。その後、一気に「10月21日の記録」を編集し、ブログにアップ。

 

22日(土) 朝早くに目覚めた。6時半過ぎに、窓からスキー場方向を見ると、最高の景色。実際はまだ紅葉はさほど進んでいないが、朝陽に照らされると、紅葉しているように見える。
 そういう景色を見ると、「水面に紅葉が綺麗に映る野々海池を撮りたい」という思いがむらむらと湧いてくる。すぐにスキー場から上がるコースで野々海へ向かった。この季節、日の出は遅く、日没は遅くなるが、変化はそれだけではない。太陽の位置が低い。里ではすでに陽が上がっていても、少し山に上ると陽はまさに上がってくるところ。

 

6時55分、初心者コースのリフト下り場付近で撮影


 野々海池はわずかに波があったが、昨日よりもいい状態。15日ほどではないが、いい写真が撮れた。ブログやフェイスブックでの反響は大きかった。
 午後は25日発送のお米の袋詰めなどで、配達はなし。

 

23日(日) 朝6時50分に旅館出迎えで信越トレイル松之山口へ送り。その後、「落石災害」ということで、もう3年間も通行止めになっている林道野々海天水越線を歩いた。
 当初は、松之山口の通行止め措置が簡単なものだったため、車で入ろうかとも思ったが、いつもの軽トラではなく、人の車だったので、歩くことにした。震災前には何回か、大厳寺高原から車で上がったことがあり、その紅葉の凄さに圧倒された。知る人ぞ知る紅葉の絶景コースで、深坂峠で「通行止め」の看板は恨めしそうに見つめる人が多い。私は、今秋、一度、深坂峠から歩いて下ろうと思ったことがあったが、断念した。深坂峠側の通行止めバリケードがきわめて厳重だったからだ。おそらく、工事担当の行政関係者が「深坂峠からは人が入る可能性が高い」と考えて厳重にしたのだろう。私はいろんな通行止め箇所を訪れているが、深坂峠ほど厳重なところは見たことがない。
 歩きは往復2時間。帰路は雨だったが、汗を掻くほど。工事は8月20日発注というもので、年間予算額も限られている様子。この調子ではさらに3年間くらい通行止めが続きかねない。
 たしかに落石災害の跡ははっきり見られるが、他所の事例から考えて、紅葉期の2週間くらいだったら、通行止めを解除しても問題ないとみた。来秋は少なくとも、紅葉期の土日の歩きくらいは許可するように関係方面に働きかけたい。信越トレイルに挑戦すれば、素晴らしい景色が眺められるだろう。

 

 

すごい絶景(上写真)が見えるが、180度展開すると落石対策の工事現

場。たしかに危険箇所ではあるが…。


 午後は米詰め作業の続き。夜は「お米のふるさと便り」作り。

 

24日(月) 「林活議連」視察研修で生坂(いくさか)村、安曇野市、塩尻市へ。「林活議連」というのは、議員になるまで、その名前も存在も知らなかった。安曇野では北アルプスをはじめ、信州の山々を360度ぐるっと眺望できる素晴らしい場に行ったが、それは“おまけ”。視察の内容と学んだことなどは「議員活動報告」で取り上げたい。
 夜は、お米の発送が明日に迫っているので、休むもなく、「便り」の編集の仕上げと発送の事務作業で遅くまで仕事が続いた。

 

25日(火) 朝6時前に起床し、9時まで発送の事務作業。9時〜正午は発送作業。
 一休みして、午後は青倉全戸の配達。配達時に、青倉の圃場整備と合わせての地区内道路の改良工事の様子を初めて撮影したが、なかなか手間のかかる厄介な工事のようだ。

 

道路除雪が困難な地区の「道直し」を圃場整備と一体で進めている


 今日は朝、厳しい冷え込みだったが、昼すぎから南風と思われる風が吹き、気温が上がった。
 青倉での配達の後、もうひと踏ん張りして、もう1地区廻ろうかとも思ったが、さすがに無理。10時半
頃に就寝。

 

26日(水) 5時半起床、7時すぎに出発で秋山へ。暖かい一日。今日は秋山での配達がまず第一で、写真撮影にかまけているわけにはいかなかったが、時間帯との関係で撮影が困難になる場所には適切な時間に行けるように配慮しながら、配達コースを決めて進んだ。
 21日に続き、今日もできるだけ観光客の人に話しかけ、ブログのURLと携帯番号を記した名刺を渡すようにした。夕刻に、その関係での電話が早速に入ってきた。秋山の人とも何件か、有益な話ができた。また、私の方ではお顔を見たことがまだ1〜2回しかない人から、「おお、議員もやりながら、大変だね。ご苦労さん」といった言葉をかけていただき、心強く感じた。

 

「天池」のそばで絵を描く栃木県の女性

 

27日(木) 午前9時から議会産業社会常任委員会と全員協議会。10時半まで。村の来年度予算編成が始まるので、議会としての提言をまとめるためのもの。率直に言って、「議会はこの程度のことしか考えていない」ということを自己暴露するものと言わざるをえないが、詳しいことは機会を改めて書きたい。
 その後、平滝で少し配達した後、頼まれたある仕事の手をうつために現場に行ったり、人と打ち合わせしたりで1時間くらい。
昼食を食べた後、「撮り鉄」の凄まじさを初めて見た。私自身は「秘密の場所」で上り列車を撮影。

 

私有地に勝手に駐車しようとし、車の尻を何度も国道に出しな

がら切り返しする「撮り鉄」の車。これでは事故必至!


 午後3時から急に気温が下がり、夜は冷え込み。午後6時前で8℃くらい。
 大量に溜まった洗濯を片付けると、もう5時半過ぎ。慌てて、午後6時からの「狩猟時期等における安全狩猟講習会」に出るため、役場に走った。狩猟者を対象にした講習会のような名称だが、10月5日のクマによる人身事故をうけて設定されたと思われるもの。私は人から聞いて、出席させてもらおうと思っていたら、村内放送でも告知された。講師は県北信地方事務所林務課の鳥獣対策専門員・松尾一穂氏。この人は随分と柔軟思考の持ち主で、対話ができる人だった。僭越ながら、私の方から質問と提案もさせていただいて、いい議論になりかけたが、講習会の予定時間は1時間程度だったようで、議論を十分に発展させきれないうちに幕切れ。しかし、手がかりはつかめた。
 早く終わったので、「吉楽旅館」に立ち寄り、SL撮影で宿泊されたお客さんと懇談。国鉄民営化で首切りの対象にされた元国労組合員の人。奥さまはずいぶんと若い方だったが、奄美大島のご出身とのこと。「冬の栄村を是非訪れて下さい」と勧誘。ご主人は上越の雪深い村のご出身。冬に来ていただける可能性は50%以上とみたが、さて、どういう結果が出るだろうか。

 

28日(金) ほぼ一日、ブログ記事の編集や原稿書き。
 配達にも出たいが、日中に原稿書きなどをする日を作らないと、「復興への歩み」等の発行ペースを守れないのも事実。10月は紅葉の撮影のための長距離・長時間移動、ブログ発信のための写真を中心とした編集作業が多かったので、とくに大変。
 27日のSL試運転の際の「撮り鉄」の動きを観察した結果をふまえ、「このままでは事故が起こる」と危機感を抱き、役場に対策を提言したが、どこまで理解してくれたか、不安だ。

 

29日(土) 朝9時前後に電話が入り、知人と合流して、クマの出没地点3ヶ所を案内してもらった。すさまじい状況。クマが「慣れ親しんだ」柿の上に作る“たな”というものも初めて見た。
 帰宅後、すぐに、「復興への歩み」次号に掲載するクマ関係の記事(3頁分)を書き、編集も終えて、案内してくれた人に内容に間違いがないか、チェックしてもらった。
 「復興への歩み」次号記事には書けなかった泉平の事例について、少し記しておきたい。
 ここの柿の木は、所有者が先日、波トタンと番線を巻く措置をとられたが、今季は残念ながらクマの活動に追い付かず、1本の木はすっかり食い尽くされた。案内してくれた人の説明で、クマ道に残された糞に、大きなものと、小さなものの2種類があり、子連れのクマだったことが判明した。

 


 上写真の真ん中やや右手に見えるのが件の柿の木だが、クマがやって来る道は写真後方の森の中から通じていて、箕作の奥の小箕作川のあたりに通じているらしい。それは、かなり以前に泉平の人から聞いた「泉平に上がる古道」とかなり重なり合う感じがする。そのあたりの「藪」の刈り払い、森林の整備と一体化させないと、柿の木の防護措置だけではクマ被害を防げないのではないかと思う。その「緩衝帯」の整備は個人の力には余る規模の大きな作業であるし、さらに言えば、集落だけでもやりきれないものかもしれない。しかし、そこに踏み込まないと、クマ被害から人と集落を守ることはできないのだと思う。

 昼の編集作業の途中あたりから、風邪の症状が悪化。体がけだるく、調子悪い。それでも、発送作業や午後4時からの会合に出席。その後、夜はテレビをつけながら、のんびり。早めに就寝。

 


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