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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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「山腹崩壊地からの絶景」の絵解きと、崩壊斜面工事について

I. 絵解き
 4日に公表した「山腹崩壊地からの絶景」、あまりの絶景なので、格別の説明も要らないと思ったが、1日経つと、いろいろ説明したくなってきた。まずは、「絶景の絵解き」にしばしのお付き合いを。

 

<1枚目の絵解き>
 1枚目(下写真)は、初めて撮影できた構図。

 


 7月27日にモノレールで崩壊斜面の最頂部に行ったときは、まだ“オーバーハング”(積雪で言えば「雪庇」にあたるもの)が除去されていなくて、最頂部に立っていること自体が結構怖くて、1枚目のような絵が撮れる地点を確保することができなかった。
 中条川の水の流れがじつにくっきり写っている。珍しい写真だ。
 ここから少し、「景色を楽しむ」というよりは、災害の厳しい現実をめぐる話。
 写真中央部に、川の中に円筒形の構築物が2つ見えるが、これが減勢工(セルダム)。震災後、いちばん早くつくられたもの。初めて見る人間には違和感を覚えさせるのではないかと思うが、震災後の土石流対策工事で、2013年秋の2回目の土石流の時に実際効果があったのはこれだけだと思う。
 その少し先(下流側)に見えるのは「谷止工」という堰堤。
 その「谷止工」と減勢工の左手に白い線状のものが見える。これは現在使用中の工事用仮設道路で、その道路の先端付近、およびその近くの川原に重機類が見える。やはり「谷止工」をつくっている。
 次に、この1枚目の写真の一部を切り取り、そこにいくつかのマークを入れたものを提示する。

 


 黄色で囲んだ箇所が2つある。より上流の方の黄色マークは「トマトの国」、そして下流側のもう1つの黄色マークは、いま現に私が住んでいるところ。
 青色のマークは国道117号線の栄大橋。
 赤線は、土石流は、地形との関係で、このように流れるということを示すもの。2つに枝分かれした右側(青倉集落に流れていく枝流)はちょっと中条川右岸の山にかかってしまっているが、おおよその見当をつけてもらえればよい。2つに枝分かれするのは、土石流が「トマトの国」のやや右寄り前方にある小高い丘にぶつかるため。江戸時代後期の善光寺地震の際の土石流はこの赤線のとおりに流れた。今回の2011年の土石流もやはりこの丘にぶつかり、やや威力を減衰させて枝分かれの右方向にのみ流れた。左方向に流れなかったのは、「トマトの国」の手前(上流側)に存在する杉林が土石流が真っすぐに進むのは妨げたためと考えられている。なお、この杉林は震災後の土石流対策工事で一定部分が伐採されたので、一連の土石流対策の最後に、この部分に導流堤が建設される予定である。
 なお、1枚目の写真、中条川左岸の崖面上、写真左手に2ヶ所、道状のものが見えるが、これが山腹崩壊地で工事する作業者が通行する道であり、もともとは森開田用水路および森上水道の水源管理のための道である。

 

 物騒な話はここまで。
 景色に戻る。
 写真の上方部分は、写真家が言うところの「とんでいる」状態、すなわち、雲で白くなったような感じだが、そこをトリミングで削ることはしないで、わざと原図のままにした。雲もあるが、いちばんの要因は朝陽が反射していること。肉眼では鳥甲山などが見えている。崩壊斜面最頂部に上がる前に「地上」で撮った1枚を下に掲載しておく。
 写真には千曲川も見える。四ツ廻りをまわって、北上してくる部分。千曲川より上に見える山々はもともとは千曲川の河岸段丘としてできたところ。村道滝見線と菅沢農場との間になる。

 


<2枚目の絵解き>
 さて、「絵解き」を2枚目の写真に進める。

 


 フクザワさんに「紅葉の季節にもう一度乗せてください」とお願いしていた最大の理由は、この2枚目の風景を撮りたかったことにある。
 本当のところを言うと、「今年はさほどいい紅葉ではない」と思う。多くの人がそのように言うのに対して、私は「みんな、毎年、そう言うのさ」と対応しているが、この箇所はたしかに今年はあまり良くない。
 昨年、紅葉が目的ではなく、崩壊地の状況撮影に行って撮った写真を後から見て、「ここがいちばん綺麗なんじゃないか」と思った。森集落に住まい、この尾根との縁も深い人にそのように言うと、「そうだ。栄村で紅葉がいちばん綺麗なところだ」という言葉が返ってきた。
 この尾根、地元では「中尾のつんね」と呼ばれている。中条川の上流である東入沢川(1枚目の写真に見えるもの)と西入沢川の間である。「つんね」とは「尾根」のことを言う地元の言葉。
 今では、この尾根に入る人はほとんどいないが、昔は青倉集落の人がこの尾根の中で畑をやっていたそうだ。

 

<3枚目の絵解き>
 位置関係でいうと、2枚目の「中尾のつんね」のつけ根にあたる部分。この尾根は三方(さんぽう)岳(だけ)から出てきているものと思われる。

 


 真ん中やや左から右下へ岩肌が剥き出しになっている部分があるが、この直下あたりが森開田水路のかけ口になっている。そして、この岩肌が剥き出しになっている部分のいちばん下の右側に白いものが見えるが、これが不動滝。そして、不動滝を落ちた水を森開田用水路に入るのである。
 6月に撮影した滝の様子を示しておく。

 

 

 この3枚目に見える斜面の下部は、私などには「近寄りがたい」と思われるところだが、山菜採り名人はこういうところに挑み、最高のゼンマイなどを採るのだと聞いている。

 

<4枚目の絵解き>
 最後に4枚目。

 


 3枚目で見た「中尾のつんね」のつけ根の部分−三方岳と天水山の間になる。
 7月27日の経験では、この方角の写真が撮れるとは思っていなかった。今回は足場が安定していたことと、落葉が進み、木の葉が妨げにならなかったので撮れたのだと思う。
 ここに写っているブナ林(画像では陽があたっていない部分)は、私が今年ずっと行きたいと思いながら行けていないところ。
このブナ林には、不動滝の横手の崖を上って行くそうだ。以前は、ここで地元の人たちがウドを採るなどしていたらしい。
私がこのブナ林に関心をもった最大の理由は、このブナ林が膨大な水を蓄えており、森開田の大きな水源になっていること。たしかに、森開田(水路)も基本は野々海池の水に頼っているのだが、他の集落が6月期から野々海の水で田植え等を行うのに対して、森は7月初旬あたりまでのほぼ1か月間、森水路(野々海池の近くにある円筒分水器から2kmほどの人工水路)には野々海の水を入れていない。4枚目の写真に見られるブナ林が涵養する水が不動滝から落ち、森開田用水路に入るので十分に間に合うのである。
 その他、この広大なゾーンには、善光寺地震後にできた平坦な地で森集落の人などが交錯した畑地の跡などが見られるはずである。
 2011年の山腹崩壊−土石流の後、専門家調査チームが一度入ったようであり、地盤の変化を計測するチームは滝の上に観測点を設けているようだが、昔のように山菜採りの人などが入らないので、草が茫々と覆い繁る場所になっているらしい。私が「行きたい」と思った今夏はまさに草が繁茂している時期であり、「来春の雪が消える頃に行くのがいい」と言われて、来春を楽しみにしていた。この日、この景色が見られたことは望外の喜びであった。
 なお、4枚目の写真の右手から左手にむけてのびる稜線は天水山のもの。信越トレイルはそこを歩く。ブナ林を取り巻く草原が刈り払われたら、天水山のトレッキングコースからの眺めは最高のものになるだろうし、天水山からこの「平地」に下るコースを設定することも可能なのではないかと思う。

 

 

II. 崩壊斜面工事などについて
 現在、1号崩壊地及びその周辺で行われている工事は主に3つ。
 第1が、崩壊斜面の法面モルタル吹付工事。第2は、1号崩壊地と2号崩壊地に間で建設中のN0.6谷止工。この2つはいずれもフクザワコーポレーションが担当。谷止工のさらに上流で、森開田用水路の頭首工(かけ口)の復旧工事(震災から6年目にしてようやく着手できた)が始められており、地元の廣瀬建設が担当している。さらに、来年は森簡易水道の水源とそこからの導水管の設置(埋め込み)工事が予定されている。


<法面モルタル吹付工事について>
 まず、工事の現状を写真で示す。

 


 1号崩壊地の斜面は」、上の写真に見られるように「流れ盤」という構造になっている。簡単にいえば、地層が水屁にはなっていなくて、東南方向に傾いている。
 今回の法面工事は、写真で赤線で示したところから上をすべてモルタル吹付する計画だったが、現段階で予算をほぼ使い尽くしたようで、赤線の少し上の部分が吹付に至らないようだ(来年度に追加予算がつくのか、この段階で工事完了となるのかは不明)。工事はもう最終盤を迎えているが、「水が流れるところは一番下まで吹き付けて、それで終わりです」というのがフクザワの責任者の話だった。水色の線を入れたところが「水の流れる箇所」のうちの1つである。

 

<貴重な自然遺産というべき崩壊斜面>
 6月頃だったか、この1号崩壊斜面の大半にモルタル吹付を行うという話を初めて聞いた時、私はかなりのショックを受けた。
 大量の土石流の源となり、多くの被害を生み出した根源であるし、今もかなりの石が落下してくる危険な箇所である。また、また、今後、三たび、大きな地震が発生すれば、この山自体がさらに大きく崩壊する危険も潜んでいる。
 だが、しかし、1号崩壊地斜面の地層が剥き出しになっている状況は、地質学や地震学にとっての格好の観察・研究の対象となるであろうし、自然と災害の観察学習会(ツアー)の格好のスポットになるであろう。
 モルタル吹付が行われると、それが見えなくなる。

 


 まさに「地層の標本」のような崩壊斜面である。

 ただ、私が6月に訪れた時も落石はかなり多く、この崩壊面直下を工事用に車両・人が通行するには危険な状態であり、「落石を防ぐため」というモルタル吹付工の必要性が理解できないわけではない。
 もっとも、私はこのモルタル吹付(かなり強力なものと説明されている)も、3〜5年を経ればかなり傷みが進行し、再び元の地層が(完全なすがたではないにせよ)見えるようになるのではないかと思っている。震災後にこの崩壊斜面の一角で行われたモルタル吹付工はそういう運命を辿っていることを見てきているからである。ひとまずは、まだ続く工事、とくに地元森住民にとって最重要の簡易水道導水管の埋設工事の安全の確保が最優先である。

 

<No.6谷止工>
 1号崩壊地からさらに奥の2号崩壊地に向かう途中の中条川に設置されつつあるもの。本堤の工事は終わり、いまは副堤の工事が進められているようである。

 


 この谷止工も降雪・積雪期を目前にして、間もなく完工すると思われる。
 この「谷止工」はそれより上流から下る土砂が下流に流れるのを防ぐことを目的としているようだ。
 大雨時に土石流が発生した場合、1号崩壊地から流れ出る土石流に含まれる土砂や岩石の容量を少なくするという意味では、意味があるものなのかもしれない。
 ただし、1号崩壊地よりも下流側でさらに複数の谷止工が予定されていることには賛成しがたい。谷止工で土砂の流れを止め、その結果として河床がさらに上昇することよりも、逆に土石流で溜まった土砂・岩等を除去し、河床を下げることこそが地元住民の願いだからである。

 

 最後に、これだけ大規模な災害発生地はそれ自体として歴史遺産としての価値があるし、広大に存在するブナ林の存在と地元の人びとの暮らしのつながりの歴史(現在の開田用水との関係を含む)、野々海池や天水山・三方岳の信越トレイルとの関係などを総合的にとらえ、この地を有意義に活用していくことが必要だと考える次第である。

 


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