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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌12月14日〜30日

14日(水) 朝から午後2時頃までずっと原稿書き。「議員活動報告」第9号。前日までに「前書き」的部分を書いてあったが、振興公社問題、切明温泉「源泉地買収」問題などの本題をいっきに書き上げた。
 今回の原稿には一つの苦心があった。全員協議会の非公開部分の扱いである。「非公開」とは言っても、法的に「守秘義務」が発生する「秘密会」ではない。だから、非公開会議の内容をそのまま書いても何の問題もないのだが、じつは「復興への歩み」11月9日付号外をめぐって、11月下旬にひと悶着あった。
 「松尾議員がネットにあげたものをめぐって『打ち合わせ』をしたい」という奇妙な「要請」を受けて、11月28日、私は議会事務局に赴いた。「号外」をめぐっては、この「要請」とほぼ時を同じくして、私の知人に村長から電話がきたとのことであった。そういうわけで、どういう事態が待っているのか、ある程度の予測をしていたが、事務局に行くと、議長だけでなく、副議長、議会運営委員会委員長もいて、事態は「予測」通りに進んだ。「松尾議員が言う通り、『秘密会』ではないが、あのように書くのは議員として問題がある」という趣旨のことが言われた。また、「同じようなことを繰り返すと、…」という話の中で、「懲罰」という言葉も飛び出てきた。また、「松尾議員はジャーナリストとしての立場が先に出て、議員としての意識が弱い」という趣旨の話も出た。
 私には到底受け入れられないもので、話は平行線のまま終わった形だった。そして、私が「振興公社の問題は重要なので、いろいろ調査・分析している。それも書くなということか」と問うと、「公社に断ってから」という返答。さらに、私が「それは新聞記者などが言うところの『裏どり』をしろという意味か」と問うと、「『裏どり』ではない。それはジャーナリストの発想法。そうではなく、記事について公社の了解を得てくださいということ」という返答。もう呆れかえって、何も言う気がしなかった。
 さらに、「会談」は終わったのかと思いきや、「松尾議員の一般質問通告の第3項目の3つ目は『11月8日の懇談会での森川村長の発言』云々と書いているので、その質問は取り消してください」という「注文」が飛び出してきた。私は、「振興公社の問題を質問から外すわけにはいかない」と主張し、その場で立ったまま、該当項目を「振興公社の現状について村長はどう捉えているか」という抽象的な表現に書き換え、12月定例会一般質問で振興公社問題を取り上げることができるようにした。
 今回の「議員活動報告」を書く上で、この一般質問が決定的な意味をもった。非公開の全協で出た公社赤字埋めのための村資金の投入額は「活動報告」に書かなかったが、森川村長は私の一般質問への答弁の中で、「3月まで営業を続けることができない」、すなわち経営破綻という核心問題を喋ったのである。
 「政治の寝技」のようなことは私にはできないが、正攻法で事の核心を衝いていくことはできる。村民のみなさんに報告しなければならないこと、伝えるべきことは、なんとか書けたのではないかと思う。
 ほとんど休憩もとらずに、6時間くらいぶっ通しでの執筆だったので、肉体的には疲れたが、心地よい疲れであった。
 夜は、訪ねた先で手作りのコロッケをご馳走になり、最高!

 

野田沢集落から望む関田山脈の山並みの美しさ(この頁に写真が1枚もないのも寂しいので13日の写真を1枚)

 

15日(木) 今日は雪が激しく降っていたのが、つぎには青空が出て太陽が燦々と降り注ぐ、かと思いきや、また雪が降る、という変な天気。そんな中、西部・中央、東部などで約60軒の配達。
 配達をしながら色んな写真を撮ったが、是非、紹介したいものが1枚。

 


 大久保集落で撮ったもの。
 玄関先のかなり広い場所の雪がきれいに片づけられている。一目見ただけでわかるが、ロータリーなどを使ったものではなく、スノーダンプ一丁でなされた仕事。見事という他ない。
 私の栄村暮らしも10度目の冬を迎えたが、最近はこういう光景を見ることが減ってきた。私にはこのような見事な仕事をする技も体力もないが、村の人でも若い人にはもうできないことなのではないだろうか。
 手前味噌になるが、この写真は “栄村の冬”を切りとった傑作ではないだろうか。

 

16日(金) 夜間は、早朝除雪を必要とするような降雪・積雪はなかったが、朝になってガンガン降り出した。
 しかし、今日は絶対に配達をしなければならない。
 午前、留守家だが、息子さん・娘さんが一定間隔で来られ、「復興への歩み」を熱心に読んで下さっているお家を訪ねた。11日の積雪以降は来られていないようで、玄関のポストへ、膝までスッポリ雪に入るところを進んだ。こういうのはまったく苦にならない。
 午後、いったん晴れたが、3時すぎから再び雪。2時すぎに家に戻り、4時に再び配達に出たところ、激しい降雪の中での午前の配達では感じなかった大気の冷たさ。配達は手袋ができないので、手が痛かった。温泉である人にそのことを話すと、「いっきに気温が下がったもの」という返答。昼間でも0℃だったから、4時以降は零下になったということだろうか。
 11日の大雪あたりからだろうか、足先がものすごく冷たくなる。昨年まではなかったこと。末梢の細い血管のめぐりが加齢で悪くなったのだろうか。昨冬、何十年ぶりかで足指の霜焼けになったが、その時、ある人から「お風呂の中で足の指先をマッサージするといい」と教えられた。今日、温泉で実践すると、たしかに足の指先が生き返った気がしてきた。
 今日の1枚は下のものにする。午前9時49分、白鳥集落での撮影。集落内道路にはまだ除雪車が入っていない状況の中で、狭い道に入っていく。

 

 

17日(土) 朝、森や東部で配達をした後、オープンセレモニーが行われるスキー場へ。
 今冬のオープンが17日と知った時は、誰しもが「雪のないオープンになるな」と思ったが、11日の大雪などが幸いして、「全面滑走可能」ではないが、ほとんどのコースで滑走できる状態でオープンを迎えることができた。
 私はいい絵を撮りたいと思っていたが、議員への案内状が来ていて、「公務」の一種の感じで、式典中は基本的に「隊列」の中に並ばざるをえなかった。式典中もかなり激しい降り。
 セレモニーは型通りに進んだ。挨拶は、村長、県議宮本氏、村議会議長、当間高原リゾートの代表者、信州プロレスのグレート無茶さん。あとの二人はこの日ならではの顔ぶれだが…。この後は、鏡割り、甘酒での乾杯。甘酒とイノシシ汁の振る舞い。振る舞いと並行して、デモンストレーション滑降が行われたが、さほどスポットライトが当てられたという感じではなかった。
 一言でいって、演出が下手だと思う。もう少し工夫できないか。「オープンセレモニー」という公式行事なので、型の踏襲が優先されるのだろうが、村の各種行事ではいつも「金太郎飴」のような顔ぶれでの挨拶が続く。たとえば、華やかなスキーウェアに身を包んだ子どもたちを主役にするとか、デモ滑降で滑り降りてきたスキーヤーがオープンセレモニーゲートにかけられたくす玉を割るとか、“絵になる”ことをいくらでも工夫することができる。“営業”はこのあたりから始まるのではないだろうか。
 セレモニーの後、場所を移して、知人と少し懇談。
 午後から天候は雨やみぞれに変わった。
 午後の配達はわずかだったが、森集落のいわゆる「谷」というところに行った。その時に撮った1枚が下のもの。この先を進むと、11月19日、SLをバッチリ撮影した地点がある。だが、ご覧のとおり、もうかなりの積雪。除雪されないところなので、SL撮影地点にはもう春まで行けない。あの写真は好評で、壁に掛けるための写真用プリントをして、お届けすることもしている。

 

 

18日(日) 朝早くから平滝、白鳥などで配達するとともに、快晴なので、各所できれいな雪景色を撮影。さらに、スキー場を訪れ、スキー客の様子を撮影。子どもたちの姿が目立ち、そこに焦点を当てての撮影が多くなった。
 午後は急きょ設定した「12月議会報告と懇談の会」。本当に急きょの設定で、せいぜい30人くらいにしか声をかけられなかったが、18名も集まって下さって、有意義な集まりになった。私が「議員活動報告」に書いたことをめぐって色々と質問が出されると同時に、「議会では〇〇のようなことには疑問や意見は出ないのですか?」という声が相次いだ。率直に言うと、私自身もわずか7ヶ月余の議員生活の中で慣れてしまったりして、問いかけすることを忘れてしまっているような、しかし、大事な事柄である。議会をめぐって、もっともっとみなさんと議論する機会を増やし、議員活動のあり方を常に刷新していかなければ、と強く思った。
 夕刻、もう一度、スキー場へ。午前中にスキースクールで練習を始めた4歳の子がどこまで上達したかを知りたかったが、時間が遅くて、スクールの関係者ももう帰っておられて、その点は取材できず。
 スキー場での子どもたちの様子を撮影し、ブログ記事を編集していて思ったが、スキーでの集客そのものについての宣伝の工夫が必要なのだと思う。一昨年だったか、「非圧雪」のコースを開設した時はTVで取り上げられ、評判になった。子ども用のスキースクールは「さかえ倶楽部スキー場」だけに限られたものではないが、提供されるサービスの質の高さは他に比べて誇れるものだと思う。当間リゾートからお客さまがかなり来る理由の1つも、これだと聞いた覚えがあるが…。「商品売り出しの工夫」が大事なのだ。今冬はくりかえしスキー場を訪れ、宣伝の素材を集めたいと思う。

 

 

 上の写真は、スクールで練習する4歳の男の子と、少し大きな女の子。平らなところで、おそるおそるスキーを履いて歩き始めたが、数分で結構歩ける(滑る)ことができるようになった。男の子は「先生」にウェアを直してもらっている。こういう場面、いい絵だと思う。

 

19日(月) 今日は予定通り、秋山へ。森を9時すぎに出発し、途中で何枚かの写真を撮りながら小赤沢に入ったのが10時半すぎだっただろう。
 配達は小赤沢、屋敷、上の原、和山で計60軒。天池で「遊んだり」、何回か人と話し込んだので、秋山の全戸を廻りきることはできなかったが…。
 405を津南に下りたのはもう暗くなり始めるころだった。帰りの途中からか、かなりしんどくなってきた。天池での「遊び」でかなりの汗をかいた後、タオルで背中などを拭いたが、少し風邪気味か。鳥甲山連峰の南の方の様子を「まさにカミソリの刃」と紹介するブログ記事を編集・アップして、今日は終わり。

 

20日(火) 明後日22日は青倉米の年末発送日。この10月から再び、青倉米の産直の責任を負うことになったが、それと合わせて、クロネコとの契約の変更を行なった。
 これまでの契約は2007年か08年かに結んだもので、いまでは超格安。運賃が少し上がる形で契約を更新した。少しは先方の事情も考慮に入れないと、持続不可能になってしまう。というわけで、契約更新はそれでいいのだが、「送り状」の発行システムも変更になった。
 その発行システムを今日試してみたのだが、まったくうまくいかない。サービスセンターに問い合わせの電話をしながら、なんとか発行に至ったのは昼すぎの2時半ころだっただろうか。午前中から始め、なんだかんだで5〜6時間、試行錯誤を繰り返した。
 そんな次第で、今日は配達に廻れず。

 

21日(水) 今週に入って気温が高く、朝の路面凍結のおそれが基本的にないので、午前7時前に配達をスタート。8時半すぎまでに54軒。

 

日の出と朝焼け(7時47分、横倉から)


 その後、「復興への歩み」の次号、300号記念号の一部となる写真アルバム「栄村の四季を楽しむ」の編集。急いだのは、通常、青倉米の発送に添付する「お米のふるさと便り」の替わりとして使用するため。
 午後遅くになんとかひとまずの完成にこぎつけ、午後4時少し前に
 再び配達へ。月岡などで53軒廻り、今日は久々に三桁の107軒。これはよかったのだが、配達が終わると同時に、どっと疲れが出て来て、異常な疲労感。

 

22日(木) 朝起きると、体がだるいまま。こんなことは滅多にない。おそらく熱がある。といっても、私は平熱が35℃台なので、体温計で計っても6℃少々だろう。
 とにもかくにもお米の発送を終えなくてはならないので、午後4時すぎまで踏ん張った。
 ヤマトに荷を引き渡してすぐに診療所に走ったが、「都合で本日は4時で終了しました」という掲示。やむなく、津南駅近くの古藤医院へ走り、薬をもらった。医院までの往復の運転時は少しふらつき感があった。10時頃に就寝。


23日(金) 風邪で完全にダウン。
 ただ、朝方と夕刻に窓からスキー場の様子を撮影し、ブログに「雪よ、戻って来て!」をアップ。

 

24日(土) 依然、調子が悪い。私は風邪薬がすぐに胃に響く。月に1回、睡眠安定剤と同時に処方してもらっている胃薬も22日から切れているので、土曜日もやっている古藤医院に再び走り、とりあえず4日分だけ処方してもらった。
 今日はこの医院行きで出かけた以外は引き続き静養。

 

25日(日) かなり具合はよくなり、午前中、平滝、泉平で配達。その後、スキー場の様子を見に行った。
 昨夜、雪が降ったが、積雪はわずか。それでもスキー場を楽しんでくれている人たちに感謝!! 午後、ブログ記事「もっと降ってほしかったけれど…」をアップ。

 

ソリ滑りを何度も、何度も楽しむ子


 昨日、「〇〇さんが11月18日に救急搬送され、入院しているが、明日、見舞いに行く。『復興への歩み』などを持っていってあげたいのだけれど」という連絡をある人からもらい、今朝、その人のところに届けた。その際、12月に入ってからのブログ記事も元原稿を印刷して届けることにした。印刷しながら見ると、「ほー、ほぼこの1ヶ月の天候と集落の様子の変化がわかるな」と自分で感心してしまった。

 

26日(月) 朝からあまり体調は良くなかったが、年末を目前にして、のんびりもしていられないので、午前中、野田沢、程久保、原向で配達廻り。
 程久保で景色が一変して驚いた。野田沢までと雪の量が違う。土が見えているところが少ない。さらに大久保から先は県道に除雪の跡が見られた。24日夜〜25日朝の降雪をうけて、25日朝に道路除雪が行われたのだろう。
 昼は、天地の克己さんが餅つきをすると言っておられたので、様子を撮影に。昨日搗いたお餅を昼食にいただいた。3つくらいペロッと食べたが、「やはり杵で搗いたお餅は違うなあ」というのが感想。

 

杵を振り下ろした後にグッと押す時の腰の入り具

合が違うなあというのが感想

 

 午後は極野、中野などを廻って、今日は90軒。その後、診療所行き。診察の順が回ってくるまでに予想外に時間がかかり、薬をもらうのを待っていると、予定していた宅急便の発送が間に合わなくなるので、いったん発送へ。そしてまた診療所へ。そんな次第でもう外は暗い時間に。
 夜は、仕事をしないように、テレビや読書で過ごした。

 

27日(火) 体調はすっきりし、午前中、飯山市の法務局へ。ある調べ事。種々の謄本を入手するのに計3,600円要した。さらに、その謄本から分かったことをさらに解明するために北信地方事務所へ。
 驚くようなことが判明した。さらに追跡調査が必要だが、これぞまさしく「政務活動」。「政務活動しました」と偽って、不正をやっている議員さん、自治体議員が何をなすべきか。よく考えてもらいたい。
 大いに成果があった調査だが、昼食を飯山で摂って、家に帰り着いたのは午後3時を回っていた。そのために昼の薬を飲むのが遅くなったせいでもないだろうが、夕刻、急にしんどくなってきた。無理して夕食を食べている最中にダウン。急速に体温が上がり、計っていないが38℃を軽く超えた感じ(平熱が低い私にとって38℃は普通の人にとっての40℃くらいの感じ)。こんな発熱は10年来なかったこと。

 

28日(水) 朝、起きると、熱は下がっていたが、頭がガンガン痛い。頓服薬をのんで、再度寝入る。
 正午前に目覚め、頭痛もいちおう収まった。
 天気がいいので、昼食を兼ねてスキー場へ。窓から見たスキー場が27日夜からの降雪で真っ白だったので、様子を見てきた。ブログ記事「滑走可能コースが増えた!」をアップ。
 その後は静養に努めた。29日、30日の2日間で、なんとか年内発行物の配達を完了させたいため。

 

29日(木) 朝は厳寒。しかし、心配した体調不良はなし。秋山の配達に行くことにした。津南で405号線に入ったのが午前9時ちょうど。路面凍結を避けるにはもう少し遅い時間がいいが、帰りの時間を考えて、この時間にした。今日は最奥部の切明まで。小赤沢から切明まではほとんどアイスバーン状態。

 


 川原から湧き出る温泉からはもうもうと湯気が立っていた。関係者に聞くところでは、積雪が始まって以降もそれなりの装備を用意して「川原の温泉」を訪ねる人たちがいるそうだ。切明温泉を訪ねる人たちにとっては、やはり雄川閣が拠点施設。冬期間、宿泊営業はしないまでも、閉鎖ではなく、村の観光の案内・休憩施設としての営業が不可欠。「コスト削減」だけを至上命題化し、お客さまが何を求めているかを考えることがなければ、観光は衰退するしかない。
 ある場所で、1枚の写真を撮るために路側に車を停めていると、集落の人がわざわざ車を停めて、声をかけてきてくださった。「多くの人は松尾さんの考えと同じだと思うよ。村長がどうこう言ってきても頑張って。来年の村議選も出てくれなきゃだめだよ」と。感激するとともに、責任の大きさに身が引き締まる思いがした。
 午後2時頃に小赤沢で配達を終えて、帰路についたが、かなり疲労感はあり、帰宅後は「バタンキュー」かと思っていたが、意外と元気で、ブログ「厳寒、アイスバーン、でも、最高の景色」をアップできた。

 

これは「のよさの里」の室内からの撮影

 

30日(金) 昨夜の就寝は遅かったが、目覚めは早く、6時に起きてしまった。「もう少し眠っておいたほうがいいかな」とも思ったが、目覚めてしまったものはもはやどうしようもない。
 大雪警報が昨夜出たが、けっこう降った。スキー場等のことを考えると万々歳である。

 


 上写真は7時半頃に車庫の前の雪を片づけた時に撮ったもの。昨日までは雪がなかったところなので、これが一晩の積雪量ということになる。目安になるものとして雪長靴を置いてみた。
 配達を早く済まさなければならないので、このまま出かけてもよかったが、東部の奥の方に行く予定で、集落内道路の除雪が遅れている可能性もあるので、ひとまず編集作業を行い、10時半頃に出かけた。
 北野、当部、長瀬、切欠、柳在家を配り終えて、昼すぎ。昼食を兼ねて2時頃にスキー場へ。
 かなりの賑わい。他県ナンバーがこれまで見た以上に多い。年末年始の稼ぎ時だから、これくらい来てもらわなければならないが、やはり賑わう様子は見ていても楽しい。今日も小さな子どもたちの姿がどんどん目に飛び込んでくる。父娘だろうか。微笑ましいシーンだ。

 


 午前の配達が終わった頃から、「かなりきついな」と感じていたが、やはり今日はこれ以上無理。3時頃に家に戻って休んだ。
これで大晦日も配達ということになったが、あと一息。今年の日誌はここまでとし、くる年をさらなる充実の年としたい。

 


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