プロフィール

profile
栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

カテゴリー

categories

サイト内検索

Search

カレンダー

calender
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>

最近の記事

selected entries

最近のトラックバック

recent trackback

月別アーカイブ

archives

栄村関連リンク

links

携帯用QRコード

mobile
qrcode

ブックマーク & RSS

Bookmark&RSS

配達日誌1月1日〜15日

 1日(日) 午前9時半からの森集落新年会に参加。乾杯の音頭をとる役をご指名いただいた。緊張したが、長くもなく短すぎることもない挨拶ができたのではないかと思う。
 元旦朝に集落の全世帯から人が集まり、新年会をするというのは、都市社会では想像もつかないことだろうと思う。
年末の風邪があり、今年は正月の「復興への歩み」配達はやめ、のんびり正月に。年末に買い物に行けなかったので、美味いものはない正月だが…。
 大晦日の夜はTVをつけてはいたものの0時近くまでずっとPCで編集作業等。その後、「今年もさだまさし」を2時半まで観たので、新年会から帰ってからはこたつでうつらうつら。

 

2日(月) 朝はゆっくりの起床。午前中、「復興への歩み」第300号の原稿書き。天気がよいので、11時半すぎに外へ。2〜3枚だけ写真を撮るつもりだったが、あまりに天気がよいので、いろんなポイントを廻り、気がついたら1時半。

 

宮野原秋山郷線の切欠集落の横を通り抜ける地点

正面に見える山にお城があったという。その真下が四季

折々の切欠集落(「復興への歩み」300号写真アルバム掲載)を

撮影した地点。

 

 ガソリンと灯油がなくなってきたが、いつも行くスタンドが大晦日からやっていないので、津南町の大阪屋まで。「ここまで来たら」ということで、今日から店を開けている「ママのおやつ」さんにお邪魔し、先日は食べ損ねたチョコレート味の「お一人 県道森
さま用デコレーション」をいただいた。 その時、私よりもややお若いかなと思われるご夫婦がご来店。ママが置いて下さっている私のブログ・プリント版を手にしてご夫婦が会話。ママがご紹介下さり、いろいろとお話した。上野(うわの)集落に家を買い、東京と往復する2地点居住をされている方。私の写真を見て、秋山郷の不動滝などに関心を示してくださり、「上野の家に寄ってください」というお誘いまでいただいた。
 ママのお話によれば、店の喫茶に入られたお客さんが私のブログ・プリント版を手にして、今日のご夫婦のような会話が弾むそうだ。有り難いこと。
 しかし、考えてみれば、栄村にはいま、こういう喫茶スペースがない。やはりそういうスペースがないと、村内外をつなぐ人の輪ができないと思う。どこかに作りたいなあ。
 夜は、昼の写真を整理し、「2017年新春2日、晴れ上がった栄村」を写真20枚で編集し、ブログにアップ。

 

3日(火) 午前中、No.300の編集を続けるも、あまりはかどらず。
 昼すぎ、PCデータを保存するハードディスクを購入するため、飯山へ。国道117の路面に雪はまったく無く、雪がない季節と変わらぬスピードで走れた。この時期に信じられないこと。村も雪が少ないが、飯山まで行くと、田んぼにほとんど雪がない。このままいくと、昨年に続く少雪になってしまいそう。
 帰宅後は、年末からボツボツとやっているが、部屋中に広がる紙の山の整理。「印刷物の取り置き」、「各種資料」、「捨てる」の3種類に分けていく。残りは3つの山になった。今週中くらいにはかなりスッキリするだろう。
 夕方近くになって、今日初めて窓からスキー場が見えた。午前中の雪、里では途中からみぞれ・雨に変わって、かえって積雪を減らしたように思うが、スキー場の上の方では少し積雪が回復した感じがした。

 

3日午後4時半頃の撮影

 

4日(水) 予報はみぞれや湿雪であったが、ほぼ一日雨。
 三が日を終え、今日から新年号の配達を始めたかったが、昨日の後半失速し、原稿書きが今日にずれ込んだ。午前中に300号の本体を完成。ただ、プリンターの調子が悪く、朝から保守作業を要請。昼前に来てくれたが、プリンター内部の部品の交換が必要で、発注をかけたが、届くのは金曜日とのこと。ある程度の整備をしてくれたので、ひとまずは騙(だま)し、騙しの印刷をするしかない。
 No.300と300号記念の写真アルバムをブログにアップ。

 

5日(木) 朝一番で印刷を開始しようとしたところ、エラーマークが出て作動せず。8時半すぎの始業時に業者に電話をし、エラー番号を伝えたら、「リセットが必要、すぐに行きます」との返事。ただし、先方の営業所は六日町。それでも、飛んできてくれて、すぐにリセットし、使用可に。とりあえずの部数を印刷し、昼前に配達出動。
 ガソリン給油後、青倉の米倉庫に向かおうとしたところ、雪が結構激しく降る中、栄大橋上に3人の人の姿。3人の様子を1枚撮った後、声をかけると、「今朝、東京から電車で来ました」とのこと。

 

栄大橋上を午後1時に撮影

 

 「それにしても、この時間帯(13時頃)、何を撮るのだろう?」と思ったのだが、その後、青倉の米倉庫でちょっと作業をして、倉庫隣の家に配達に向かう時、前方の積雪の下側から雪が吹きあがってくるのを目撃。これでようやく納得。飯山線に除雪車が走り、先ほどの3人はその写真を撮ろうとしていたのだ。私はこの後、横倉に行く予定だったので、急ぐと、横倉駅に入ってくるところに間に合った。
 今日は朝方からの降雪で、とくに昼前からはほぼずっと降り続いたので、午後は至るところで除雪車がフル稼働。路上で除雪が終わるのを待つことも多かった。
 東部を中心に廻り、66軒79部。写真アルバムの中の写真の壁掛け用頒布への申込もあった。

 

6日(金) 今朝はかなり冷え込み。路面の凍結が心配なので、やや遅めの9時頃に配達へ。その後、11時20分にプリンター業者から「部品を持って伺う」との連絡があり、いったん戻る。
 午後1時頃から、昼食を車中携帯食にして、再度配達へ。その後、電話が入り、スキー場で知人と用談。夕刻間際に3たび配達へ。72軒81部。
 今日午前10時から、12日に臨時議会にむけて議会運営委員会。私は議運ではないが、連絡をもらったところによると、村長は「振興公社に5千万円投入」の補正予算案を出してきたとのこと。12月議会全協(非公開)時の議会側の意見に耳を傾けない無茶苦茶な案だと思う。12日にむけていっきに緊迫感が増してきた。
 ところで、下写真は平滝の国道より上で配達中に撮った1枚。毛無山から大久保にむけて尾根が緩傾斜で下ってくる様子がよくわかる。冬だからこそ見えるもの。一昨年末に「栄村の大地を巡る」というアルバムを作成したことがあるが、こういう大地の様子の観察は楽しい。

 

 

7日(土) 数日前から天気予報を睨み、一日中晴れそうな今日7日に秋山の配達に出かけることを決めていた。ただし、前回12月29日の経験から、あまり早い時間帯に出かけると、秋山に入ってからずっとアイスバーンと付き合うことになるので、朝方は「下(しも)」で配達をして、午前10時半に津南から405に入った。
 今日は小赤沢〜切明の全地域を廻ったので、小赤沢で配達が完了したのが午後4時41分。配達の終盤からライトを点灯していたが、405を下り始めた時はもう薄暮(はくぼ)。津南町に下りた時はもうすでに真っ暗だった。
 冬の秋山は夜道を避けようと心がけている。本当に秋山を知るには、雪が激しく降るような日の秋山、あるいは冬の夜の秋山も知らなければいけないのだろうが、「復興への歩み」の配達を主な仕事とする私は“安全第一”で、やはり冬の秋山・405の夜道は避けたい。今日の場合は、この間の天候がよくて、積雪量が少なく、大きな雪崩の心配などがないことに助けられたと思う。
 秋山で配達に廻っていて、「いつも楽しみにしています」と声をかけて下さる人が多い。本当に励まされる。ポストに入れた音に気づいて、わざわざ外に出てきて下さったケースもあった。
 今日はいい写真もたくさん撮れた。(16日に「1月7日の朝から夕まで」をアップ。
 http://sakaemura-net.jugem.jp/?eid=2425)

 

8日(日) 今朝は冷え込みがきつかった。午前9時半、国道117の役場横気温表示で−1℃。
 今日の配達は68軒で、あまり軒数伸びず。
 下の写真は原向集落のある所で撮影したもの。雪の上に、赤土がぼろぼろと沢山落ちている。脆(もろ)い土質だとは思うが、春〜秋の季節にはこのように土が落ちる状況は見たことがないように思う。やはり雪の圧力の凄さというものを感じる。

 

 

9日(月) 今朝は冷え込みなし。平滝、白鳥などで47軒の配達の後、10時20分頃に村を出て、所用で飯山へ。
午後2時頃に村に戻り、主に東部地区の配達。
 2時頃にポツポツと小雨が降り始め、2時半頃から本降り。しかし、柳在家・切欠を過ぎると降っていない。その後、原向で配達中に少し降ってきたが…。ほんのちょっと場所が変わるだけで、随分と天候が変わる。

 

10日(火) 夜に数cmの積雪があったようだ。
 今日は久々にトコトン配達。126軒廻った。配達を終えた夕刻は充実感があったが、夕食を終えるとぐったりしてきた。が、なんとか踏ん張って、午後3時20分頃に笹原集落の県道でイノシシに出遭ったことをブログ記事化(http://sakaemura-net.jugem.jp/?eid=2416)。それをブログにアップして、FB、ツイッターで告知する作業を終えると、崩れるように就寝した。
 昨夜〜今朝の積雪はほとんどの地区の道路では早い時間に消えたが、午後4時頃、極野に行くと、道路はほぼ全面的に積雪が残ったまま。やはり少し標高が高く(500m超)、気温が低いこと、そして何よりも山に囲まれ、日照が少ないことのゆえかと思われる。
 なお、就寝前の午後10時45分頃、外の国道の様子を見ると、ほぼ真っ白になっていた。

 

11日(水) 朝方にそこそこの降雪・積雪。だが、天気予報で頻(しき)りに言われている「大寒波襲来」という感じはない。午前中、東部地区で73軒の配達。午前の予定分を終えて、下におりてきたところで知人に電話。スキー場で昼食を食べながら、話をすることに。正午すぎから2時半すぎまで話し込んだ。
 知人は若者で、「栄村でどんな仕事ができるか」(もちろん、暮らしが成り立つ稼ぎができる仕事)ということを主たるテーマとする話で、とても楽しい会話だった。私流に言えば、「むららしい暮らし」で今の時代に子育ても出来るような稼ぎができる仕事を創造していくということ。私がもう10〜20歳ほど若かったら、自身でチャレンジしたいのだが。
 10年前に私が栄村で暮らし始めた頃は、そういう話をすると、「馬鹿げた話」あるいは「空想的な話」という感じで受け止められていたように記憶しているが、最近では、移住者のみならず、生粋のむら生まれ・むら育ちの人からもそういうことを実現したいという意見を数多く聞くようになった。牛歩のごときゆっくりした歩みではあるが、村は確実にいい方向に変化してきているように思う。村政の面では逆方向のような感じもあるが、私はこの「いい方向」はある種、不可逆的に進むと確信している。その成熟した姿を自身の目では見ることはできないかもしれないが、それは構わない。自身はこの世にいないかもしれない20年後、30年後を考えて、歩んでいきたい。
 午後3時すぎ、スキー場ではいい感じの降雪。国道に下りてきた時は降雪なしだったが、間もなく雪が降り出した。いよいよ「大寒波襲来」の本番が来るのか。

 

11日午後2時46分、リフトに乗り込む人。滑降してくる姿を撮ろうと、3時

11分まで待ったが、降りて来ず。上の方でスノボを楽しんでいるのだろう。

 

12日(木) 今日は臨時議会。開会は10時だが、その前に傍聴席が満杯になったのには驚いた。おそらく、「平成の大合併拒否、自律の村」を決めた議会以来の出来事なのではないだろうか。(当時を知る人の話では、当時は現在の役場庁舎建設中で、議会は当時の村民会館3階で開催されていて、傍聴席のスペースが現在よりもはるかに広かったそうだ。)
 「振興公社に5千万円投入」という補正予算案は5:6で否決。村長提案を否決という事態は、私が栄村で暮らすようになって以降では初めてのことだと思う。
 私は昨春の補選で議員になった時から言っているように無所属、そして、森川村政に対しては「是々非々」の姿勢。振興公社問題が本格的にクローズアップされてきた11月以降、森川氏はおそらく私を「森川村政反対派」だと捉えているのではないかと思われるが、私のスタンスは変わっていない。間違っていることには「ノー」を明確にし、間違った政策が現実化しないように全力を尽くす。しかし、森川氏が村民の声に本当に耳を傾ける姿勢を示すならば、私はいくらでも協力する。
 そういう基本姿勢なのだが、議会が村長に対して「ノー」と言うべき時にはっきり「ノー」を突きつける力を持つことは、村が元気で明るい村になるために絶対に必要なこと。今日はその第一歩だが、これで十分に力をつけたとは到底言えない。早い話が、今日のような審議のプロセスで、補正予算案の修正動議を提出するような力が必要だと私は考えている。そこまで力をつけるには、まだまだ相当の時間がかかると思う。(「力をつける」と言うよりも、「議会・議員の仕事とは何か」についての考え方の変革と言う方が正しいかもしれない。)
 そこそこの降雪・積雪があったが、「寒波」というにはまだまだ程遠い。

 

13日(金) 昨日は本当に疲れた。朝はゆっくりめ。昨日、傍聴に来て下さった人たちも、「24日に再び臨時議会」ということはご存じないので、早速、「議員活動報告」を書き始めた。
 ただし、用談があって出かけたり、降雪が本格化し始めたので、村内の様子を撮影に出かけたりで、「議員活動報告」の作成は終了せず。

 

16時49分、貝廻坂を下る途中


 夜は、1時間以上の長電話を2件もしてしまったので、仕事はできず、11時すぎに就寝。最近、夜は印刷したものの折り作業をするのが精一杯で、それ以上のことができない。1年前の体力はないと感じる。この間、3本のアルバム集を編集したが、それをブログにアップすることができていない。毎日のようにブログをアップする体力が夜に残っていないのだ。「明日の朝にアップしよう」とも思うのだが、朝は朝で「早く配達に出ないと、後で苦しくなる」という思いが出て、アップできない。しばらくはこういう調子で無理をせずに様子を見て、徐々に今後のリズムを形成していきたいと思う。


14日(土) 積雪量は栄村としては騒ぐようなものではないが、今日の降り方は異常。
 それでも午前中は動けて、出来立ての「議員活動報告」を傍聴に来て下さった方のお宅などに配達。
 しかし、午後0時50分頃、野田沢から大久保に向かおうというところで、前がまったく見えなくなり、「遭難」という言葉が頭の中によぎった。それで引き返し。
 食料を買い込み、「籠城」。大袈裟に聞こえるだろうが、私が住んでいるところの車庫がカーブの坂に面しているので、積雪量が一定以上になると出入りできなくなるから。

 

15日(日) 昨夜0時過ぎか、雪が止んだことを確認して就寝した。
 今日は午前中が中条の道祖神、午後は森集落の道祖神で、開催できるか危(あや)うんだが、6時40分に起床すると、雪は降っていなくて、窓からスキー場がしっかり見えた。
 午前8時から中条の道祖神の準備作業。計6名で。続いて、10時半から道祖神祭り。青空も見えて、最高の道祖神となった。今年は身内に不幸があって出られないという家もなく、6軒が勢揃い。「ほいさま」から青倉に嫁いだきみ子さんも来てくれて、賑やか。中条の道祖神は本当に素晴らしい。あまり大勢来られても困るが、5〜10名くらいの人数限定で「小さな集落の道祖神祭り体験」というようなものを企画してみるのもいいかなと思う。みなさんの意見を聞いてみようかな。

 

中条の道祖神の炎


 午後の森の道祖神は途中から北風、降雪で厳しかったが、子どもが増えて、元気がいっぱいの道祖神だった。
 森の道祖神の撮影を終えると、すぐに「トマトの国」へ。
 昨日、運転で極度に緊張したことや、車庫前の重い雪の片づけを3回したが、温泉に入れなかったので、体全体がカチカチ。やっと温泉に入れ
て、ホッコリとした。帰宅後、中条の道祖神の写真などを整理・編集。ブログ記事を2件アップ。


この記事のトラックバックURL
トラックバック