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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌2月11日〜20日

11日(土) 8時半発で大久保、箕作、平滝などで74軒を配達。
 今日も、手許メモに「11:30、降り激しくなる」、「11:55、明るくなってきた」という書き込みがある。この数日はとにかくめまぐるしく天気が変わる。
 午後は遅めの昼食の後、次の「復興への歩み」と「議員活動報告」の準備を進めたが、その一環とすて、夕刻は「トマトの国」で温泉に通ってくる1歳児の様子を親御さんの許可を得て撮影。共通入浴券の問題を論じる際に添える写真の確保。
 「トマトの国」はスキー客の宿泊でにぎやかだった。何人かのお客に声をかけさせてもらったが、スキー場の評価はよい。今年をどのように総括し、次年度以降の営業方針をどう形成していくか。スキー場開設20数年目にして、スキー場飛躍へのチャンスを迎えているのではないかと思う。
 夜遅くは強風で、雪が渦を巻いていた。
 下写真は午後5時の「トマトの国」駐車場。車の半分くらいが首都圏ナンバーのスキー客車。

 

 

12日(日) 朝の新雪積雪は2〜30cm。数日ぶりに車庫前の雪の片づけに少し時間がかかった感じ。
 午前中は知人を訪ね、いろんな話。議会で問題が十分に解明されないまま審議「終了」となり、私自身はもちろんだが、村民のかなり人たちがもやもや感を抱いておられる案件がある。いろいろと話しているうちに、どのように議会で問題を出していけばよいか、アイディアが浮かび、深められた感じ。「議員活動報告」で書き、みなさんにお知らせするとともに、会話・議論の時間を増やすことも大事だ。また、この訪問の後にお訪ねしようとして電話したが、つながらなかった人から夜に電話をいただいた。その電話でも、大事な情報をいただくとともに、私が何をしなければならないか、具体的なアドバイスをいただけた感じがした。
 今日はスキー場の「村民感謝デー」。村内全世帯に配られているスキー場の割引券を持っていくと、スキー場レストランのメニューを基本半額で食べられる。高齢の人たちがシーズン中にスキー場にやってくる数少ない日。様子を見に行った。
 まず、村外からのスキー客の車が多く、ゲレンデも賑やか。12月17日のオープンセレモニーの日以上の賑わいを感じた。ここでも声をかけさせてもらったが、好評だ。
 そんな中、見覚えのある人がゲレンデを歩いて来られるのが目に入った。月岡の南雲成一さん。奥さまと一緒で、間もなく、息子さんご夫婦、お孫さんと合流された。先日は、議会傍聴にも姿を見せられたが、一昨年7月の事故で重篤な状況になられたのから驚異的な回復。奥さまをはじめとするご家族の手厚い看護があってこそのことだが、ご本人のリハビリへの取り組みも立派。高齢化が進み、高齢者は体力が衰える方向への片道街道と思われがちの中で、こういう姿は嬉しいものだ。

 


 午後は原稿書きをある程度進められた。

 

13日(月) スキー場が“ラッキーマンデー”なので、昼頃、スキー場駐車場の様子を見に行った。確認できた他県ナンバーを挙げてみると、とちぎ、群馬、山梨、新潟(2台)、豊橋(愛知県)、名古屋、相模(神奈川県)、多摩、品川、奈良、岡山。有名スキー場のような賑わいではないが、「復興への歩み」No.301にも書いたように、さかえ倶楽部スキー場の評価は確実に高まっていると思う。今季のデータをしっかり分析し、来季の営業方針を練り上げていくことが大事だと思う。
 スキー場を訪れた以外は、役場に資料を取りに行った程度で、あとは室内で、「栄村振興公社再建(案)」の分析・検討、「栄村鳥獣被害防止計画(平成27〜29年度)」の検討、そして「復興への歩み」No.302の編集。写真撮影は基本的になし。

 

14日(火) 朝食後、印刷や折り作業など、配達のための準備作業。その後、「復興への歩み」No.302を青倉50軒に配達。
 昼食を終えると、もう午後2時からの「振興公社理事と議員の懇談会」の開会時間が近づき、役場へ。
 懇談会はあくまでも「懇談会」ということなので、そういうものとして臨んだ。詳しい内容は非公開扱いなので、私も今回は書かないが、私の発言をめぐって、“切れた”公人がいたことには驚いた。議論のしかたというものを心得ておられないのだろうかと思わざるをえなかった。

 

15日(水) 朝8時より少し前だったが、部屋の窓からスキー場を眺めた時に興味深い景色が目に入った。

 


 いわゆる「中尾のつんね」(中条川上流、西入沢川と東入沢川の間の尾根。「つんね」は「尾根」の意)の上の方なのだが、白いものが点々と見える。「何だろう?」と不思議に思ったが、どうやら強風が木の幹に雪を吹きつけた結果、雪柱のようなものが出現したのだと思われる。
 配達に出て間もなく、電話が入って知り合いと会うことに。午前中はそれで終わり、配達は午後が主。白鳥の国道沿い、国道より下、月岡などを廻り、今日は96部の配達。
 配達で出会った“雪の階段”の写真を1枚。

 

 

 写真上部で道は2手に分かれる。この先に2軒のお家がある。雪とのつきあいが大変だろうなと思う。

 

16日(木) 平滝などで22軒を廻った後、10:17に津南町・大割野から国道405に入り、秋山郷へ。
 今日は天気予報通りで、ポカポカ陽気。上の原まで行ったが、基本的にアイスバーンはなし。
 上の原と屋敷の全戸、小赤沢の一部を廻ったが、各所で除排雪が行われ、1月18日に行った際にあった「雪に埋もれている」という感じはなくなっていた。
 ただし、屋敷の民俗資料館前の道は除雪ができず、通行不可のままだった(この道はもともと流水による除雪のみで、除雪車は入らないようだ)。下写真がその箇所。

 

 

 雪の少なかった昨冬は“天池”に何回か長靴で行ったが、今年の秋山は「下(しも)」よりも積雪が多い。なので、長靴で天池に行くのは無理。“かんじき”を用意し、天池に行った。観光宣伝の定番で紹介される「天池」を越え、本来の天池まで。気温上昇で雪がやっこくなっているので、往きはかなり大変だった。往復でかなり汗をかいたが、素晴らしい景色を見ることができた。その写真は「復興への歩み」で紹介することにしようと思う。


 昼食の弁当を食べるために「のよさの里」にお邪魔していた時、窓の外に突然、テレビカメラが…。窓を開けて尋ねると、テレビ東京の取材。外に出て、どの頂が鳥甲山なのか等を説明。なんでも、「お昼ごはんを見せてください」という内容の番組の取材。「お昼ごはんを見せてもらえますか」と言われ、「食べ終わったところですよ。しかも、コンビニ弁当ですよ」と言って、大笑い。AD(アシスタント・ディレクター)に名刺をもらったので、「初夏にまだ雪が残る野々海の水番小屋でタケノコ汁で昼飯」というのを取材してくれるように話を持ち込もうかな、などと考えた。
 天池を歩いたことなどもあり、結局、秋山を出たのは午後4時頃。
 今日はいい写真がたくさん撮れて、とりあえず、国道405で出会った「雪庇落とし」作業の様子をブログにアップ。

 

17日(金) 8時前に出発して、まず、津南町の朴(ほ)木沢(きさわ)から曲がりくねった坂道を上り、中子へ。「復興への歩み」の届け先が2軒ある。冬になってからはもっぱら加用から直線的な坂道を上がっていたが、今日は朴木沢からのコースを選んだ。途中で何枚かの写真を撮ったが、結構気に入った。1枚だけ紹介したい。

 


 「日誌」としては異例の大きさでの掲載。なかなか素敵な風景だと思う。ちょうど中央にさかえ倶楽部スキー場のゲレンデが見える。それよりも右手、いちばん高いのが天水山だと思われるが、頂上に近いところで、雪が落ちて、土が剥き出しになっている箇所がある。昨日から気温が上がっているので、山の各所で雪が落ちている。夕刻にはトマトの温泉の湯舟から見える「中尾のつんね」の断崖でかなり雪が落ちた箇所があった。
 中子から加用に下って、やはり津南町の羽倉へ。白鳥出身の久保田晋介さん宅に配達。久保田さん宅に行く時間は、飯山線のダイヤとの関係で調整していた。先日、羽倉に行った時、羽倉の道から見える飯山線が「いい絵だなあ」と思ったので、森宮野原9:06着の上り列車を撮れるようにしたのだ。しかし、時間計算をちょっとミスしたため、撮影地点に着くと、すぐに列車の音。慌てて撮影したのだが、なんとこれが「おいこっと」車両(土日以外は通常運行ダイヤに車両が使われている)。ラッキー!!
 その後、横倉集落を主に廻り、今日は計61軒。
 午後は室内作業で、昨日の秋山行きで撮った写真で2本のブログ記事を編集。「中津川下流の2つの景色」と「“かんじき”を履いて・・・」。
 午前中から雨になっていたが、11:20に森で9℃。しかし、午後3時頃、すごい強風が吹き、その瞬間は雨がみぞれに変わった。東京などでは「春一番が吹いた」と報道されているが、栄村は昨日と今日午前中からは一転、北風が入り込んだようだ。しかし、雪が予想された夜になっても雨のまま。

 

18日(土) 長野市で“ひんご遺跡”発掘の結果についての報告もある「掘るしんinしののい2017」という催しが開かれるので、その報告を聴くために朝8時頃出発で長野市篠ノ井へ。
 上信越道を長野ICで下りるつもりだったのが、いつもの習慣で長野東・須坂ICで下りてしまった。道路地図を所持していなかったので、大体の勘で篠ノ井までは行けたが、会場周辺の道が分かりづらく少々迷って、時間を喰ってしまった。催しは午後3時までのものだが、他にも用件があるので、谷主任調査研究員の報告約30分間を聴いた後、県埋蔵文化財センターでひんご遺跡出土で復元された火焔型土器などの展示を見て、篠ノ井を後にした。
 長野市では、人とお会いし、さらにその後、東急百貨店に移転した平安堂書店も訪れた。書籍売り場面積が大幅に縮小されていた。“本屋”としてはもはや二流の店になったと言わざるをえない。
 帰路、飯山日赤に入院中の知り合いに「復興への歩み」やブログ記事の印刷物をお届けした。飯山日赤にはずいぶんと多くの村人が入院されているようだ。夕食も済ませて午後6時頃に帰村。

 

19日(日) 昨夜から今朝にかけて積雪あり。

 


 朝、家の中(2階の窓)から面白い写真を撮った。上のものだが、屋根の雪が落ちきらずに、軒先にぶら下がっている様子。
午前中は東部方面の配達。天代の1軒を訪れたのが午前11時40分。その後、坪野、原向とむかうつもりだったが、出発時に給油を忘れ、燃料がなくなってきたので、引き返した。
 昼食後、泉平全戸と箕作の約半数を廻り、今日の配達を終了。
 朝、「今日は配達経路そのものを撮ろう」と思い立ち、午前の全経路及び午後の泉平の経路で数々の写真を撮った。夜、早速、「2月19日の配達路を辿る」というタイトルのブログ記事を編集してアップしたが、雪坪と極野一部のみしか編集できず。

 

20日(月) 一日中雨。今日は配達を休みにし、午前中は3月議会での一般質問の「質問要旨通告」の作成(午後1時締切)と、25日のお米発送用のシールの印刷や袋への貼付け作業。
 お昼は12時半頃から2時半頃まで昼食を兼ねて用談。その後、お米の袋詰め作業。
 夜は6時半頃から「トマトの国」で愛湯会の集まり。みなさん機嫌よく、たくさん飲まれたが、同時に、共通入浴券問題で“みんなの要望”についても話し合われた。「これを無くしたら、もうここに来る人はいなくなる。そんなことになったら、栄村はもう終わりだ」という声が共通の声だ。
 宴たけなわとなった頃から外は降雪が本格化。久々にお酒を飲んだが、帰宅後2時間ほどで醒め、昨日の続きのブログ記事を完成させ、アップ。今日は写真をまったく撮らず。


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