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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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配達日誌5月1日〜10日

 1〜3月の議会の忙しさ、4月の選挙戦などで「配達日誌」が止まっていましたが、5月1日から再開しました。

 

1日(月) 基本的に「復興への歩み」No.305の編集で一日を過ごした。その他に、当選証書の受領書などを役場に届けたり、米の発送をしたり。写真撮影はなし。

 

2日(火) 秋山郷行き。405を進み、前倉あたりまでは桜、芽吹きが見られたが、小赤沢から奥ではごく例外的な数本を除いては、桜の開花なし。山桜は開花が近づいている様子すら感じない。
 「下(しも)」は暑いくらいだったので、窓を開け放しで運転していたが、寒くなり、ちょっと風邪をひいた感じ。
 今日は、秋山林道で志賀高原方面へどの程度行けるのかを観察するのが主眼。小赤沢、屋敷で限られた何軒かに配達した以外は、そこらじゅうを走り回り、写真撮影。
 コミズとミズノサワ(オオミズ)の沢を下ってきた雪の量、積雪量の凄まじさに圧倒された。林道での落石の多さ、斜面が抜けているケースがかなりあることにも衝撃を受けた。連休を前に「通行止」の徹底を図らないと危険と判断し、役場に連絡。担当者
が役場を午後4時半出発で秋山に向かい、対処してくれた。感謝!!

 

ミズノサワ  道は開けられているが、木が根から道路に落ち、車は進めない


 夜、ブログ記事「自然界の物凄さを驚きいっぱいで感じました」をアップ。

 

3日(水) No.305を主に森、青倉で配達。計112軒。それ以外に午前と夕刻に手伝い仕事。
 午前11時頃に森宮野原駅到着の「おいこっと」歓迎に森宮野原駅へ。30日に続いて2回目。観光協会幹部数名が姿を見せ(下写真)、「商工観光課長が列車に乗ってくる」とのこと。その後の話では「近隣市町村との当番制」との話。もう少し話を聞かないと、よくわからないが…。

 


 午後は主に西部地区の協賛者宅の配達と宮川頼之さんの加工用トマト畑の堆肥撒きの様子などを見学・撮影。
 夕刻、「温泉に行こうか」と思っていた時に、知人から「クマが木に登っている」という電話をうけ、現場へ急行。現場で30分間近く、撮影を続けた。ブログ「クマがブナの木に登り、新芽・新葉を食べる」をアップ。

 

4日(木) 昨夜が比較的遅かったので、最近の「5時頃起床」から久々に「7時前起床」に戻った。
 朝方、平滝、白鳥で33軒配達の後、手伝い仕事と「おいこっと」のお出迎え。今日は津南町役場の担当者2名が、卯ノ木(うのき)神社の笛の奏者を伴ってパンフ配り(下写真)。笛はなかなかよかった。

 


 急速に気温が上昇し、暑い。
 昼に久々に中子(なかご)を訪れた他、午後は1時間ほどの午睡と、4〜6時の手伝い仕事。
 夜はかなり早めに床に就いたが、電話で1時間半ほど話し込み。

 

5日(金) 今日も起床は遅め。
 朝方、東部地区の協賛者宅など27軒配達。その後、「おいこっと」のお出迎えへ。今日はポケットマネーで冷やしたトマトジュースを60缶用意。あっという間にはけた。配る小パンフも「さかえむらトマトジュース」を紹介したものを新たに作成。

 

「おいこっと」車内で「さかえむらトマトジュース」を飲む人


 午後は秋山の配達に向かった。2日は405での往復だったので、4月28日以来久々に日出山線〜鳥甲牧場のコースを辿った。「下(しも)」は夏の暑さ。シャツ1枚、窓全開で走っていたが、鳥甲牧場ゾーンに入ると肌寒さ。風が強かったこともあるが、早春の気温。残雪はかなり減ったが、
 畑地のほとんどはまだ雪に覆われたまま。今年の作付は少なくとも半月単位で遅れそう。
 屋敷に下り、坂の上から屋敷橋付近の山桜を見てビックリ。3日前の2日には「蕾」さえ見えなかったはずなのに、山桜が満開!
これがきっかけでいろんな地点で撮影をすることになった。その結果、配達は上の原と和山での23軒のみ。
 夕刻、スキー場をどこまで車で上がれるかをチェックした帰り、3日夕にクマを見た地点に向かうと知人の軽トラが停車していた。「今日も登っている」とのこと。15分ほどの間、撮影。

 

6日(土) 朝の起床は早かった。5日夕のクマの目撃のレポートを作成。その後、「おいこっと」の出迎えへ。
 その後、クマの目撃レポートのブログへのアップ、FB、ツイッターへの投稿を行なって、2時頃に遅い昼食。久しぶりに「味郷」のとんかつをがっちり食べて、ほっこり。「今日は久々の休養日」と開き直り、少し午睡。その後、5日の秋山の様子のレポートを作成。ブログへのアップ等も行い、さらに「おいこっと」出迎えの記録集も編集。

 

大家さん・月岡英男さんが田ぶちを始められた


 明日は7時から運転なので、早めに就寝。

 

7日(日) 4時すぎに起床。「おいこっと」出迎え記録集のブログへのアップ等を終えた後、7時に松川村への送迎を頼まれていた知人宅へ。
 松川村の目的地には9時半頃に到着。知人が訪問目的を果たしている間、私は車で1時間弱の白馬村堀之内区に2014年の神城断層地震当時の区長・鎌倉宏さんを訪問。田んぼで代掻き直前の作業をされていた。
 城峯神社の跡地と再建予定地を案内していただいた。朝7時に知人の車に乗り換えた時にカメラを移動し忘れ、写真を撮れなかったが、堀之内区ではコミュニティーセンター(=公民館の再建)、復興公営住宅が建ち、村道の修復も出来ていて、すっかり様子が変わっていた。おそらく今月中にもう一度、訪れる機会があると思うので、その時にしっかり写真を撮りたい。
 往きは上越道を長野東インターで降りて通行料金が500円台だったように記憶しているが、帰りは安曇野インターから長野道〜上越道。豊田飯山ICで降りると、料金はなんと1820円。あまりの料金の違いにびっくり。
 松川村を午後1時に出て、3時には帰村できた。豊田飯山ICを降りて、117号線に入ると空気が冷たいのにも驚いた。

 

8日(月) 今日も朝は早起き。室内作業の後、青倉の未配達宅を廻り、午前7時すぎに上郷で給油して日出山線で五宝木を経て秋山の配達へ。
 山田政治さんがもう五宝木の家に戻っておられて驚いた。
 上の原、和山の配達は終わっているので、屋敷、小赤沢の54軒(一部は2日に配達済)。今日は昼までに下に戻り、スキー場に登ろうと計画していたので、あまり写真は撮らず、配達専念を心がけたが、屋敷の中津川右岸の地すべり対策工事現場を訪れ、現場の人から説明をしてもらった。この地すべり対策工事については「復興への歩み」で取り上げる。現場すぐそばの畑では山田由信さんが畑を耕しておられ、少し話をさせていただいた。

 

地すべり対策工事現場すぐそばの畑を耕す山田由信さん


 昼、山菜を東京に発送した後、スキー場へ。スキー場内の村道は、ゲレンデの残雪が滑り落ちてきて通行不能になっている箇所があり、残雪のゲレンデを登った。雪がない箇所はススキの切り株などで足もとが悪かったが、約10分で頂上到着。予想通り、カタクリはかなり咲いていた。

 

上の方にリフト降り場が見える。そこまでこのゲレンデを登った


 夕、カタクリ情報をさっそくブログで発信。

9日(火) スキー場のカタクリの様子を昨日確認したので、「つぎは野々海のミズバショウ情報が必要」と考え、朝から野々海に登ることを計画。
 泉平等で33軒の配達の後、平滝から野々海線を軽トラで上がった。現在、車で上がれるのは、昔、「上黒屋用の駐車スペース」が開けられた地点まで。そこからは徒歩。

 

歩き始めた地点(10時50分)


 約1時間で野々海池の堤に到着。
 下りは約40分。いちめん雪で、多いところはまだ2mほどある。野々海池周辺は芽吹きもまだ。一面雪原。木の葉がないので見通しがよい。クマの心配もない。まだ冬眠しているか、冬眠から出たクマは餌求めて山を下っているかだろう。

 

雪の深さがわかる1枚(円筒分水器付近)


 ミズバショウの開花予想は、ずばり、早い箇所で5月20日すぎからではないか。いちばん綺麗な群生地は5月25日頃から6月上旬が見ごろになるのではないか。水のあるところは雪融けも早いので。
 今日の野々海の様子も夕刻にブログにアップ。

 

10日(水) 今朝も7時すぎに給油し、東部谷で31軒の配達をしながら極野〜五宝木線へ。まだ開通していないが、残雪状況、そして3年ぶりに法面工事が再開されることになった箇所の状況を確認することが目的。
 状況は「復興への歩み」で報告するが、道路状況は予想していた以上に悪かった。
 五宝木に抜けることはできない状況だったので、その後、いったん下に下り、今度は405号線で津南町の見倉のカタクリ群生地へ。5日にブログで「見倉のカタクリは10日頃に見頃になるでしょう」と書いたので、責任上、状況を確認しに行った。バッチリだった。おまけとして、清水川原スノーシェッドでカモシカの顔クローズアップの写真も撮れた。
 今日は出会いが多かった。
 お昼すぎ、森のYショップに立ち寄った際、自転車乗りの外国人女性を見かけ、店内でサイクリング姿の男性も。「日本語、話せますか?」と尋ねると、カタコトの日本語と英語で答えてくれた。「どこへ行くの?」、「トオカマチ」、「どこから?」、「from(フロム)Fukuoka(ふくおか) to(ツー) Sapporo(さっぽろ)」?! なんと「3month(マンス)」の日本縦断の旅だというのだ。イギリス・ロンドンから来られているそうだ。お二人の写真を撮らせてもらった。いったん別れた後、思いついて名刺を手渡した。「オー、アドレス、ホームページ」と言っておられたので、後にメールが届くだろうと確信していたら、やはり夜、メールが届いた。(11日朝に彼のブログに私が撮った二人の写真が掲載された。)

 


 午後の後半は、坪野で斉藤秀男さん、斉藤広友さんに出会った。秀男さんは昨秋末に家を閉じられて長野の娘さん宅へ移られたが、今日、久しぶりに来られた。「長野では何にもすることがない」とのこと。もう86歳。体優先でやむをえない。車を運転できる体調であれば、春〜秋、頻繁に来てくださるといい。広友さんとも昨秋以来の出会い。役場に就職された息子さんのことや家屋のことなどが話題になった。お二人とも、坪野に若い人を迎え入れることを願っておられた。何人かに声をかけて、研究を進めたいと思う。

 

 

 紙面が1頁半余ったので、「復興への歩み」では紹介しきれない写真を5枚掲載する。

 

ミズノサワ前の林道の雪の壁。5〜6mの高さ。

 

宮川頼之さん・一哉さん父子の堆肥撒き作業(3日午後4時半すぎ。菅沢にて)


日出山線で出会った雪の上のサクラ満開(5日正午すぎ)

 

八重桜と布岩
屋敷集落・山田輝一さん宅前

 


清水川原第一スノーシェッド脇で出逢ったカモシカ(10日午前10時46分)

 


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