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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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むら復興のビジョンを集落から積み上げていこう!

 避難指示解除から2日目。みなさん、自宅の整理等を急ピッチで進められています。水道が復旧していないこともあって、夜は避難所という方がまだ住民の過半を占めています。しかし、徐々に夜も自宅で寝る人が増えてくると、家を失った人は切なくなってきます。

 今日も、県による住宅に関する個別相談会が行われ、みなさん、期待をもって相談会に臨まれましたが、それによっては先行きの展望は開かれませんでした。それは、この相談会に問題があったからということではなく、〈この栄村をこれからどうしていくのか〉という村のメッセージが出ていないからです。ネットワークの理事会でも議論はその点に集中しました。

 結論からいえば、表題に掲げたとおり、それぞれの集落でむらの復興ビジョン(プラン)を考え、それを積み上げていって、栄村の復興像をつくること、そこにいま最も大事なポイントがあると考えます。

2つの集落の事例
 理事会では、被害が比較的軽微であった集落(A集落とします)の事例と、被害がかなり深刻な集落(B集落とします)の事例とが報告されました。

 A集落の場合、「赤」の紙を貼られ、実際、その家に住み続けることが無理な2世帯、いずれも高齢者世帯ですが、その意向を集落で聴いたところ、「この集落に住み続けたい」という希望が表明されました。
 A集落には空き家が何軒か、あります。早速、集落で空き家の持ち主と交渉、1軒はすでにその家への移転を終え、もう1軒も交渉を進めているとのことです。もちろん、これは一時的な仮移転先のことであって、これで問題が解決したわけではありません。

 B集落の場合は、事態が深刻です。「赤」が貼られ、住み続けることが困難な高齢者だけの世帯が4軒あります。当初、「○○に住む息子の所に行くしかないか」と考えられた人もいたようでしたが、本当のところはむらで暮らし続けたいという気持ちです。
 しかし、B集落は本当に小さな集落で、すぐに住める空き家もありません。事態は深刻です。

お年寄りが言う「むら」は集落のことを意味する
 ここで、都市部にお住まいの方には少し分かりづらいことを分かっていただく必要があります。
 お年寄りが「むらで暮らし続けたい」と言う場合の「むら」というのは、栄村一般を指しているのではなく、集落のことを意味しています。このことをご理解いただきたいのです。
 上のA集落の話の場合、比較的近くにC集落というところがあるのですが、そこに移ったのでは、そのお年寄りにとっては「むらで暮らし続ける」ことにはならないのです。

 私も何度も経験したことがあることですが、村の70歳以上の人たちが「むら」と言う場合、それは集落(村落社会学的にいえば、基本的には江戸時代に形成された自然村ということになります)を指しています。そして、栄村(役場、行政)を指す場合は「村(そん)」と表現されます。

“むら”は田んぼ、水路、そして人の絆と一体のもの
 なぜ、そうなのか? むらの暮らしは田んぼ(稲作)と一体のものです。米作りは産業ではなく、むらの暮らしそのものです。そして、田んぼは水路と一体のものです。各集落の水路は奥山や山の上から延々と引かれています。みんなが普請=共同作業で水路を維持しています。田んぼは一人や1世帯ではできないのです。そこに“むら”が誕生し、互いに力を合わせて暮らしてきたのです。ですから、人と人の絆が強く、10日間以上の避難所生活も混乱なく、じつに落ち着きのあるものとして維持されてきたのです。
 この“むら”を守ることなくして、栄村の復興はありえないのです。

“むら”復興の鍵は集落の集合住宅の建設にある
 70歳代、80歳代の高齢者が今から、住宅再建資金を何千万円も調達することはできません。
 集落に、家を失った高齢者が住める集合住宅をつくることが絶対に必要なのです。
 5世帯くらいの規模の集合住宅を、集落の規模にしたがって、1〜3棟つくるのです。しかも、それが公民館と併設される方が望ましいでしょう。さらに、高齢者の人たちが暮らす家なのですから、近代風建築ではなく、むららしい家であることが望ましいと思われます。そうすれば、「にほんの里100選」に選ばれた素晴らしい栄村の景観も守れます。
 集落単位の小規模集合住宅の建設、ここにむら復興の鍵があるのです。

集落から声をあげていく
 このむら復興ビジョンをどのようにして、村全体の総意とし、県などの支援・協力も得ていくか。
 「田直し」「道直し」の経験を生かすことです。

 「道直し」では、除雪を確保するにはどんな道路が必要かを集落‐常会で議論し、決めていきました。自分たちのための道をつくるために、自分の地所の一部を削ることを受け入れる、また、先祖代々の立木を伐ることに同意する。そうして、集落の意思(プラン)がまとまれば、手を挙げて、役場の協力を求め、役場は土地や立木の補償を行い、工事を進める。「道直し」を進めた高橋彦芳氏(前村長)は「役場が計画を立てて、それへの住民同意を求めるとうまくいかない。住民自治でやってもらうとうまくいく」と話されていました。

 集落で充分に話し合い、小規模集合住宅の建設プランを練っていけば、建設用地の確保も非常にスムーズに進むはずです。
 村(役場)は、集落で復興プランを作れば、役場はそれを尊重し、その実現に全力をあげるというメッセージを村民に一刻も早く伝えるべきでしょう。県も同様のメッセージを出してほしいと思います。

―栄村ネットワーク関係者 現地からのメール記事