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栄村復興への歩み
2011年3月に震度6強の地震で被災した長野県栄村で暮らす松尾真のレポートを更新しています。

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栄村復興への歩みNo.93 (通算第127号)

 来週はまた気温が上がるようですが、昨夜、一昨夜は寒かったですね。27日夜は8時過ぎで6℃でした。気温が下がって紅葉が美しくなるのは嬉しいのですが…。

● 改めて被害の凄まじさを見るーー暮坪にて
 昨27日、暮坪というところに行ってきました。1971年に集落が消滅したところです。
(注)栄村でこれまでに消滅した集落は暮坪と今泉(1974年)の2つのみ。今泉は青倉集落に統合されましたが、いまも耕作が行なわれており、現在では「ふるさとの家」の杉浦さんが冬期以外はお住みになっています。

 暮坪には奈免沢川が流れていて、その上流から志久見集落などへの水路が引かれています。その水路が大崩壊したことは震災直後から聞いていましたが、かなりの山中でもあり、震災以後、昨日まで行っていませんでした。まず、つぎの写真をご覧ください。


 村道滝見線から暮坪への道に入り、もう間もなく集落跡という地点で大きく山が崩れています。見える道は復旧工事で開けられたものです。
 

 上の写真の上方を見たものです。山が全体として崩れたことがわかります。なお、左上から真ん中にかけて黒い線状のものが見えますが、これは震災後に敷設された志久見水路の仮水路用黒パイプです。


 本記事写真1枚目の道路の下を撮影したものです。右方にわずかに奈免沢川の流れが見えますが、奈免沢川の流れる谷一帯が山崩れの土砂で埋まったことがわかります。



●滝見線の最も激しい崩壊現場
 村道滝見線の被害については本レポート第18号(5月3日)で報告したことがありますが、滝見線から暮坪集落に向かう道に入るところにある橋(奈免沢川に架かる橋)から先200〜300mの間だけは見に行ったことがありませんでした。
 その200〜300mの間に、山が崩れ、道が無くなっている箇所があります。27日、そこにも行って撮影してきました。
 

通行止めの看板から歩いて進むと、大きな杉の木が横倒しになっています。
  

 上のように山が完全にぬけ、道がなくなっています。次頁の写真では、この山崩壊の地点の先に村道滝見線の続きが見えます。


写真の右真ん中あたりに滝見線のアスファルトが見えます。下の写真は、この崩壊地点を奈免沢川を挟んで対岸の滝見線から撮影したものです。




 もう1枚紹介します。

 これはさきほどの滝見線崩壊箇所の近くで、奈免沢川が千曲川に注ぎ込む直前の左岸上の崖の崩落箇所です。崩壊規模は滝見線崩壊箇所よりも大です。
 じつはこの崩壊した崖の上、写真の右手のちょっと奥が志久見街道の絶景ポイントです。30日の古道歩きのむらたびでは、この崖の上まで行くことができます。そこには「地震とはこういうものなのか」と、目に見える形で理解できる大きな地盤の亀裂を見ることができます。その様子は30日の報告の際に写真紹介することにします。
 この崖の上に立つと、中条川上流の山崩れ現場が真正面に見えます。
 どうやら、今日報告した暮坪の山崩れ地点、この箇所、そして中条川上流の山崩れ地点、これらがほぼ一直線上にあるようです。一度、これまでに確認した大規模被害地点を地図に書き込んで、被害が甚大な地点が帯状に連なっていることを明示するようにしてみたいと思っています。


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