11日(水) 今日は朝から雨で、午前中は室内作業。
午後、東部地区の笹原〜極野で60軒の配達。
北野集落で出会った桑原虎一さん。釜で何かを湯掻いておられるところだったので、お尋ねすると、ゼンマイではなく、ワラビ。乾燥ワラビを作るための作業だ。
「干しワラビはゼンマイにはないシャキッとした歯ごたえがあって、なかなかいいもんだ」。
たしかに言われてみると、そのとおりだ。こういう作業をするズクと知恵・技が本当に大事だと思う。
5時すぎ、ほとんど止んでいた雨が再び激しい降りに。そんな中、白鳥の月岡富士男さん宅にワラビをわけていただきに行った。「どんどん出てくるので採らなきゃならない。今年は田植えと順番が逆になって…」。毎日、夜遅くまでワラビの選別作業をされている。
暗くなっても、雨は続き、気温はどんどん下がった。夜9時すぎ、あまりに寒くて、「今年はもう世話にならないだろう」と思っていたファンヒーターのスイッチを入れた。
12日(木) 昨日とは一転して好天。
起床がやや遅く、9時半近くの出発で秋山へ。今日は9日に廻れなかった小赤沢での2回分の配達と、屋敷でのNo.284配達が主目的。
しかし、日出山線を進んで、屋敷に下りる前に、布岩の近くにあるという隧道掘り(切明から発電用の水を運ぶもの)用に使われた「電車」路線の敷地跡というものを見に入った。先般、山田由信さんからそういうものがあると聞いていた。
探し出すのに相当苦労するかなと思っていたが、意外とあっさり辿り着けた。その写真は、関連事項を少し調べたうえで、「復興への歩み」でいずれ紹介したいと思う。
屋敷の配達過程で、3軒で結構話し込み、屋敷での配達が終わったのは午後1時半をまわっていた。4時までに宅急便に渡さなければならない荷物があるので、下におりて、小赤沢は明日もう一度出直すことにしようかとも思ったが、「とにかく廻れるだけ廻ろう」と考え直し、猛スピードで廻ったところ、43軒を1時間弱で終えられた。2時20分頃に小赤沢を出発、津南でちょっと用を足して、3時半頃に帰着できた。
小赤沢から下りる時に出会った光景。地域おこし協力隊の3人による田と畑の作業。
13日(金) 今日もいい天気。配達で東部(雪坪〜切欠、原向)、程久保、横倉を廻ったが(97軒)、真っ青の青空の下の景色等を多数撮影。午後、アルバム「5月13日の景色」を編集し、ブログにアップ。
志久見で久しぶりに石沢チヱさんとおしゃべり。畑の草取りの手を休めて。こういう会話が楽しい。
下写真は切欠。昨秋に続き、用水路の工事が行われていた。施工者は赤津組。
14日(土) 横倉、箕作、泉平、平滝、月岡で105軒を配達。
朝、9時前のことだが、常慶院の横から泉平への道に入って間もなく、道路脇にクマを発見。子グマだ。クマが少し林の中に入り、周辺に親クマの姿は見られないことを確認してから、車を降りて、子グマの姿を撮影。同時に、役場に通報。
白鳥出身で、現在は森の隣りの羽倉集落(津南町)に在住の久保田晋介さんという方がおられる。「トマトの国」の温泉仲間で、私が栄村で暮らし始めた初期からのお付き合い。その晋介さんが野々海の開拓に詳しいことが最近わかり、今日は話を聞くために、羽倉へ。田んぼに出ておられるとのことで、初めて羽倉の田んぼゾーンを訪ねた。圃場整備がされていて、眺めも素晴らしい、いい田んぼだった。
羽倉の田んぼの一部。奥に宮野原地区(津南町)、さらに鳥甲山が見える
15日(日) 朝から野々海の普請の取材へ。スキー場〜貝立山裏のコースで向かい、8時には野々海に到着。月岡英男さんから昨年夏に教えていただいた隧道入口・出口などを2時間強歩き廻り、又右ヱ門堤(またえもんつづみ)の全景写真を撮ることなどができた。
ここまでは最高。
しかし、その後に、とんでもない事態が待ち受けていた。野々海(池)の由来を調べる関係で野々海峠に向かった。予想通り、信越トレイル出入口付近の林道の雪は消えていて、野々海峠のすぐ近くまで行けた。しかし、その先で無理をしたのがいけなかった。車が雪にはまった。四駆の調子が悪く、なかなか脱出できず、スコップで雪を除き、自分で車を押す。しかし、ギアをパーキングにしていたのではなかなか動かない。ギアを入れて、押したところ、ほんの少し動き、さらに押したら、車がドドっと一気に動き、あれよあれよという間に50m下の谷底へ。呆然としたが、谷を覗くと、途中に助手席に置いていた上着がひっかかっている。崖を下り、回収すると、その下にカメラバッグとメモ帳が…。回収し、崖を登った。その後、普請の人に携帯で連絡し、途中まで迎えに来ていただいた。いったん、下山し、平滝の駐在に事故を届け出て、現場に向かったところ、すでに新潟県警が7〜8人出動していた。
平身低頭、状況を説明し、交通事故ではなく物損事故としてその場での事情聴取のみで終わった。
関係者のみなさまにはご心配とご迷惑をおかけし、申し訳ない。
(大破した軽トラは16日夕、油科モータースさんに引き上げ・回収していただいた。)
16日(月) 朝一番は、新村長の初登庁の取材。役場前での職員等による「お出迎え」とホールでの就任式がメインだが、「出迎え」と就任式の間に少し時間があり、村長室でのメディアのいわゆる「ぶら下がり会見」ということになった。何社かはソファ席に座ってのものだったので、「ぶら下がり」という形容なあまり当たらないが…。
新村長・森川氏の村政方針については別のところで言及していくことになると思うので、ここでは具体的な内容には触れないが、私の感想を一言。
「ああ、この人は権力を取ったんだなあ」というものである。
記者の「何から始められますか」という問いに、「特命対策室をすぐに設置します」という返答。選挙の間は彼の一つのアイディアの提示にすぎなかったが、今日からは森川氏が村長。彼が「設置する」と言えば、基本的にそうなるのだ。もちろん、予算措置等を伴うので、6月議会に関連議案を提出し、議会で承認を得なければ設置できないわけだが。「議会は行政をチェックする」ということの重みをひしひしと感じる。いまの議会が全体として、森川氏の強い意志と拮抗しうるだけのチェック力を有しているかどうかが、待ったなしの本番として問われる。
配達は昼前と夕近くに29軒。
午後、ひょんなことから、知人の娘さんとそのお友だちを津南醸造まで案内。途中、津南の河岸段丘に上がったが、その景観に驚いておられた。ここは栄村の案内に組み込むことが絶対に必要なゾーンだと改めて思う。
17日(火) 昼頃の気温は14℃。同じ場所で昨日の午後3時頃の気温は34℃。体がついていかない。夜は暖房。
配達は長瀬で24軒。午後、教育委員会事務局で資料室保管の『水内開拓史』を閲覧。
銀座の店にアスパラのLサイズを発送。夜は総一郎さんからいただいたアスパラを『味郷』さん(津南町)で妻有ポーク巻きにしていただいた。気を利かせて下さり、普通のポーク巻きの他に、アスパラで作ったソースをかけた蒸し焼きも。これがとても綺麗で、美味。
アスパラソースかけの妻有ポーク巻き
18日(水) 今日はなんとも気持ちのいい五月晴れ。
午前中は野々海へ。キャンプ場のところを左に曲がり、野々海峠に向かう林道の最初の大きく曲がるカーブの右横手にかなり広大なミズバショウ群生地がある。私は、昨年、初めて確認した。15日にすでにきれいに全面開花していたが、「帰路に撮影しよう」と思っていて、15日の項に記した「事故」のため、撮影できず。そこで、今日、もう一度訪れた。花はややピークを過ぎた感がなくもなかったが、現在の野々海では最大の群生地なのではないかと思う。沢のかなり奥まで上り、その全体像をほぼ捉えることができたように思う。
野々海のミズバショウ群生地で撮影の1枚
野々海から下った後は、平滝の架橋工事現場。現場代理人から説明をしていただいた。明日から「送り出し」が始まるようだ。
午後はまずアスパラ産直の出荷。長瀬出身の名古屋在住者へ。昨年に続き、2度目だが、職場で好評とのことで、今年は6kgを送った。その後、菅沢で宮川頼之さんご夫婦のジュース加工用トマトの定植作業の様子を撮影。
配達は残っていた小滝13軒と大久保9軒の計22軒で、No.284の配達は789部となった。
夜、今日のアルバムを作成して、ブログにアップ。
19日(木) 午前中は、16日の村長初登庁・就任式を取材した際のメモの整理。さらに、「復興への歩み」No.285の原稿の一部を執筆。
その原稿の関係で、急遽、秋山へ。地域おこし協力隊の木村敦子さんと会った後、屋敷の山田由信さんの田んぼ・畑へ。今日の午前中にすでに田植えを終えられており、お会いすることができた。発電所へ水を運ぶ隧道の建設のために布岩付近に「電車」が発していたという件について、さらに詳しい話を聞けた。山の岩を砕いて「電車」の軌道を敷いたとのこと。山が発破をかけて崩した箇所を由信さんら屋敷の人は「大発破」と呼んでいるそうだ。
帰路は日出山線を通り、16日に協力隊の坪内さんがクマと出遭ったという地点を確認。その近くで水見に出てきた百ノ木のおかあさんとしばらく立ち話。大久保集落の生まれとのことで、親戚として栄村の私が知る人の名前が次々と出てきた。
予定外の秋山行き、しかもその秋山で色んなところを走り回ったせいか、夜はかなり疲れが出た。
夕陽がきれいな百ノ木の田んぼ
20日(金) 夜中の2時半すぎに目が覚めてしまい、朝までPCにむかう。朝方はやはり眠くなり、2時間ほど仮眠。
背中の張りがひどくなっているので、午前中は整体に十日町へ。
みんなの関心が高い副村長公募問題などの最新状況を把握するため、午後1時半すぎ、村長室で取材(あらかじめアポをとった)。取材は30分程度。
その後、No.285の編集をいっきに進める。書くべきことが多々あるが、8頁では3つのことしか書けず。やむをえない。
「復興への歩み」では書ききれないことを、日々、ブログでは書いているが、村の人はネットを見られないという人が多い。どうするか? 村の人が集まるところ(温泉、診療所、直売所など)にブログ記事の見本を回覧できるように展示するか。
今日はほとんど写真を撮らなかったが、下の1枚、いいのではないかと思う。森の開田で代掻きの後の「均(なら)し」をする広瀬敏男さん。
スペースが残ったので、写真アルバムを少し。
イワカガミ3点
イワカガミの群生
白色のものは初めて見た。
いずれも5月10日、スキー場頂上の林の中にて撮影。
野々海への道、ケンノキ近くから北アルプス、妙高山(左)と火打山(右の真っ白な山)を望む(18日午前)